177 代表代行 5

ようやく帰国してから世間を賑わせていたのは、中国のクーデターの話でもなければ日本の参戦でもなく、記者会見の時に登場したアメリカ代表の姿で会場に紛れ込んでいたスパイである。
左翼はこぞってスカーレットこと蓮宝議員にインタービューを行って、誰も正確なことは知らないのに『アメリカの背後にあるユダヤ財閥の陰謀』と称し、何者かが世界を混沌へ陥れようとしているとまで話している始末。街角でのインタビューではアンドロイドにはありえないほどに素早い動きや特殊な力からドロイドバスターではないかとの噂を言う者もいる。実は当たっているのだけれど。
そんな中でメンツを潰されたのはアメリカだった。
記者会見に寝坊で遅れるという失態はもとより、何者かが代表としてなりすまして記者会見を行っていた…しかもそれに誰も(護衛についていたコーネリアも気付かなかった)という事態。
調査委員会まで設置するとか…。
俺はしばらくはニュースを見ることが出来なかった。
いつどこで俺の失態が暴かれるかどうかビクビクしていたのだ。
今、この瞬間、茶の間で食事を摂りながらテレビの映像を前にマコトがナツコと共にニュースを見入っている最中にも、俺だけは不自然に壁に吊り下げられたケイスケ作の萌え絵カレンダー(日捲り)を睨んでいた。
「なんかキミカちゃんの動きに似てるね、このアメリカ代表の」
ニュースを見ながらマコトが言う。
俺は再び食事が喉を通らなくなる。
「そ、そりゃ世の中、似てる人はたくさんいると思うよ!」
「グラビティ・コントロールも使ってるみたいだし」
「そ、そりゃ世の中、グラビティコントロールを使う人も他にいるよ!あのジライヤだって使ってるんだからさ!コーネリアだって!」
「っていうと、このアンドロイドを制御していた人もドロイドバスターでグラビティコントロールを使える人だよね。ジライヤかコーネリアか、キミカちゃん?」
「だから他にも色々いるんじゃないのかな?!だいたい、なんであたしがこんな事をして世間を騒がせなきゃいけないんだよ!動機がないじゃん?動機がある人を犯人だと思わなきゃ!!!」
「でもキミカちゃんがドヤリングするのだって、他人には理解できない動機だからなー。こうやって世間で目立ちたいって気持ちでやってる可能性だってあr」
「なんでマコトはあたしを犯人にしたがってるんだよォォォォオォォオォォォオォォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!」
俺は立ち上がってマコトのか細い肩を掴んで前後左右に振った。
「ぼ、ボクは別にそんな気があって言ってるわけじゃないよ、ただ、この滅茶苦茶な強さはキミカちゃんぐらいしかいないなーと…」
「それを犯人にしたがってるっていうんだよォオォォオッ!」
「ご、ごめん」
その瞬間、胸のポケットに入れていたaiPhoneがヴーンとバイブ音を発しながら揺れた。思わず乳首に響いて顔を赤くしてうずくまる俺。そんな俺をニヤニヤしながら見る下心丸出しのマコト。
取り出して見てみると画面には暗号化された通信の文字。
ぬぅぅ…嫌な予感がする。
『はい、どなたですか?』
『私よ、私』
『間違い電話ですね』
声を聞いてスカーレットと分かったから切ろうとしてたら、
『おい、もう解ってるんでしょう?』
『ン…だよォ?!』
『招集がかかったわよ。この暗号化通信でアクセスしなさい』
『は?』
『は?じゃないの。スパイ事件の件よ』
『ひぃぃ〜…』
『怯えてないで。みんな待ってるんだから』
食事を中断してリビングのソファに腰を落として電脳通信経由の会議へと参加する。俺の目の前には俺にしか見えないホログラム表示の会議室が広がって、そこには神妙な顔持ちでジライヤこと東条指令官、そのとなりにスカーレットこと蓮宝議員、安倍議員が並ぶ。
アメリカから例のスパイについて情報を求められている』
と東条。
『知らないよォォォォオォォ!!』
俺は叫んだ。
『動揺が半端ないな。いったいどうしたというのだ』
安倍議員が訝しげな目で俺を見て言う。
『確かに朝、様子がおかしかったわね。いや、あの日の朝だけじゃなくて、前日ぐらいから…。まぁ、元々どこかオカシナ人だったから気にも止めなかったのが悪いのだけれど』
『コーネリアには聞いたの?』
と俺が言って、周囲を見渡してみる。
いましがた気づいたけれど、コーネリアもいるじゃん。気配を消して隅でガタガタ震えているから全然気づかなかった。
『コーネリアは何も知らないと言っているわ』
『それよりも映像を見て欲しいのだ。ほら』
俺が幾度と無くニュースで見ていたあの映像だ、うわぁぁああぁぁ!
