176 深淵を覗く者 4

コーネリアがドロイドを生成する前に、俺はロシア製ゴリラ・ドロイドを始末する為に銃撃をブレードで弾き飛ばしながら突撃する。
下から上へと一撃、右から左へと一撃、合計2回の斬撃を1秒内で放ち十字の傷をつける。ドロイドはプスプスと音を立てて前屈みに倒れ、そのまま
動かなくなった。
ロシア製のドロイドにaiPhoneの圏外…俺の嫌な予感は確実に的中していたことを理解した。ドロイドの背後には白人野郎どもと思われる連中がフルフェイスマスクを被って銃を装備し、ドロイドを盾にしてフロアに突入しようとしていたのだ。
「コーネリア!」
俺が叫ぶと同時に一斉射撃が俺へと放たれる。
ブレードで弾き飛ばすが量が多すぎて防ぐのが精一杯だ。
ようやくコーネリアの生成したドロイドが稼働し始める。競いあうようにゴリラタイプのドロイド、そのアメリカ製を創りあげていた。
腕にはロシア製のソレとは異なりキャノンが装備されており、間隔は長いものの放った弾丸は壁ごと吹き飛ばしてロシアのテロリストどもを木っ端微塵にしていく。そしてものの30秒立たないうちに廊下のテロリストどもは肉塊に変わった。
「ファァァーーーーッック!!大変ナ事ニナッテシマイマシタ!」
コーネリアはそこらで拾った棒状の廃材を使ってスティーブの木っ端微塵になった身体を突っつきまくっている。冗談でもなんでもなく、目の前の人間が想定外の形になってしまって自分がやれることが廃材でその肉片を突っつくという行為だけしかない、という悲壮感漂う顔で。
俺にとっては2度目の経験なので落ち着いた表情で言う。
「コーネリアが護衛してたんだからコーネリアの責任じゃん」
「Heeeeeeyyyy!!!大変ナ事ガ起キテルノニ誰ノセイトカアリマセン!!!誰ガ悪インジャナクテ、何ガ悪イカデショウ!!」
「だから誰が悪いかじゃなくてコーネリアが悪いんだよ」
「オイイイイイイイイイ!!!」
コーネリアは俺の肩を掴んでガタガタ揺らしながら叫んだ。
俺はその手を振りほどきながら言う。
「あぁッ!もう!知らないよ!例えこの場にあたしが居たとしても護衛を公式に正式に任せられてたのはコーネリアなんだからアメリカ政府からしたらコーネリアの大失態だよ」
「友達デショゥ…?」
「友達というキーワードはこういうシーンで使うとご都合主義に聞こえるんだよ。施しをする側が使って始めて意味がある言葉。この場合は窮地に陥ったコーネリアを『あたしが助けた場合』に、『あたしが使って』始めて意味がある言葉なの」
「Hey!トモダチ!トモダチ!」
「うるさいよ!アホみたいに叫ばないで!静かにしなよ!まだテロリストがいるかもしれないんだからさ!」
「ベ、弁護士ニ相談シマス…」
「は?」
コーネリアはaiPhoneを取り出してどこかに電話をしている…って、なんで圏外なのに使えるんだよ!!!弁護士への電話は例外なのかよ?!
そして小一時間、俺には理解できない本場アメリカ・ネイティヴな英語で電話で話をした後、コーネリアは言う。
「Yeah…。トリアエズ、今カラ弁護士ガ駆ケツケテクレルソウデス。コレデ私ノ失態モ法的ニ問題ナイ事ガ証明サレルデショウ…」
さすがは裁判大国アメリカだな…軍事作戦中にも弁護士が来てくれるのか。弁護士にはなりたくないなぁ…。
などと俺が思っている時だ。
(カサカサ…)
ん?
(カサカサカサ…)
んんん?
