177 代表代行 2

翌朝。
最終日の朝だ。
つまり、これからはスティーブに誘われて変な建物の変な施設まで護衛しに行かなくてもいいし、スティーブが襲撃に巻き込まれて死んだことを気にするまでもなくなる。
つまり明日から平和になるという未来が見えてきた日。
部屋にはカーテンの隙間から光が差し込んでくる。このままでは根暗な部屋になってしまうと俺は思い、グラビティコントロールでさっそくそのカーテンを開いて光を受け入れた。
しかし部屋ではなく心の中には一つだけ影を落としたまま。
厄介者のスティーブが最後に残した難題を俺とコーネリアは解決しなければならなくなってしまった。
今のスティーブはコーネリアが生成したアンドロイドで、中で動いているAIも即席でインストールしたものだった。それでうまくいくのなら問題ないのだけれど、俺には到底そうは思えない。…かと言って、俺はこれ以上に自らの手で現状の手を壊す…いや、改変するという行為に億劫になってしまい、コーネリアの手伝いもしてない。つまり、10回中2回ぐらいはうまく行くというコーネリアの行動についてはギャンブルであたりが出ればいいなぁと考えている状況に似ている。
さっそくだが朝食に向かおう。
スケジュールだと朝食後に記者会見があり、日本、アメリカ、中国代表それぞれが感想などを言う場がある。
おそらくそこが今回の山場だと思う。
朝食の会場へはドロイドバスターに変身した状態で入る。
護衛の為だ。
すると、そこには既にコーネリアとスティーブが居た。
俺の中ではスティーブが一番注目するべき人間、いやアンドロイドなので、その一挙手一投足に目が集中していた。
まだ朝食が運ばれてきてない。
『コーネリア。昨日、ちゃんとスティーブのセッティングしたの?』
電脳通信経由でコーネリアに話す。
『』
…?
反応がないぞ。
コーネリアはじっと椅子に座って運ばれてくる朝食を見ている。
隣にいた俺はコーネリアのドロイドバスター変身後のドレスの上からおっぱいをツンツンとするのだけれど反応がない。
え…死ん…でる?
「Hey。女性ノオッパイヲ勝手ニ揉ンデハイケマセーン」
え?
俺は背中にしっとりと冷や汗が湧き出るのが自分でもわかった。
この話し方、タイミング…声は違うものの、明らかにコーネリアだ。コーネリアのような話し方をするスティーブがそこに居た。
マジ…でか…。
こ、この野郎ゥ…昨日一晩何してるのかと思ったらAIを入れてるんじゃなくて、スティーブを遠隔操作してる…だとゥゥゥ?!
『勝手ニ触ラナイデクダサーイ!』
『何やってんだよ!!!』
『「努力」…シテイルノデス…』
『努力の方向性を間違ってるよ!!』
『AIガ適当ナモノガ見ツカラナカッタノデス』
『代わりに記者会見受けるの?!』
「ソレシカ方法ガアリマセーン!!!」
電脳通信ではなく声で俺に伝えるコーネリア。
切羽詰まっている時はこんな感じである…。
「方法?何の話?」
俺とコーネリアが身体をビクつかせる。
「い、いや、別に。こっちの話」
「昨日から様子がおかしいわね。スティーブもおかしいし、あなた達、何か問題を抱えているの?」
あまりにも的確に俺達の今の状態を当ててくるので俺とコーネリアは犯罪を犯した人間が警察官に職質された時のように、目をそらし、俯いて、目を見開いて口をパクパクさせた。
「まぁまぁいいではありませんか。みなさん、さぁ、朝食を始めましょう。と、申されています」
老子の隣にいた翻訳アンドロイドが話の間に割って入ってくれたから助かった。思わぬ助け舟に肩をなでおろす俺とコーネリア。
『キミカガControlシテクダサーイ!』
『なんで?!』
