176 深淵を覗く者 3

コーネリアが叫んだ場所に向かって俺は走る。
コーネリアの奴が面白いものだと叫ぶのは大抵、本当にゲスい視点からして面白いものだ。例えばリンクを開くとブラウザいっぱいに交通事故で死亡した人の肉の塊が広がっていて俺は思わず叫び声をあげるような、そういう視点での面白いものだ。つまりそれを見た奴の反応をコーネリアが楽しむという意味での面白いもの。
そして俺は叫んだ。
「う、うわぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁッ!!!」
「HeHeHe…」
ミイラだ。
ベッドの上にミイラが転がっている。
ミイラというと本家のミイラに失礼だった。語弊がある。『ミイラ化したような死体』というか『適当に防腐処置を施された死体』というか、ところどころが真っ黒になってるし、取り敢えず遺体の形が崩れない程度に残してあるとった感じ。
「ちょっ、悪趣味な事をしないでよ!!」
「最初カラ、アリマシター」
俺はてっきり今しがたコーネリアの奴が雰囲気を高めようとそこら辺に転がってる機材を物質変換能力によってミイラに変えたのだろうと思っていたけれど違っていたらしい。
ティーブはパネルを操作しながら俺に言う。
「その遺体は『相川駿』と言うそうだ」
頭を弾丸でぶち抜かれた状態でミイラになっている。そういう意味でも本家の『ミイラ』という定義にはならないか…とにかくこの場所に運び込まれる前には銃撃されて死んだようだ。この破砕片からするに正面から銃撃されて後頭部で破裂して、即死か。
「コンセプトモデルを作ろうとして殺したのかな?」
「そのようだな。彼は実際にコンセプトモデルとして成功してドロイドバスターが生成されている」
「え?」
明智教授念願の1体目のドロイドバスターだな。彼はこの後、日本へ向けて旅立っているようだ。これ以降の実験記録が無い」
俺とコーネリアはスティーブが操作するパネルに近づく。
「記録映像だ」
ホログラムの電源が入っている。
過去に行われた実験の映像…おそらくは相川駿という男が死に、ドロイドバスターとして生き返った経緯がホログラム表示されている。
軍服を来た中国語を話す兵士が何人か、相川と思われる男性の遺体を乗せたキャリアを乱暴に運んできてベッドに遺体を移す。この時点で既に何らかの防腐処理が施されている。肌には何かの粘り気のある液体が塗りつけられているからだ。
顔がよく見えるんだけれど、どっかで見たことがあるような…ないような。年齢は俺と同じぐらいだし、アンダルシア学園の男子生徒かと思ったけれどそうじゃないし…あれぇ?なんだこのデジャブ感…わかりそうでわからない。
イライラする…。
俺やマコトがドロイドバスターになった時と同じく、明智教授は操作パネルを弄っていくうちに巨大なビーカーの中に骨やら肉やらが現れてあっちゅうまに美少女の姿に変わっていく。
一瞬、頭の部分が青く光った…ってことは、青の力を使うドロイドバスターであることはわかる。おそらく目の色も青だろう。グラビティコントロールやライブラリ、ディビジョンコントロールか。
『ついに私は彼に追いついたぞ!!』
歓喜の声をあげる明智教授。
ビーカーはスライドして下部から培養液のようなものが溝へ流れでる。そして、俺やマコトの時とどうように力なく少女の身体は崩れる。
明智教授はそれを抱きかかえてベッドへ寝かせる。
一瞬、ロリビデオの1シーンかのように思えてくる。
年齢は俺と同じぐらいか、背丈も同じ、胸は俺のほうが少し大きいか。黒の肩までの髪がぺったりと培養液で貼り付いている。
うっすらと開いた目は青く輝いていた。
『…オレは…死んだのか?』
少女はハスキーな声でそう言う。
明智教授はその女の子の黒髪を手櫛で整えながら言う。
『そう、君は死んで、今、生き返ったのだ』
『ドロイドバスターに…なれたのか?』
『そう。生まれ変ったと言ってもいい!!今までの君は世界が変わる様をただ見ていただけの傍観者だったのだ。しかしこれからは君が世界を変える番だ。その力があり、その資格がある。さぁ…私の目の前で『力』を見せてくれ!!!君のカルマがどんな属性のドロイドバスターの力と繋がったのか確認したい』
俺の時とは違う。
何が違うかっていうと、この男は事前にドロイドバスターになることを聞かされているという点だ。自殺したってことなのか?それとも明智教授にころされたのだろうか?あの銃弾の突入角度からすると自殺じゃない。けれど…ハンドガンにしては攻撃力が高そうな…。
ハスキーボイスの少女は手に持っていたペンダントか何かを額に近づける…すると、映像が乱れ、あのユウカ妹が見せていたような、カタカナや漢字やアルファベット…とにかくこの世界に存在するあらゆる文字が黒い埃のようになって舞い上がる様と同じ煙を見せて、ドロイドバスターへと変身したのだ。
黒の様々な鳥の羽根で繋ぎ合わされたマントを背中に、下には同じく漆黒のデザインのドレス。何となく魔女のソレといった感じだ。
「Oh…ダーク・ヒーローデスネ」
コーネリアの表現が一番しっくりきた。
『ダーク・ヒーロー』だ。
世界を変えることや、世界を変える資格があるなどと曰わっていた明智教授のニュアンス、イメージにその服や顔のイメージが沿っている。頭には小さいが確かに『王冠』に見えるものが載っている。
ティーブが言う。
