176 深淵を覗く者 5

フロアに飛び回るカラスを撃ちまくる俺。
どれもヘカーテのコントロール下にある、物質変換能力によってそこらに転がっている物が動物に変換されたものだ。なんら虐待ではない。
その一方で重力波を検知した俺はその方向に向けて神経を集中する。こういう時にはいつでも防御をとれる姿勢を…だな…ほら、来たッ!
FPSよろしく壁抜きをしてくる。
ブレードで全てを弾き飛ばす。俺が弾き飛ばしたせいで研究所の内部は跳弾の嵐。破壊され、コーネリアのシールドを反応させ、あの奇妙なアメリカ・アニメキャラも巻き添えを喰らって死ぬ。
確実にこの建物の外から攻撃を仕掛けてくる。重力波はヘリに搭載された反重力コイルから発せられるものだ。
コーネリアは翻りながら滑りこむように自らが作り出していたゴリラタイプのドロイドの懐に潜り込むと、そっと腕を触る。
腕がゆっくりとだがミサイルに変換され、そして発射。
通常は2発づつ発射するものだけれど、几帳面にも4発連発を行うコーネリアのドロイド。破壊された壁を突き破ってミサイルが外にでたと思うと、爆風がフロアの壁を吹き飛ばしてオープンデッキ化する。
姿を現したのはバリアが切れかかったロシア製ヘリだ。
サーチライトがフロア全体を照らす。
が、続いて2発、3発とヘリにコーネリアの放ったミサイルが命中し、ご登場後すぐに幕裏へとご退場となった。香港の夜景の中に炎を上げながら墜落していくのだ。
そうしている間にもアメリカ・アニメキャラは次々と登場キャラを増やしていった。今ではミッ◯ーマウスとミニーが複数のスーツケースを持って逃げまわっており、ヘカーテの産みだした野犬のような動物が◯ッキーに襲いかかる時に自分の命が惜しいのかスーツケースを差し出すというマヌケっぷりをご披露。しかし、差し出したスーツケースが開くと中からスーツケースが。野犬がスーツケースを殴りつけると、蓋が開いてまた中からスーツケースが…マトリョーシカか?
つまり、このディズニーのキャラ達は完全にロシアのテロリストとヘカーテを翻弄していた。彼らがやたらと攻撃力があるというわけじゃない。現に、殺される事はあっても殺すことはない。
そして死んでも死んでも次から次へと沸き上がってくる。
今しがた沸き上がってきたのはスーツ姿のくまのぷーさんか?腕時計を見ながらタクシーでも待っているかのような素振りだし、ちゃっかりスティーブが持っていたスーツケースと同じものを持ってるから紛らわしい。しかも、それが本物である可能性は否定できないのだ。
『スーツケースを守る』という目的を果たすというミッションに置いて、これほど完璧な防衛はない。ヘカーテが狙うべき対象、俺達が守るべき対象がどれなのかわからないからだ。
そんなドロイドバスターのクソみたいな宴に招待されたロシアテロリストの哀れなこと…ヘカーテも彼らを守るわけでもないから俺とコーネリアが死体の山を作り上げている。
突然の揺れ。
ビル全体が地震でふらつくように揺れる。
見れば、フロアの奥にある実験施設が沼にでも沈むかのように下のフロアに落ちていってる。あの培養液のタンクも、巨大なビーカーも、ロシアのテロリスト達の死体も、砂地獄に落ちるように。
暗闇の中に触手のようなものがちらついた。
俺の足元もコーネリアの足元も一瞬で斜めになる。
坂になったフロアを引きずりおろされる。
先には巨大なイソギンチャクの形をした化け物が全てを飲み込んでいる。ヘカーテの奴め、とうとう面倒くさくなったのか全体に対して攻撃を始めた。こうすれば、ほら、逃げまわっていたディズニーのアニメキャラどもが一斉に坂道を転げてイソギンチャクに飲み込まれていく。コーネリアの奴は坂道に一瞬で椅子を作り出して優雅にそこに腰をかける。ミニーがその足に捕まろうとするが、コーネリアが蹴り落とす。
って、…おい。いちおう今は味方なんだけどな。
俺は印を結ぶ。
坂を滑り降りながらもフチコマを召喚。
そしてその巨大なムカデ型ドロイドの背中に乗り上がる俺。
「ぶぅるぅぅうううううぁぁああああああッ!!!」
威勢のいいフチコマの怒声が響く。
「薙ぎ払え!!」
その叫びの後、まるでディズニーのアニメキャラどもは俺が今から行う攻撃がどんなものか理解しているかのように、その身体の周囲を防護服で覆う。ご丁寧にも「NASA」の文字。
カメラのフラッシュのように一瞬でフロア全体が白の空間になる。
と、次の瞬間、イソギンチャクを中心にして炎が吹き上がる。
フチコマご自慢のレーザーキャノンだ。
光が止むと、レーザーがビルを貫通し、向かい側のビルまでもが炎に包まれるのが見える。
