177 代表代行 6

『スティーブは死んだ、ってどういうことなの?』
再び質問が、今度は俺に向けてだ。
『いや、その…』
俺もしどろもどろになる。
追い打ちをかけるようにジライヤが言う。
『辻褄としては合う。キミカとコーネリア両名が共同して外交官を殺害し、その代役としてアンドロイドを操る。ドロイドバスターの能力も完全にコントロール下にあれば使用可能だから、会場でのあのアンドロイド離れした動きにも説明がつく…だが、殺したはずのスティーブが何故か会場に突然現れて、アンドロイドを始末することで「スパイを殺した」とアピールしていた…。だが、それは一般向けには成功するが、ドロイドバスターについて詳しい人間が見れば、あの動きから誰がコントロールしているのかまで知ることができる』
『なるほどね』
『…って、おいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
『あなた達が殺したんじゃないって言ったら何なのよ?』
黙ってやり過ごそうと思ってたがここまで来ると暴露するしかない。暴露しないケースでの俺の立ち位置が怪しくなってきたからだ。
『スティーブは護衛の最中に殺害されたんだよ!』
『は?』
『しかも2度!』
『2、2度も?』
『どういうことだ?スティーブは寝坊して参加が遅れただけと聞いているが、殺害されている人間が生きて戻ってきてるというのは?』
『生きて戻ってきたから驚いたんだよ!スティーブは前々日に1階、トラップに引っかかって死んだんだよ。で、次の日にはロシアのテロリストの襲撃にあって死んだの。その時にはコーネリアと一緒だったから、スティーブそっくりのアンドロイドでなんとかやり過ごせないかって思って…。あ、ちなみにスティーブそっくりのアンドロイドを用意する案を提示したのはコーネリアね』
ジライヤもスカーレットも頭を抱えた。
しばらく無言。
と、その空気をぶち破るように安倍議員がお腹を抑えながら入室。
『ふぃ〜…飲んだジュースがほぼ同じ形で肛門から排出…最悪な腸環境になっているのだ。しかし、水分をとらなければ脱水症状になってしまう。水アレルギーになったかのようなジレンマ。ん?二人共何を頭を抱えているのだ?』
その問いにはスカーレットが返す。
『コーネリアがスティーブの護衛に失敗して、何度か殺害されているらしいのよ。今の話を聞いた限りだと、代役が何人も居て入れ替わり立ち替わりで帰国したスティーブは5人目らしいわ』
『帰国したのは3人目だよ!2回死んだんだから!』
『結局「ザル」護衛じゃないのよ?最初に出会ったスティーブが本物である保証もないわ。というか、どうなってるのよ、アメリカは。いつから遺伝子組み換えスティーブを量産して外交官として送ってきてるのかしら。彼は以前にも米軍のリーダーの補佐官として来たことがあったわよね』
…そういえば、なんとなく俺の脳裏の片隅にはある。
あの重たそうなスーツケースを持って歩いているスティーブの姿が。
頭を抑えながらジライヤが言う。
『話を纏めると、スティーブは偽物かも知れないが、何人か同じものが用意されていて、死ねば次の代役と交代していた、ということか。人間でそっくりなものを作り上げることは不可能じゃないし、アメリカがそれをやらないとも言い切れない。だが、今は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているんだ。とても認識していたとは思えない…仮にも認識していたとするのなら、コーネリアにはそれを伝えてあるだろうし、次の代役が合流するまでの間に会見が始まってしまうようなことが起きてはならない』
蓮宝議員ことスカーレットが俺に問う。
『スティーブはどこで殺されたの?トラップがどうとか…』
『えっと…それはぁ、よくわかんないけど…』
『護衛してたんでしょ?』
『スティーブが案内した場所に一緒についていったんだから、どこなのかわかんないよ。ドロイドバスターの生成施設みたいなところ』
『『…』』
安倍議員もスカーレットもジライヤも一瞬だけ口を閉ざした。
ジライヤこと東条は言う。
『なぜそのような場所に用事がある?』
『知らないよ、なんかデータを引っこ抜いてスーツケースの中にある機械に入れてたみたいだけれど』
再びの沈黙。
しかし、それはスカーレットが指を鳴らしたことで解かれた。
これは『閃いた』という意味での指鳴らしではない。ドロイドバスターの能力であるインフォメーション・コントロールだ。何故そうなのかと言えば、東条司令官も安倍議員もコーネリアもこのタイミングでの指鳴らしになんら反応を示さないからだ。