「コンセプト・モデルは精神が男で肉体が女にすることでドロイドバスターとしての力を制御できるように考えられたものだ。だから『コンセプト』を与えることで『力』をアカシックレコードから引き出しやすくさせている。衣装はただの衣装でなんら機能を持ち合わせていないように見えるけれども、そのドロイドバスターが持ったカルマに沿うように作られる。明智教授は数ある被験者の中から彼のカルマを導き出して見た目も彼に適合するように考えだしたのだろう」
え、ケイスケの趣味だと思ってたよ。
その美少女は映像の中で肩をひくつかせていた。
そして声を上げて笑い出した。
「フフフ…フハハハハハハ!!!」
なんという帝王のような笑いだ。
「いいね!!実に素晴らしいよ。生まれた時はクソしかなかったこの世界も捨てたモンじゃないじゃないか!!希望の光りが射してきた。奴が言うように正義が存在しないのなら、オレがこの世界にソレを与えてやる。オレにはその力が与えられたんだ。『力』が与えられたっていうことは、世界はオレによる改変を望んでいるということだろう!!」
するとその美少女はこちらを睨んだ。
こちら…つまり、このホロが撮影されているカメラを睨んだ。
ホログラムにノイズが走って現場がかき消される。と、同時に真っ黒の顔のようなものが現れてまるで今の俺達をギョロギョロと睨んでいるような、そんなホログラムが表示され、俺もコーネリアもスティーブも身体をびくつかせる。
その真っ黒い何かはゆっくりと手を伸ばしてくるのだ。
そして消えた。
ホログラムの電源をスティーブが落としただけだ。だけれど、あのまま手を伸ばしてスティーブに触れていたらどうなるんだったのか?というか過去の映像なのに見ている俺達を認識しているかのようだ…。
それにしても…だ。
俺は既視感を常に感じていた。
どこかで会ったことがあるような気がしてならない。
『奴』という言葉を使うのはあえて名前を出さなくても明智教授に通じる人物だってことなのだろう。カルマを知っているのなら彼が死ぬまでに何が起きたのかも把握済みなんだから、わからなくもないのだけれど…そのホロの映像がどうしても今の俺達に繋がるようになっている気がしてならない…テレビで芸人がカメラに語りかけたら視聴者一人一人に語りかけているのと同じく、まさか多くの視聴者の中の1人、自分自身に対して語りかけているわけではないだろうと思っているのとは、違う。まるで俺達がここに来て、この映像を見るところまでも見越して準備されているかのような、仕組まれたストーリーの1つ。だから俺の脳が膨大な処理をした挙句にそれらをデジャブと定義付けるのかもしれない。
それよりも…前回スティーブが操作盤をいじり倒していた時にトラップに引っかかったデジャブも頭の中で警告音を放ち続けている。
「スティーブ、そこから離れて」
「ん?なぜだ?」
「トラップが仕掛けられてるかもしれないからだよ」
「それはありえないだろう。どうして明智教授がわざわざ自分の機材にトラップを仕掛けるんだい?」
「他の奴に研究結果を知られたら嫌だからだよ!!」
「私は彼の研究結果は知りはしない。今、こうやってデータを吸い出しているからね。後でゆっくり見ようと思う」
と、スティーブは足元にあるスーツケースから引っ張りだして装置に繋げて実験結果を吸い出ししてる行為を俺に見せた。前のスティーブも同じことをしててマヌケにも殺られたんだけどな…。
「そうか、そうやってスーツケースにデータが吸い出されているから、スティーブが死んだとしてもそのスーツケースをアメリカに誰かが持って変えれば誰かが喜ぶわけか〜…」
「…な、何を言っているんだ?君は。自分の命が最優先に決まってるじゃないか。だから僕は君達を、」
と、言い掛けたその時だった。
ベキベキと音を立ててあの搬入口の巨大なドアがへしゃげ、曲がり、避け、アルミホイルもびっくりな程にこじ開けられた。そこから現れたのは
腕がやたらと大きなゴリラタイプのドロイドだ。
「What?!」という驚きと共にさっそくそこらの装置をドロイドに物質変換し始めるコーネリア。
俺もブレードをキミカ部屋から引っ張りだそうとした、その時。
時既に遅く、腕に備え付けのレールガンを舐めるようにフロア内に掃射するドロイド。
弾丸を見きってブレードで全てを弾き飛ばした。全てをっていうのは俺の命を守るのに十分な程度で、全てを。自分の身を守るのに精一杯だ。
コーネリアも同様に今しがた生み出そうとしていたドロイドが盾になって塞いだはいいもののあっという間に鉄くずに戻された。
気がついたらスティーブが転がっていた。
もう原型を留めてない肉の塊になっていた。
「げ」
それを見た俺の最初の一言がソレだった。
「Oh My God!!」
コーネリアはWhat the fuckとかshitとか以外でも始めてとなる感嘆の言葉を吐いた…そこで俺は始めてアメリカ人でも「Oh My God」とちゃんと言う人が居るんだな、こういう時に使うんだなと思った。
掃射でフロア内が綺麗に片付いたとでも思ったのだろうか、ドロイドは中へと侵入してくる。その時に他にも背後に白人野郎が隠れていることや、ゴリラドロイドの腕に付いている文字から察すると中華製でもない、日本製でもアメリカ製でもない、ロシア製のバトル・ドロイド、そしてロシアの連中が襲撃してきたのだとそこで始めて理解した。
嫌な予感がする…。
もう一度aiPhoneを見る。
『圏外』
嫌な予感だ。完璧なまでに嫌な予感だ。