ディズニーのキャラどもがそれぞれが大小様々な(だけれど同じデザイン・同じ形)のスティーブの持っていたスーツケースを持ちながら、NASAの対・レーザーキャノン防護服装備で駆け上がってくる。
俺はマヌケにも、ここへ来て気づいた。
ティーブはドロイドバスターの研究資料を漁っていた。
そしてそれをスーツケース内のデータディスクに入れていた。
アメリカのアニメのキャラどもは冗談なのか本気なのかはわからないがスーツケースを守っている。
NASAの対レーザーキャノン防護服なんてのは、日本軍の兵器を研究し、新開発で未公表のフチコマを知っている人間か、フチコマが使用する兵器が何かを理解した人間しか使用しない。
つまり、スティーブは最初っから何者かに作られた人間モドキだったのじゃないかっていうことだ。その何者かは兵器に精通して、ドロイドバスターでもあり、ハナっからアメリカの外交官として、ドロイドバスターの資料を漁りにここへ…香港へ来ていた。
俺はフチコマの口の中を見た。
たった今、発射したレーザーキャノンの放射熱を冷ますための冷却処置を行っている。そこにチラっと見えたのは「BFG3000」の文字。
「なるほどな…」
俺はフチコマをキミカ部屋(異空間)の中に格納した。
歌が聞こえる…。
ディズニーの映画のエンディングにありがちな大合唱だ。登場キャラが全部、肩を並べて楽器を弾きながら、歌う光景が脳裏に浮かぶ。
俺とコーネリアまだ崩れてないフロアの上に登ると、そこには俺がさっきまで脳裏に浮かべていた光景がそのまま、そこにあった。
今まで戦闘に参加していたキャラ達がそれぞれ楽器を演奏したり、歌ったり、踊ったりしている…おいおい、余裕過ぎだろう…。
そして、歌っているディズニーキャラ達は次から次へと、元々の研究所に転がっていた実験器具へと姿を戻し、結局のところ、最後にはスーツケースだけが残った。
スーツケースを恐る恐る、そこらに転がっていた鉄の棒で突き、倒すコーネリア…そりゃそうだ。さっきまでそのスーツケースがディズニーのキャラの身体の一部だったんだからな。
「ヘカーテは?」
「イナクナリマシタ」
キミカ部屋からaiPhoneを取り出した。
圏内。
そして、不在着信。
その電話番号に俺はかけ直す…時に、それがスカーレット…つまり蓮宝議員からである事を知った。
『もしもし?』
『どこに行ってたの?今、大変な事になってるのよ?』
『えっと…具体的に、どんな大変な事に?』
俺は電話をしながらもコーネリアの顔を見る。
コーネリアは目を見開いた。そして、額から頬にかけて一筋の汗を垂らす…もう俺が誰と電話しているのか、なんで電話してるのか、その結果どういう結末になるのかまで理解したようだ。
『スティーブが居ないのよ。いま、警察が探しまわってるわ。コーネリアとも連絡付かないし。たぶんコーネリアはスティーブの護衛についているんだと思うのだけれど、2人の居場所、知らない?』
『え、えっと…』
俺が電話口でパニックになっていると、コーネリアが「電話を代われ」のジェスチャーをする。
俺は震える手で音声公開モードに変えたaiPhoneを手渡す。
「Yeah?」
「あら、コーネリア。あんた、キミカと一緒だったの?」
「…Yeah」
「スティーブがどこにいるかしらない?」
「コ、コ、ココニ、イマス」
俺は目を見開いてコーネリアを見る。
ここって…どこに?
俺の目の前には先ほど機関砲の直撃を喰らってバラバラになりかけてるスティーブの死体しか見えないのだが。
コーネリアは額から汗を垂らしながら、転がっていたスティーブの死体を元の綺麗な形…しかし生きているわけではない状態に変換していく。って、おいおいおいおいおい!!お前、それでどうすんだよ?!
しかし、突然、スティーブは起き上がった。
そしてコーネリアはスティーブの首の辺りに何故か存在するネットワークケーブルのソケットに自分の持っている何かの機械を繋げている。
「Yeah。ワカリマシタ。今カラスティーブヲ連レテ戻リマス」
え…えええぇぇぇえぇぇぇぇぇええぇぇぇ?!
「え、ちょっ、それアンドロ…」
俺は思わず、目の前で起きている『スティーブの所在を問われたコーネリアがそこら辺に転がっていたスティーブの死体からスティーブそっくりのアンドロイドを生成し、その首のネットワーク・ケーブル・ソケットにデータディスクらしきものを繋げてセットアップ作業をしている』という光景に対して、驚きの声を上げそうになっていた。
コーネリアは俺の背後に華麗に近づいて、俺の身体を抱きしめながら、俺の額にハンドガンを擦りつけながら、俺の口元に指先を持ってきて「静かにしてろ」のジェスチャーをした。
俺はしずかに、コクリと頷いた。