『う、うわぁぁああぁぁ!』
『落ち着きなさいよ』
『ほら、動きがキミカそっくりなのだ』
『そう、この槍で忍刀を弾き飛ばす瞬間とか』
『う、うわぁぁああぁぁ!』
ジライヤが落ち着いた声で言う。
『しかし、仮にキミカ、貴様がこのアンドロイドを遠隔操作しているとして、目的はいったい何なのだ?アメリカの面目を潰すぐらいしか結果がみえないし、そこにリスクを負ってまでやる意味もない』
『だからあたしが操作してるんじゃないんだよォォォォ!まずはそこから離れよう!あたしを前提に話をするからおかしくなるんだよ』
映像はさらに進んで俺の制御する分身がスティーブ・アンドロイドを蹴り飛ばしてトドメにキミカ・インパクトを放つ瞬間がある。
『ほら、ここでキミカがため息をついてるわよ、「ふぅ、バレる前に壊せた。危ない危ない」』
『おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!』
まるで俺が言ったかのようにスカーレットのクソ野郎が言うので思わず俺は途中から奴の電脳通信上の音声をかき消すかのごとく叫んだ。
しかし、見ている全員がそれに納得している。
『蓮宝議員からアンドロイドを破壊すれば証拠が消滅する、という情報を聞いておきながらなぜ破壊した?』
ジライヤこと東条司令官が言う。
『非常に興奮していて、あの状況では、ここで殺らなければ自分が殺られると思って、自己防衛の為に殺りました…』
DVを受けた妻が緊急避難の自己防衛で夫を殺害した時の供述のように、俺は目を座らせて淡々とそう言った。
『うははは!何を言っておるのだ。キミカともあろう「つわもの」が自分が殺られるだなんて恐怖心を起こすわけがないだろう。あるとしたら自分がコントロールしていることがバレt、』
『だからあたしじゃないって言ってんじゃんかよォォォォオオオォォォオオォォォ!!!!』
『あいたたたた…またポンポンペインなのだ…』
『無実の罪であるあたしを疑うからそうなるんだよ!』
お腹が痛くなったのだろう、安倍議員は退室した。
『蓮宝議員、さきほど「前日あたりから様子がおかしかった」というのは、どんな風におかしかったのですか?』
ジライヤが蓮宝議員に丁寧語で質問するのは違和感があるが、今はそれは全部どうでもよくて、質問の内容が全部俺についてってことだ。クソ…さっき俺が犯人である前提で話を進めないでって言ったのに!
『まずスティーブの様子がおかしかったわ。で、それを庇うようにキミカとコーネリアの様子がおかしかったわね。二人で何かを隠しているようにも見えたわね』
俺は会議に参加しているホログラム・ビジョンの髪の毛が逆立つのを覚えた。ホログラム・ビジョンにはそんな器用な機能は実装されていないというのはわかってはいるが、それでも。しかしコーネリアに至っては実際に現場にいるのだろう、完全に髪の毛が逆立っていた。
『コーネリア、あんた髪の毛が思いっきり天井に引っ張られてるわよ』
『ンン…ンノォォオォォォオォォゥ!!!』
『どうしたのよ、落ち着きなさいよ』
もうスプラッター系のホラー映画で殺人鬼の襲撃にあって1人だけ生き残った(だけれど後に殺される運命にある)モブキャラが主人公達に事情を聞かせて欲しいと質問にあって、その過去の記憶を遡る過程において精神に異常をきたした状態になっている。
そして英語でブツブツと何かを言っているのだ…ヤバイ。
これはヤバイぞ。
俺には英語はわからないが、この2人は聞き取れてる感じだ。
『スティーブは確かに死んだはずなのに、ってどういうこと?』
それを聞いて俺は正直、失禁しそうになった。
いや、少しだけ失禁した。