177 代表代行 1

俺とコーネリアとスティーブそっくりのアンドロイドは香港の街の喧騒の中に紛れ込んでいた。とりあえず、俺達が居た場所から離れたかった。色々と問いただされるとボロが出るからだ。
「イイデスカ?屋台デ一緒ニ食事ヲシテイタンデス」
「わーった。わーった。しつこいよ」
「キミカハ気ガ小サイカラ、ボロガデソウデ怖イデス…」
「さっきの弁護士との話はどうなったんだよ」
「コレガ弁護士ノ案デス」
「」
俺は思いっきし目ん玉が飛び出るぐらいに驚いた。
それで誤魔化せると思ってんのか?アメリカの外交官が行きは生身の人間で帰りにはそっくりのアンドロイドになってたんだぞ。バレたら絶対に中国のせいにされるじゃないか。
そして、俺が予測していたとおり、あっちゅうまに香港の警察に補足されて周囲はヘリが飛び回り、警察の車が集合し、俺達に険しい顔で近づいてくるではないか。
「Hey。ニッコリ、笑ッテ〜。Smile」
「(ニッコリ)」
英語がわかる香港の警察官がスティーブに話しかけてくる。
ティーブがそれに英語で答え…。
おいおいおいおいおい!!
話の前と後に「Sir」をつけてるぞ、おいおい!!コーネリアのセットアップした人工知能のプログラム、何か間違えてるんじゃないのか?!
「Shit…間違エテイマス…」
「…」
何故かスティーブが先導して歩いて行き、パトカーの後部座席を開ける。そして俺とコーネリアを立って待っている。
これって…執事AIじゃないのか?案の定、コーネリアと俺が後部座席に座ると助手席に座るスティーブ・アンドロイド。
車は俺達を乗せてホテルまで送ってくれるような、そんな雰囲気だ。だが、俺はそこで真っ先にホテルについてからの未来を想像していた。絶対にスカーレットはスティーブにどこに行っていたのかなどと細かい事情を聞いてくる。警察まで迷惑かけているからな、街中探しまわって見つけられてないからな、真相を知りたくなるのが自然の摂理だ。
そこでスティーブがスラスラと日本語で「屋台で2人の美人と酒を交わしていたんだよ。こんな素敵な時間を邪魔されたくなかったから、周囲の喧騒に溶けこむようにね」と答えるのを想像する。
これが可能なのか?
俺は冷や汗をかいた。
きっと、「Sir!屋台で2人の美女の護衛についていたのであります!訓練どおりに周囲に溶け込み、敵に発見されないようにしておりました。Sir!」と答えるぞこれ。っていうか日本語…そうだ。
「日本語は話せるの?」
「」
コーネリアは思考停止する。
「話せないの?!」
「Wai…WaiWait…。話セマス。話セルヨウニ…」
ゴソゴソと自らのaiPhoneを弄るコーネリア。
「日本語ノSoftハ持ッテイマセーン…」
「え、ちょっ、」
クソッ…今度は俺がaiPhoneを弄りまくる。AIなんて持ってないよ!!っていうかそういう容量が大きいのは持ってないんだよ!!持ち歩かないよ!!普通は!!!
「Netヲ探セバイイジャナイデスカ!!」
「わーったよ!!いまやってるって!!」
もうすぐホテル着くじゃんか!インストールの時間も合わせたら全然足りてないだろこれ!!ヤバイぞ、ヤバイ!!
女子高生が2人、後部座席でaiPhoneをお互い見ながらキャッキャ言ってる光景がそこに広がっていた。しかし、俺達にとっては死活問題だった。
…。
10秒後。
「到着シテイマスゥ!!」
「げぇッ!!」
はえーよ!!
心配そうにロビーで待っていたスカーレットが、蓮宝議員が外へと出てくる。そして警察のパトカーへと近づいてくるじゃねーか、おい。
「(小声で)OSiriヲ差シ込ムノデス!」
「(小声で)はぁ?!お尻を挿す?お尻に挿すじゃなくて?」
「(小声で)OSiriデス!!aiPhoneノGuidanceAIデス!」
「その手があったかぁ…」
俺はニコニコしながら立っているスティーブの背後から近寄り、首元にaiPhoneから伸びたネットワークケーブルをブスリと突き刺した。これでaiPhone内のOSiriと呼ばれるガイダンス用AIに接続された。
よし。
日本語は話せるぞ。
「スティーブ。いったいどこへ行っていたの?電話も通じないし、護衛のコーネリアも一緒に居なくなるし」
「スティーブ?それは誰ですか?連絡先に該当する名前が存在しません」
俺とコーネリアは同時に戦慄した。
aiPhoneのOSiriガイダンスの台詞がこれほど戦慄させることは、これまでも、そしてこれからも無いだろう…。
やべぇ…やべぇぞおいいいいいい!!!!
