175 ビジネスの話をしましょう 2

俺達が通されたのは今までの国家間会談では登場しなかったような、会議室とは思えないような部屋だ。
巨大なフロアの壁には映画館のスクリーンを思わせる巨大なモニターが設置してあり、中国南部を中心にした地図、ドローン・ドロイドが撮影したであろう国境近辺の状況、軍の配置など。映画でこれが登場したのなら、それは戦略会議が行われている悪の枢軸国が登場するシーンだろう。
ただ、1つ違和感があるとするとこの司令室では中国の上の部分は「敵国」と同じ色で表示されていることだ。日本やフィリピン、台湾、ベトナム、インドなどと同じ色で。
そのフロアでは人々が忙しく働いており、会議室として通されたのはフロアの中央、周囲よりも高い位置にあるスペースだ。
これを見せられると「劉総督」と呼ばれてる所以がわかるような気がする。確かにここは司令室だし、司令室内に設けられた会議スペースだ。そして忙しく働いている人々は軍に属していた。
そういえばここに案内されるまで、エレベーターで上がったり下がったりを繰り返したような気がする。と…いうことは、ここは随分と地下だったりするのかな?
老子が中国語で何かを言う。
隣の翻訳アンドロイドが日本語に訳した。
「ここは中国で最も安全な場所です」
安全な場所…ねぇ…そりゃ司令官が安全な場所にいるのはどんな軍だって同じだろうに。それで軍隊が全滅しても大丈夫ですとは言えないじゃん。
などと考えていたところ、さっそくスティーブがニコニコしながら立ち上がってテーブルに座る皆に向かって言う。
「さっそくですが、戦争をしましょう!」
…。
…何を言ってんだコイツ…。
そのニコニコとした表情とセリフがあまりにもアンマッチして違和感がある。正直不気味だった。
老子は言う。
その厳しい口調をアンドロイドは柔らかい口調で日本語に翻訳する。
「戦うのはいつも中国人、あなた達は戦争を煽るだけ」
俺はその言葉を新鮮に受け止めていた。
普段流れるニュースを意図せず無意識下で重ねあわせていたんだ。
何かしらの紛争が世界中にあるが、それらの当事者達がテレビでは語れない本音を語っているからだ。だからテレビを脳裏に流しながら、劉老子の言葉をそれに重ねあわせていた。
紛争には殆どにアメリカは介入し、日本はオマケとして介入している。そしてそれが激化するとアメリカは直接は手を下さないにしても、空爆などで支援する。支援するのは当然ながらアメリカに靡いている側の勢力だ。そして日本は兵器をアメリカに靡いている側に売る。
すでにそれが様式美になっていた。
ニュースを信じている人達は誰もが思う。
「またどこかの野蛮なバカが紛争を起こして、世界の警察であるアメリカとその背後で商売をしている日本が協力して、その紛争を沈静化させた。なんて素晴らしい大国なのだろう」
しかし2chネラーは根っからマスコミの言葉を疑ってかかるし、疑いまくってはてサなどでは陰謀論が大好きな2chネラーとまで言われてバカにされている事もある。
背後にあるのは戦争という名前のビジネスモデルだ。
世界に紛争が起きたからアメリカや日本やイギリス、ドイツ、フランスなどが沈静化に参加していた。それは確かに当座はそうだったんだろう。しかし、いつしか目的と手段が逆になってしまった。戦争を沈静化させる目的だったが、途中で利益が出始めると、沈静化させるために戦争を起こすようになった。
…のではないか。
俺がそんな事を考えている間にスカーレットはスティーブも言わなかったような事を正直に暴露した。
「金が欲しいだけよ。そうでしょう?」
ティーブは苦笑いをする。
「中国にもその利益が入るわ」
…おいおいおい。
人が死んでんねんで!!
何、金のやりとりしてんねん!!
今、俺がモノローグで語っていたことそのまんまじゃんか!
殺すぞこのクソ女が…。
俺はその内心の部分が普段仏頂面だけれども表に出てしまっていた。出てしまっていたのを気づいたのはスカーレットが俺のほうを見たからだ。そう、何か言いたそうだね、的な表情で俺を見たのだ。
言ってやろう。
ただのボディガードだけれど、俺の思いの丈をブチまけてやろう。それで戦争だなんてクソ面倒くさいことが起きないのなら面倒くさがりな俺だけれども迷わず言ってやろう。俺は面倒なことが起きないような努力は面倒でもやるタイプなんだよ。
「金よりも大切なものがあるでしょ!!戦争はよくないよ!」
「まさか金よりも大切なものは『命』とか言うんじゃない?」
「え、そうじゃん?」
「あ〜、キモチワルイわ」
「あ?」
「その生命を支えているのもお金なのよ。他の動物や植物の世界の話じゃないわ。この人間の世界での話ね」
「それは…。で、でも、お金のために戦争をしてそれで誰か死んだら意味がないじゃん。結局誰かの犠牲の上に誰かの命があるってことでしょ?いったい何年バカな過ちを繰り返してんだよ!」
「じゃあ、中国と仲良くなりたいってこと?」
「…ンなわけない!なんでこんな野蛮な国の土人達と仲良くしなきゃいけないんだよ!寝言は寝て言え!それから静かに死ね!!」
俺のその言葉を理解してるのかしてないのかわからないが、確かに劉老子ボディガードのドロイドバスターは眉をひそめた。しかもスカーレットのクソ女は俺の言葉をご丁寧にも中国語に翻訳して劉老子に話していやがった。さすがに中国人の代表を前にして「野蛮な国の土人達」と言ってしまうのは俺も引ける…。
しかし表情はひとつも変えずに劉老子は俺に向かって中国語で何か言ったのだ。すぐさま、アンドロイドが翻訳する。
「では、どうするのが一番いい?」
俺は答える。
「そ、そりゃ…お互いに縁を切って、距離を保つってことだよ。日本には『親しき仲にも礼儀あり』って言葉があって、友達だろうが家族だろうがプライベートに踏み込んではならないところがあるんだよ。親に食事を奢ってもらってもお礼を言うし、親の稼いだ金を黙ってくすねたりはしないんだよ。どっかの国の連中は友達だったから勝手にそいつの家の冷蔵庫の中身をあけて許可無く飲んだり食ったりするらしいじゃんか」
まぁ、朝鮮の話だけどね。
その言葉をスカーレットは何故かウンウンと頷きながら聞いていた。スティーブはつまんなさそうに資料を見ながら聞いていた、こいつは何気にムカつくな。コーネリアに至っては前回同様、ヘラヘラと薄い本を見ながら聞いてすらいない。まぁ、それはいいか。
俺がそう話している間にも、相手側の俺(と同じような格好をした背丈が同じドロイドバスター)もブツブツ言っている。
二人の言葉を聞いてから劉老子は言う。
アンドロイドは翻訳する。
意外な言葉だ。
「君は私と同じ意見なのだね」