遠くのほうから音が聞こえる。
やばい。そうだよ、戦闘は終わってない、小休止があっただけだ。携帯が圏外になってロシアのテロリストが現れる、最後にシメがあるはずなのだ。以前このパターンは経験しているからシメがまだこないなぁと俺は違和感を感じていてぐらいなのだ。
一斉に。
一斉に地面に黒い絨毯が敷かれたかのような気がした。
しかしそれらは形が全て揃った茶色の蠢く虫でできていた。遠くからみたら絨毯にしか見えないが、近づいてたら人によれば悲鳴を上げたくなる…そうゴキブリだ。こうやって蠢いている間に宙にどれだけ汚い病原菌が撒き散らされているか想像できない。
そのゴキブリ絨毯は廊下から中へと入って入り口に固まった。そして、案の定ゴキブリは人間の形として集合して絨毯から女性の身体が現れる。その身体はみるみるうちにSM女王様が着るような真っ黒なビザールだかオザールだかのコスチュームに変わった。
もう後は言わなくてもわかる。
頭の部分がオスのライオンになった。
そう、これで3度目の出会いになる「ヘカーテ」
オスライオンの顔に似合わない女の声で言う。
「ドイツの哲学者『Friedrich Wilhelm Nietzsche』の『Jenseits von Gut und Bose』146節に次のような言葉があります…『Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.』…『おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ』。ンフフ…あなた達は羊皮紙で作られた古臭い写本から太古の英知を得るように、心を時めかせてドロイドバスターの知識を得たと思っているのでしょう?しかし、その知識もまた、自らが『見られている』ことを知っているのです。あなた達は傍観者でも観客でもない。舞台の上で自らのカルマを演じる役者の1人です。『知識』と対等になりえないと判断されたものには、『知識』からの罰が与えられます…」
ヘカーテがスーツケースに手を向ける。
すると地面がグラグラと揺れて俺とコーネリアの足元あたりに転がっていたスーツケースの周囲が沈み始めた。
「Oh…Shit…」
見れば地面が『ゴキブリ』に変わってゆき、そのゴキブリがスーツケースに群がって、スーツケースもまたゴキブリに変わっていく…という夢に出てきそうなクソみたいな状況が広がっていったのだ。
前もそうだ。
明智教授が殺されたのもそうだ。
ヘカーテはドロイドバスターの知識を知るものだから明智教授を殺した。そしてスティーブもまた明智教授が得た実験に関する情報をあのスーツケースの中に忍ばせたレコーダーの中に保存していた。
こいつの目的はそれか?
その時だった。
俺は自分の目を疑った。
疑わずにはいられない状況が俺の視界に広がっていた。
ナクドナルドの宣伝に出てくるようなピエロ野郎がゴキブリの中から現れて「Oh!!Ahhhh!!!」とか言いながらスーツケースを持ち上げながら徐々に地面から這い上がって来たのだ。
それから「Eeeeee!!!」と汚いものでも見るような目で(実際に汚いものだけれど)身体に這い上がってくるゴキブリを手で払い落とす。
ゴキブリはしつこくドナルド野郎の手袋から袖、肩と登ってくるのを手で払い落とす、が払い落とそうとした手に乗り移るのでもう片方の手で叩く。案の定(グチャ)という音を立ててゴキブリが潰れて黄色の汁を飛ばす。そしてドナルドは「Ahhhhh!!!」と悲鳴をあげる。
っていうか…このピエロなんだ?
何者なんだ?
そう思った時だ。ヘカーテの伸ばした手がショットガンを持った手に一瞬で置き換わる。そしてドナルドに見事ヘッドショットを決める。
が、勢い良く紙吹雪が舞って、その紙吹雪に混じってドナルドの首からは世界各国の旗が散らばる。
なんだ?ナメてんのか?ナメられてんのか?
っていうか…。
このピエロって、ヘカーテが冗談半分で創りだしたものじゃないのか?異様な光景にコーネリアもビビってるからコーネリアが創りだしたものでもない。なんだ?何なんだ?何が起きてるんだ?
(メキメキメキ)
音を立てながらドナルドの身体が真っ二つに別れる。と、同時に一瞬でアメリカのアニメのキャラクターにありそうな、2足歩行の猫?のような姿になって、その双子の猫はお互いが鏡を見ているのと錯覚している、ような演技をしている。もうナメてるとしか言い様がない。
相手はヘカーテだ。
その猫はヘカーテをからかっているのだ。
「やっかいな奴を連れてきましたねぇ…」
ヘカーテが困ったような声を出している。
一瞬でヘカーテの身体は幾つものカラスに分解し、化けたカラス達が2匹の直立歩行の猫を襲撃する。
猫は一匹は地面からマシンガンを引っ張りだし(おそらくは物質変換能力のようなもので地面を変化させ)カラスを撃ちまくる。もう一匹のほうは野球のバットを引っ張りだしてカラスを殴り落とそうとしている。が、ぶんぶん振り回している間に何故か被っていたヘルメットで目を塞いでしまってフラフラとし、間違えて隣の猫の頭にバットがヒット。頭が血飛沫を上げながらフロアの向こうに飛んでいき、そこで始めて猫はヘルメットを外して自分が相方の頭を吹き飛ばしたのだと気づいて「HaHaHaHa!!」と指をさして笑っている…カオスだ。
ヘカーテが押されているのだ。
同じ物質変換の能力を使うドロイドバスターに押されている。俺達はその目でどこにドロイドバスターがいるのかも理解できない。アニメのキャラクターみたいなのは沢山沸いているが…こうカオスになっていると実力が上なのか下なのかもわからない。
ただ、アニメのキャラ達は遊んでいるようでスーツケースを守る?という使命のようなものはちゃんとやってのけている。
「サポートするよ!コーネリア!」
「ドッチヲデスカ?!」
「あの変なアニメキャラのほうをだよ!」
「What’s the…」
「あのスーツケースはスティーブの持ち物なんだよ!で、それをディズニーのキャラみたいなのが守ってるから、そっちをサポートして!スーツケース盗られたらうちらの負け!」