176 深淵を覗く者 2

重慶にあるソレと構造がよく似ている。
俺達は廊下の突き当りにある4、5メートルはある巨大な扉を前にしていた。そして電磁ロックが掛かっている事がわかったスティーブはあの重たそうなスーツケースの中から配線をいくらか取り出して電磁ロックの下部へ接続して何やら作業をしていた。
傍から見るとハッキングして解錠を試みているように…いや、実際に解錠を試みている以外の何者でもない。
まるで宝箱の前に座って「後は開けるだけ」と悟った海賊のように、呑気に口笛を吹きながらスティーブは取り出したネットワーク端末のキーを叩きながらパスコードの解析プログラムを動かしている。
「Hey!スティーブ!!(英語で何か言っている)」
「(英語で返す)」
このニュアンスからコーネリアがスティーブに何を言っているのか、英語の成績判定がDマイナスの俺にでもわかる。つまり…
「おい、スティーブ、国の代表としてこんなところで盗賊行為をしてるのがバレたらどんな事になるのかわかってんのか?」「大丈夫大丈夫。さっきも言ったようにこの中国では何でもありなんだよ。真の自由がここにあるのさ。例え国家の代表が盗賊行為をしていようが『力』でねじ伏せれる」
という感じで。
よほどの高性能な量子演算ユニットを積んでいるのだろうか、3分もかからぬうちに16桁の暗号コードを全部解析して、その証拠に扉の錠がカチリと音を立てた。
ニンマリと笑うスティーブ。
それから重たい扉を指さして「開けてくれ」と笑う。
「確かにそうだね、スティーブは扉から離れたほうがいいよ」
「どういうことだい?」
ブービー・トラップが仕掛けられてるかもしれないからだよ」
「中華製のブービー・トラップだから作動しないんじゃないのか?」
「いや、まじめに普通の扉を作ってたら、その扉が爆発する可能性は高いよ。意図してブービー・トラップを仕掛けるよりも高い確率で発動する天然のブービー・トラップ」
「…さすがにそれは言い過ぎでは?」
俺はグラビティコントロールで扉を押した。
変身前でも十分に押せる程度の重さだ。
(ザーッ…ザザッ…ザーッ)
ん?
何か音がする?
俺はaiPhoneを取り出した。
さっきまで圏外だったけれど圏内になり、何かしらの音が出たのじゃないかなんて想像してしまったからだ。だけれど相変わらず圏外のまま、というかaiPhoneからこんな壊れたラジオから出るような音がするわけがない…か…で、俺は音の主がどこなのかを理解する。
俺の腕時計…以前、にぃぁが無意味に流していた声を解析して、そこから創りだした人工知能が入っている、腕時計…。
そうだ。
そこから壊れたラジオのような砂嵐のような音が聞こえている。
「ナンデスカソレー?」
「え?いや、なんでもない」
俺は反射的に腕時計を手で覆って音を外に漏れないようにした。
なんだ?