『私ノControl下ニ入ルト私ノ身体ガ制御不可能ニナッテシマイマス。キミカナラ、ドロイドバスターノ能力ニヨッテ、自ラノ身体トスティーブノ身体ノ2ツヲ同時ニ制御デキマース!』
『そ、そりゃ…そうだろうけどさ…』
『何カ問題デモアルノデスカ?』
問題があるとしたらコーネリアが背負っている責任をどうして俺が肩代わりしなきゃいけないのかっていう感情的な部分についてだ。
これ以上状況が悪化する前に食い止めなければならない…。結局、コーネリアが背負った責任が俺にも無条件で乗ってくる。理不尽だけれどしょうがない。手伝うか。
『わかったよ、しっかたないなぁ…』
わかったよ、しっ、の部分でスティーブの身体の動きを制御する権利が俺に与えられる。もうこれはあれだ、あらかじめ俺に制御を移すだけの作業を終えて、後はボタン一発で制御が移るようにしててOKが出るのを待っていた感が漂ってくる…クソッ。
俺の視界にはスティーブが見ているものが広がっている。
「どうしたの?朝食は洋食にしてくれってあなたが言っていたから、朝食だけは洋食になってるのよ。アメリカではボリュームが不足しているのかしら?」と怪訝な顔で、しばらく手を動かしていなかったスティーブを見てスカーレットは言った。
慌てて俺(スティーブを操作中)はナイフとフォークを持って目の前に置かれているスクランブルエッグに手を伸ばしている。
「スティーブ、ナイフとフォークは逆じゃないの?」
俺はついつい普段の癖でフォークを右、ナイフを左に持っていた。確かにこれは逆だし場所が場所なら舌打ちされるレベルだ。しかし、細かい事にうるさいなぁ…。
「ん?あぁ、これか、えっと…フランス式なんだ」
「あら、そうなの?」
「フランス式は細かいことはいちいち気にしないんだよ」
「あら、細かくて悪かったわね。昨日と持ち方が違うからちょっと気になっただけよ」
ギィィクゥゥゥ…。
俺とコーネリアの身体の動きがとまる。
しかも同時にスティーブの動きもとまる。
「最後は持ち方を逆にしてみようと思っただけだよ」
「へぇ〜…」
納得したように返事をしたにも係わらず、スカーレットこと蓮宝議員はジト目で俺の制御するスティーブ・アンドロイドの一挙手一投足と見ている。何かに気づいている…だが、何に気づいているのかをまだ本人が理解していない。だからか、俺は余計に緊張して食事の仕方が間違っていないのかを気をつけながら動かしている。クソッ…余計にぎこちない。
『コーネリア!食べ方ならお箸の国じゃないコーネリアのほうが詳しいでしょ!制御を変わってよ!!』
『OK』
するとコーネリアの制御下にあるスティーブ・アンドロイドは、手前にあったパンを手で掴んで千切ると、スープの中にボチャ、スクランブル・エッグの中にボチャ、ベトベトになったソレを獣のようにむしゃぶりつく…っておいおいおいおいおいおい!!!お前、そんな下品な食べ方してんのかよ!!と、俺は一瞬、コーネリアの前のテーブルを見てみた。すっげぇ下品だ、パンのクズがそこら中に転がっている!!きったねぇ!
『やめやめやめェェェ!!!』
俺が止めるとスティーブの動きも止まる。
まるで乞食ががっついて食べてる最中に、配給された食べ物の中に毒物が紛れ込んでいてそれにヒットした時のように。中国での朝食だからあながちありえそうで怖いぐらいだ。
「どうしたのよ?」
ジト目で睨んでくるスカーレット。
『早く交代!!!』
『ワカリマシタァー…』
制御が俺に移る。
ちなみに制御と言っても感覚までも共用されている為、いましがたスティーブが口の中に放り込んでいたものが味覚として俺に伝わって、
「ゲェェェ…」
俺の制御するスティーブは盛大に口の中のものを吐いた。
クソッ…アメ公の味覚異常は常軌を逸しているな…。