13 囚われの妹(リメイク) 1

それはいつもの戦闘の最中に起きた。
そのまえに「いつもの戦闘」というのを説明しておかなければならない。いつもの戦闘というのは、ケイスケが警察のネットワークをハッキングして事件が起きた場所に警察が駆けつけるよりも先に到着して悪い事をした奴らを懲らしめるのだ。
それだけ日本の警察が無能なのかと言われればそうではない。日々発生する事件は2丁目の居酒屋で客が暴れたとか、路上で肩と肩がぶつかったから喧嘩になっただとか、コンビニの前に不良が屯ってるから駆除して欲しいだとか8割ぐらいはそういった類の事件とも呼べないような小さなものの集まりで、警察が居てくれなければ巻き込まれて悲惨な結果になるようなものばかりだ。
そして残りの1割が、スケジューリングされた捜査やガサ入れ、逮捕など。で、残りの1割が警察が対処するのには手こずる難しい案件だ。この最後の1割の難しい案件は突発的に発生して、時として警察は尻尾を巻いて逃げる結果になる場合もある。昔はそんな事は無かったらしいのだけれど、泥棒ではなくテロリストと呼ばれる武装集団の場合は軍隊に匹敵する重武装でドロイドが加わっている事もあり、日本軍がサポートに加わって始めて解決できる。
しかもテロでもイスラム系のテロリストとは違って中華系・東南アジア系のテロリストは主義主張よりも欲が全面に出てきて、『経済的に豊かな泥棒』だとか、『軍隊並に武装に拘る泥棒』だとか、またはあるジャーナリストは彼らのことを『テロを理由にすることで自分がやっていることを正当化しようとした泥棒』とまで罵った。
決して多くの人は口には出さないけれども、ようは簡単に言うのなら、警察は泥棒に屈している状態なのである。
軍が作戦を開始するまで警察では対処できず、時間を稼ぐだけの存在になりさがっているから、ケイスケはこれを何とかしようと『ヒーロー』という存在…つまり、俺を作り出したのかもしれない。
…と、そのような前置きを置いてから、俺は普段そうしているように警察の時間稼ぎの時間に泥棒どもを懲らしめて、軍が準備を整える頃には作戦が追わている算段で重武装した泥棒どもをヒーローの謎の力をもってして退治していった。
俺の噂は泥棒どもにもちゃんと流布されているらしく、俺が姿を表わすと降参して警察に御用になる奴等も多い。が、残念なことにちゃんと流布されてない場合は『俺が流布』しなければならない。
俺がここに姿を現した時、奴らにとって警察は『天使』のような存在になる。なにせ、武器を捨てて降参すればちゃんと逮捕してくれて、日本人の血税によって建てられた暖かい留置場のベッドで、同じく日本人の血税によって与えられる食事を食べて、うまく行けば刑務所で労働訓練をすることで手に職を得ることすらできてしまう。
しかし、俺は違う。
シンプルで、そしてショートだ。
まずドロイドは無条件に俺に攻撃を仕掛けてくるのでドロイドを真っ先に狙うが、その時にそばにマヌケにも突っ立っていると気がつけばドロイド側にあった『自分の身体』の一部が肉塊となって吹き飛んで、バランスを崩して道路に寝転がることになる。
そして、二度と自分の足では地面に立てなくなる。
倒れた後は遠くまで転がっていった太ももから先の部分をそのマヌケな目で見ることになるのだ。
次に狙うのはサイボーグ化した奴。
ドロイドほどではないにしてもよほど自分に自身があるのか調子に乗って俺に向かって銃を向けて容赦なく銃弾の雨を浴びせてくるから、ドロイドの次に『破壊』する。奴らの身体はサイボーグ化した硬い部分を残して、生身の部分が優先して吹き飛ばされて、最後はカスだけが残る。
そして、悲鳴を上げて全身生身の泥棒どもは俺の伝説を流布する役目を追うわけだ。訳の分からない中国語のような言葉で、奴らは何かを叫んでいる…けれども、言葉の壁を乗り越えてその意味を訳すのなら、『ドロイドバスター・キミカが近くに現れるとき、地獄の門が開かれる…』
今回も派手に暴れたわけだけれど、近くにもう1グループ泥棒野郎どもがいて近づいてきた俺に集中砲火を浴びせようとした。
こういう時はバリアで防がれるんだけれども、現実はアニメや小説のようにはいかずバリアはちゃんと物理法則に従ってエネルギーがどんどん減って最後は切れ、生身の状態になった俺は蜂の巣にされる。というわけで、最後のガードとしてバリアを保存しておき、今はこの不思議な力『グラビティ・コントロール』をもってしてガードする。
一瞬で地面を不思議な力によって盛り上げた俺は奴らの銃弾を防ぐ。と、同時にそばにあった誰かの車を同じくグラビティ・コントロールを使って奴らにぶつける。奴らが持ってきた白のバンと、俺がぶつけた誰かの車の間でトマトが潰れるように肉が飛び散って、さながら「La Tomatina」のような状態になる。
そして、冒頭の「それはいつもの戦闘の最中に起きた」というところに戻る。
俺がぶつけた車と車の間、ぺちゃんこになった肉塊を見ている視線に気づいたわけだ。それは泥棒達の視線ではない。
一般人の視線だ。
路上からは一般市民は逃げてくださいというのが警察から伝達されているはずなのに…その黒いジープを大きくしたような車両に乗っているのは屈強な筋肉の男達。自信があるのだろうか?最前列でヒーローを見物したいのだろうか?そいつらは戦闘が始まってからも逃げなかったのに、俺と視線があったら突然、車のエンジンをふかして逃げ出す。
俺は降参したり逃げ出したりする泥棒達は攻撃しない。
警察が俺の代わりに追いかけて捕まえるからだ。
しかし、ソイツ等は泥棒っぽさがないから違和感があった。
これは…嫌な予感がするぞ。例えるのなら俺が万引きをしたとして、それをクラスメートに見られたとしよう。で、何故かそのクラスメートは誰にもバラさずにニヤリと笑ってからその場を立ち去る。
言うならば手札を手に入れた事に満足して立ち去る感じ。とっさに俺は本能でその情報を持って逃げ出そうとする輩を始末しようとする。
ショックカノンが火を吹いた。
2発、3発、4発。
街路樹は文字通り木っ端微塵に、周囲の店舗のショーウィンドウも衝撃でガラスを撒き散らしながら破壊された。が、肝心のジープらしき車の正面で青色の物理バリアが展開された。
バリア…。
ただのジープに?
撃ってくるとは思っていなかったのだろうか、ジープは俺が撃つまではトロトロと俺を観察しながら去っていったのだけれど、撃ち始めると急にスピードをあげて路地の中へと逃げていった。
『お疲れ様ですにゃん!いつもの場所で待機してるにぃ!』
ケイスケからの電脳通信だ。
いつものようにグラビティコントロールを俺自身の身体に効かせて、空高くへと舞い上がる。周囲には黒い波動が広がって車や埃などを一瞬だけ空に浮かせる。この能力が重力を制御するものだとする証だ。
『ヒーローは悪者を退治したら颯爽と現場をさりますにぃ!』
『ダサいミニカーに乗って去るんだけどね』
『それは言わないお約束ですぉ!』