177 代表代行 3

ようやく味覚が正常な状態に戻った時、おそらくは吐いてからその状態に至るまでの間、ずっとお世話係のアンドロイド達がテーブルの掃除をしてくれていたのだろう。
もうそこにはあのアメリカ代表のスティーブの姿は無く、乞食のようにがっついて食べてる偽スティーブでもなく、予定よりも早く発病してしまった痴呆症で自分が何をしているのかわからないどっかの若いアメリカ人の姿がそこにあった。
「ほんとうに大丈夫なの?何か病気的な意味での問題を抱えているような感じがするわよ?」
「いや、その、なんていうか、コーネリアっぽくアメリカ人本来の食べ方をしようと思ったんだが、胃まで食べ物が入ってから、味覚がイカれてる人間の食べ方だと改めて自覚して、身体が拒否反応を示したみたいだ」
「遅すぎるわよ、なんで胃まで入ってから始めて気づくのよ」
「あ〜…きっとおかしいんだ。アメリカ人という人種そのものが」
「そういうことは言わないほうがいいわよ。あなた、アメリカの代表でしょう?これから記者会見が行われるんだから、国民へ向けてのメッセージは気をつけて言わないと」
と、いつも国民向けのメッセージを左翼らしく刺々しく言っているスカーレットこと蓮宝議員が言っている。
…。
そして朝食は終わった。
小一時間が経過していた。
そして俺はいま、スティーブの部屋の中を荒らしていた。
「やっぱどこにもないのかなぁ?頭の中にあるのかな?」
「頭ノ中ニアルトシカ思エマセンネー」
何を探しているのかと言うと、『台本』である。
記者会見の台本がどこかにあるはずなのである。
アメリカ式だとカメラの横に台本が出るんだよね?」
「ソノハズデース」
「もー!コーネリアがやればいいじゃん!」
「私ハ、ドウイウ会議ガ行ワレテイタノカ、知リマセン」
いや、お前会議にいただろうが。
「じゃああたしが適当な台本を書いておくからコーネリアが読んでよ!英語じゃないとダメなはずだから!」
「OK。口ノ動キト声ノ制御ダケ、私ガシマショウ」
「全部やればいいじゃん!」
「前ニモ言ッタケレド、」
「あー、はいはい。自分の身体とアンドロイドの同時制御ができないんだったよね。はいはい、わかりました」
その時だ。
部屋をノックする音。
護衛としてコーネリアが部屋のドアを開ける。
立っていたのは中国人だけれども、英語でコーネリアとの間で何かしらの会話がある。と、その中でコーネリアが喜びの声をあげていた。
いくつか会話を交わした後にニュアンス的に「え?本当にそれでいいのか?」的な声が中国人から聞こえてくる。
会話が終わり、ドアが閉まる。
「今、なんて?」
「HeHeHe…ドウヤラ、記者会見デカメラノ横ニ流レル、カンニング台本ノデータヲクダサイトイウ事デシタ」
「じゃあ台本を書いて渡さないと、」
「台本ナンテアリマセーン」
「え?じゃあどうすんだよ!!」
「適当ニソレラシイ事ヲ書イテオイテト言ッテオキマシタ」
「え、ちょっ、なんて事してるんだよォォォォォ!!!」
「ジャア、キミカナラ台本書ケルンデスカァァァ?!」
「そ、それは…」
確かにそうだ。
アメリカの国の代表としての言葉を述べなければならないが、まずコーネリアは今までの会議を聞いてないし、聞いていた俺は日本としての意見を述べるぐらいしかできない。結局のところ、俺とコーネリアが考えたところで、コーネリアが「適当に書いておいて」と中国人に指示した結果と同じような結果になるはずだ。
そうこうしている間にも無慈悲にも時間は過ぎていき、いよいよ記者会見の時間になってしまった。
俺とコーネリアは特に準備ができているわけでもない。適当に書かれた台本がそれらしくできている事を祈るだけだ。
会場に入ると護衛組は脇に揃って立って、壇上にはまず劉老子が上がって中国としての発言がある。
そして次が隣国である日本、最後がアメリカ。