昨日も同じ様に音が出たぞ。
昨日も音が出たのはドロイドバスター生成施設内だ。腕時計と施設内の何かが反応してるのか?しかし、機械的な反応じゃない…何故ならこの中に入っているのは人工知能基板モジュールに埋め込まれたAIのデータだからだ。しかも得体の知れぬ解析データから創りだしたもの。
「コーネリア、キミカ。君達にコンセプトモデルの話をしよう」
ある程度研究施設内に足を踏み入れてから振り返って、スティーブは俺達に意気揚々とした表情でそう言う。
「なぜ、石見教授は男性を女性にするような面倒臭いことをしてドロイドバスターを産みだしたのか…君達は石見教授が2次元の女子好きのオタク野郎だから男性を美少女に性転換させてドロイドバスターにしようとしたのだと、そう思っているね?」
「違ウノデスカァ?」
「違うね。何故ならドロイドバスターは不安定な存在なんだよ」
昨日と同じ話だ。
2度も聞くのが面倒なのでスティーブの話を遮って俺が言う。
「女性は感情が男性に比べると不安定で、ソウルリンクの先の存在に気付かれてドロイドバスターとして存在することが出来ずに消される可能性がある。でも、男性だと逆にソウルリンクの先にある存在の力を最大限に発揮することができない。だから『コンセプトモデル』のように姿は女性だけれど心は男性にして安定的に最大限の力を出させる方法が考えられた…でしょ?」
「Perfect!どこで習ったんだい?」
「それは…」
昨日、アンタが言ってたことだろう、と喉まで出掛かって止めた。
「ソウダッタノデスカァ!!」
驚いて俺を見ているコーネリア。
「石見教授は輝かしい第一弾のコンセプトモデル…キミカ君を創りだしたわけだ。きっと明智教授にしてみれば先を越されたと奥歯で奥歯をすり潰すぐらいの嫉妬に燃えただろう…なにせ日本では最初に石見教授がやらかした実験失敗で多くの犠牲者を出して、ドロイドバスターの研究は公にはストップさせられ、明智教授も学会を追われたからね。彼は全てを捨てて中国の…『カオス』の中へと入った。それ以外に選択の余地は無かったんだ。しかし、目の付け所は正しかった」
ここからの話は俺は聞いていないな。
ティーブは続ける。
「金さえあれば自由に死体を用意できた。最初の実験の失敗が何故起きたのか、石見教授は机上だけでそれを求めたが、明智教授は実際に実験を繰り返すことで答えを見出した」
「つまり、女性のバックパッカーを連れ去っては処刑して、ドロイドバスター化させるって実験を繰り返したんだね。重慶にあった施設でそういう情報を手に入れたよ」
あくまで俺の幻影の中にあったものだけれど。
「酷イ話デスネ!!明智ハ殺サナケレバナリマセンッ!」
「もう死んだんじゃないかなぁ?」
ティーブは前の研究施設と同様に、ネットワーク端末の配線をスーツケースにつなげて何やらデータの吸い出しを始めた。これが狙いだろう。大航海時代に黒胡椒を見つけた白人野郎と同じようなイキイキとした目で研究施設の機械をアクティベートして吸い出している。
そして話を続ける。
明智教授は石見に遅れをとるも、最終的にはコンセプトモデルの発想に行き着いたんだ。しかし、日本に戻って学会でそれを発表しようとしたところで…残念な事に行方不明になられた」
「殺されたんだよ」
「何故それがわかる?」
「ヘカーテだかヘカッティだかのドロイドバスターに殺されたよ。大学で公演をしてた時にロシアのテロリストに大学を襲撃されて、その戦闘中にあたしの目の前で殺されたよ」
「それは私の記憶にはない情報だな」
「じゃあ追加しといて」
「しかし何故、彼は狙われなければならなかったんだろう?」
「ドロイドバスターの研究をしていたからじゃないの?」
「何故、ドロイドバスターの研究をしていたら命を狙われるのだ?」
「さぁ?」
「私は人類の英知のつまった偉大なる発明だと思うけれどね。コーネリア君にしても、病弱だった彼が一度死に、新しい命として蘇ったわけだ。死者を蘇らせる素晴らしい発明じゃないか」
ティーブは本当に俺が何を言っているのかわからない、という表情で半笑いで俺を見てそういった。
「女ノ子トイウノガタマニ傷デスネー」
「そうだな」
一方で俺は研究所内を歩いて回る。
重慶にあったものに比べると…どれも真新しい。あっちはあっちで外気に触れていたから劣化するのも早かったということかな。まるでつい先日まで使われていたかのような雰囲気だ。
そして2、3メートルはあるかという巨大なビーカーが並んでいる場所で俺は『死体がないかなぁ?』とOgrish.comのサイトを見て回るガキのような顔で徘徊していた。
その時だ。
「Hey!!キミカ!!面白イモノヲ見ツケマシタ!」
コーネリアの声が響いた。