明智教授ね…』
それが俺が喉まで出掛かっていて引っかかっていたキーワードだった。数日前からずっと引っかかっていた。点と点の繋がりがひっつきそうでひっつかなくてイライラしていた。俺が中国での任務の度に奴の名前や存在や形跡が視界の隅にチラチラする。
『ケイスケの…石見教授の先生で、ドロイドバスター生成をケイスケと競い合っていた奴だよ。中国で日本語が通用するバックパッカーを誘拐しては殺して実験に使っていたクソ野郎さ。以前はそいつが日本の大学で授業してる時にあんたが護衛してたじゃん?どういう繋がりがあるの?もしかして、スカーレットは元々はバックパッカーで中国を旅行中にアイツに殺されてドロイドバスターになった人間?』
情報の行き来が俺とスカーレット以外が遮断されている、という前提で俺は今まで言いたくても言えなかった事をここで放った。
『私はバックパッカーになった覚えもないし、中国を旅行した覚えもないわ。仕事以外ではね。私がドロイドバスターになったのは四神の…まぁいいわ。私の話はどうでも』
そう言ってスカーレットはため息をついてから、話し始める。
『石見と明智教授は同じ研究室で物理や生物学の研究をしていたわ。物理学の観点から現象を算出する際に多次元の空間を用意すると説明がつくことから「宇宙空間」以外にも何かしら空間が存在しているという説が古くからあって、その解明が「生命がどこから来たのか」に繋がっている。計算の上ではそう証明されていても実験で検証されなければただの説にすぎない…明智教授はそれを実験で証明しようとしていた。その異空間からの謎の力を研究して利用しようとした石見とは方向性が違っている。石見のほうがさきにそれを再現してしまった。その際に起きた不幸な事故で石見の研究はストップさせられて、学会から姿を消して明智教授の研究も継続できなくなってしまった。彼は日本では研究の継続は不可能と判断して、中国とのパイプが太い私を頼ってきた。きっとその原動力になっているのは過去の自分の生徒だった石見に自分の専門の分野において先を越されたのがあるのかもしれないわ』
『繋がりについてはわかったよ。もう一つ、ロシアのテロリストに襲撃された理由は?今回もあの研究所で襲撃にあったんだ。連中は研究結果を狙っていたような感じだった』
『わからないけれど、おそらく狙いは明智教授が持っている知識ね。彼の研究データを狙っている感じがしない?』
『ドロイドバスターの生成技術が欲しいのなら明智教授を生かしておくはずだから…』
『そうね。石見が狙われないのに明智教授が狙われる理由…明智教授は学会で発表しようとしていた。多次元の存在が証明されれば科学は飛躍的に発展するから。一方で石見は自分の為だけにその技術を使った』
『でも今回はその防衛任務は失敗だね。スティーブがスーツケース内の外部記憶装置に研究結果を入れて持って帰ったよ』
『本当に?』
『ドロイドバスターに邪魔をされたんだよ。コーネリアみたいに物質変換をするタイプの奴。そいつがスーツケースを守ってて…』
『なんでそれを最初に言わないのよ?』
『聞かれなかったからだよ!』
『それはそれは、とても面白くないことになりそうだわ』
『ん?どのあたりが?』
『例えばあなたが一生懸命作ったものをどこかの誰かがそっくりそのまま真似て「自分が作りました」とドヤ顔で発表したらイライラしてこない?別にあなたがそれを世界に発表しようとしていたんじゃなかったとして、誰かの為に何かをしようとしていたわけでもなくて』
『それは著作権侵害だね』
『そうそう。そういう感情よ。それが大切なのよ』
『えっと…つまり?』
スカーレットは指を再びパチンと鳴らした。
『「なし」ってことよ』
『あ?』
『スティーブが「誰かの依頼」でドロイドバスターの技術をスーツケースに入れてアメリカに持ち帰った…という結末は「なし」』
『そ、そんなの、あり…なの?』
『「あり」よ』
え、ちょっ、俺の頭の中にある『あの研究施設での出来事』がどんどん消えていくんだけど!!なンなんだよ!一生懸命頑張って戦ったのに全部ナシになるのかよ!!!!!!
『あなたが一生懸命頑張ったことは私が知ってるからいいじゃない?』
全然よくねぇよ!!!
時間だけ無駄に過ぎただけじゃねーかよ!!!
おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!
…。
『あぁ…ぁぅ…かゆ…うま…』
えぇ〜っと…。
なんで俺、電脳通信してるんだっけ?