「は?アンタの名前でしょ?」
まだ怪しんでないっぽいな、トロい女だ。
「ありがとうございます。ご主人様。私の名前はスティーブです」
「ヒーッ!!!」「ファーック!!!」
俺とコーネリアは同時に叫んだ。
叫ばずには居られなかった。
しかし、そのお陰で「ありがとうございます」の部分ぐらいしかスカーレットに聞かれてない…聞かれてないぞォ…。
「ご主人様って誰なのよ?」
うわぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
聞かれてたぁぁあぁぁぁ!!!
「あなたが他の機種に浮気するまでの間、あなたは私のご主人様です」
おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!
「スティーブ?あなた疲れてるのね…」
「申し訳ございません…疲れているようです。充電してください。現在のバッテリーの残量は、」
「う、うわぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は叫んだ。
冷や汗でびっしょりだ。
コーネリアはガタガタ震えていた。
会話を遮りながら、
「と、とにかく、ほら、疲れてるんだから、話は明日にしたらいいんじゃないの?そうしないと本当に精神にキてしまって、鬱病になって自殺するかもしれないじゃん?」
と俺は冷や汗を垂らしながらニッコリと微笑んで言う。
「なんかもう既に相当キてるみたいよ?」
「そうそう!キた後にあっちの世界にイってしまう!」
「あんた、汗びっしょりじゃないの。ヤクでもキメてるの?」
「いや…レッドブルを3本一気飲みしてきただけ」
「あ、そう」
そうやって俺が会話を誤魔化している間も、呑気にもガタガタとコーネリアの奴は震えていやがったので、俺は奴の柔らかい『美少女お尻』に蹴りを入れて正気に戻させた。
そしてこのクソアンドロイドを連れて行かせるように仕向ける。
コーネリアは素早くネットワークケーブルを引っこ抜くと、英語で軍隊のソレがするように「Forward!!(前進)」と叫んだ。
ティーブが勢い良く、
「Sir!Yes Sir!」
と叫んだ。
ティーブを前に、後ろを見張るようにコーネリアが、俺は俺でヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら、さきほど車のトランクルームに押し込んだスティーブのスーツケースをグラビティコントロールで引っ張り出し、浮かせて、着いていった。
視線を背後に感じながら…。
そして…3人は数分後、スティーブの部屋に押し掛けた。
ティーブを模したアンドロイドをベッドに座らせ休止モードにしてから、俺とコーネリアもベッドに寝っ転がった。
前進の力が抜け落ちた感じだ。
力を消費したのは戦闘によるものじゃない、精神的なものだ。
「と、とにかく。コーネリア。明日までにちゃんとスティーブ・アンドロイドにちゃんとしたAI積んでおいてよ。明日、最終日の会合があるんだよね。昼ごはんもみんなで食べるみたいだから、ちゃんとご飯を食べれるタイプのアンドロイドに改造しててよ」
「O…Key…」
「絶対どっかでバレそうな気がする」
「コノ難関ヲ、2人デ乗リ切ルノデス!」
「いや、スカーレットを巻き込むというテもあるかな…」
「スカーレット?」
「蓮宝議員だよ」
「What?!」
「あー。そうか、インフォメーション・コントロールが効いてるのか。まぁ、最後はスカーレットにロシアのテロリストの襲撃でスティーブが死んだから、そこんとこえぇ感じに情報操作してもらったらなんとかなりそうかなぁ…死んだ人間を最初っから存在しなかった事にするとか、そういう情報操作しなきゃいけない」
「Good!!!ソレヤリマショウ!!」
「もしバレたらの話だよ」
そういう話をしてから、俺は疲れて眠くなったのでスティーブの部屋を離れた。とにかく、バレてもスカーレットが協力してくれる見込みも無いんだから今は全力で誤魔化すしかない。
が、デジャブを感じている俺は、ひょっとしたら…ひょっとしたらだが、明日の朝、スティーブが存在していなかったらアメリカの正体不明の『謎のドロイドバスター』がスティーブを用意する…というルールがあるのではないか、とも思っていた。
とにかく、今日は疲れを取ろう。