中国語なので何を言っているのかよくわからないが、会場にはどよめきが起きて、そして静まり返り、最後は拍手。俺の予測では、中国が内戦状態であることを始めて中国が認めた、そしてこれから戦争が始まるということ、最後に一緒に頑張っていきましょう的な話じゃないかな。
次にスカーレットこと蓮宝議員だった。
壇上にあがり話し始める。
「先ほど劉老子から話がありましたとおり、今、中国も、周辺国も歴史的な分岐点に来ています。日本は中国が内戦状態になっていることを休戦状態である視点から見て見ぬふりをしてきました。国民の中では未だ、中国という巨大な国と戦い、今は一時の休戦だと認識している方もいらっしゃると思います。しかし、総理と安倍議員の中国訪問、そしてクーデーターに巻き込まれ、一時的に安倍議員が敵国の捕虜になるという事態が発生し、その認識を改めざるえない状況だと判断されたことと思います。この火の粉は今はまだ小さなものですが、放っておけば、いずれこの中国を、そして周辺国を焼きつくすでしょう。私達は人間です。人間は他の動物と同様に生きていくことを使命としています。戦火に巻き込まれ、多くの方々が命を落とすような事態にしてはなりません。今日という日はかつて敵国であった中国と、平和の為に戦おうと決意した日となりました。これから長い戦いとなりますが、日本政府として、戦火が収まったあかつきにこの日を思い出せるよう、仁義を尽くしていきます」
ここまでは滞りない進行だ。
会場は中国の代表が話した時のようなどよめきはなかったが、最後は拍手が流れた。というより、ここでスカーレットがシメたと言っても過言ではないのだけれど、この後アメリカはまたどういう立場で話をするんだろう。まぁ無難な内容がスピーチで流れるんだろうけど。
壇上に俺はスティーブ・アンドロイドを進める。
会場は壇上に向けてライトが照らされているせいか、記者席が暗い。カメラの物体認識用のセンサーの小さな赤い点だけが見える。
さて…と、肝心の台本はどこかなぁ?
目の前のカメラの下に一方方向にしか見えないホログラムが流れている。台本らしきものはあれしかないんだけれど…。
中国語だ…。
え、ちょっ…。
え?
おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!
台本が中国語だよ!!
俺の隣ではガタガタ震えているツインテールの白人の美少女の姿がある。台本を適当に書いておいてと指示したら、適当に中国語で台本が書かれていたという大惨事となり、その事実に全身の震えを持って応えているコーネリアの姿がそこにあった。
『どーするんだよ!!!中国語読めるの?!』
『翻訳シナイト無理デス、助ケt』
『だからコーネリアが書いておけばよかったんだよ!!超ヤバイじゃん!会場凍りついてるよ!!!!』
いっこうに話が始まらない状況で会場は予想外のどよめきだ。中国代表が話した時のどよめきとは別の。
『モウ、寝マス…寝テ起キタラ、キット、妖精サンガ悪夢ノ様ナツライ現実ヲ全テ解決シテクレテイマス…Good night』
『おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!』
ぐったりと俺に寄りかかってくるコーネリア。
そんな様子を訝しげな目で隣の劉老子護衛のドロイドバスター(俺と同じようなコンセプトの戦闘服)が見ている。
『いいから、もう制御全部代わってよ!!コーネリアが英語で適当に話をするしかないじゃん!!』
『会議ノ内容ハワカリマセーン!!』
『国の代表が何も話さないってのは一番ヤバイんだよ!!!この際、会議の内容じゃなくてもいいんだよ!!』
「Oh!」
閃いたかのようにコーネリアが言う。
ちょっと嫌な予感がするけれど、コーネリアにスティーブ・アンドロイドの制御を渡した。