13 囚われの妹(リメイク) 2

いつもの場所こと『青空公園』の近くのビルの上に着地する俺。
泥棒団が派手に暴れた場合は都市全体が戒厳令下に置かれて、悠々と青空公園に着地できたのだけれど、今回のような警察のお手伝いをしているレベルだと人目につかないようにビルの屋上からわざわざ地上まで歩いて降りて公園に行かなければならない。
屋上についた俺は、周囲に誰も(ドローンの類も)いないことを確認してからドロイドバスターの『変身状態』を解除する。
あいもかわらず黒い煙が身体を包んで、その煙が風で飛んでいった箇所から変身前に着ていた学生服の状態に戻る。
変身モノのヒーローが変身する瞬間は随分と派手なのだけれど、変身を解除する瞬間はそうそうテレビに登場することはない。変身モノだから変身するまでの過程が重要なのであって、変身を解除する過程なんてのは彼女とラブホテルに行った後、それなりの行為をして、終わってからシャワーを浴びたり着替えたりの様子を淡々と映像で流すようなもので、必要ではあるけれども見せられてる側からすると意味の無いものなのだ。
つまり、この街でヒーローよろしく活動している俺は、ヒーロー以外は見ることは無いであろう一番つまらないシーンを見ている。
「本当にこれ、どうなってるんだろう」
制服が元通りに戻っていることに毎回おどろく。
でも、よく見ると…。
「ん?なんか、買ったばっかりの新品状態になってる…?」
今、気づいた。
学食で久々に肉料理…とは行ってもミートソース・スパゲッティが出たわけだが、喜んで食ってる最中に派手に服に飛び散ってしまって、ユウカに「子供みたいね」と言われてキレそうになった事も思い出した。
そう、あの時に服にミートソースがへばりついたんだ。
それが無くなっている。
元に戻ってるんじゃなくて…。
「毎回、作り変えられてる…?」
まぁ、気にしてもしょうがない。
男だった俺が今や美少女になって、しかもヒーローに変身までして不思議な力で悪党を倒しているわけだ。服が毎回新品状態になっていることなんて、夕方になれば空に月が見えるのと同じぐらいに疑問を持たないレベルの事象だった。
「お、ま、たッ、セッ!!」
俺は普段そうするように、ケイスケの背後から音もなく近づいてケツに軽くパンチを食らわした。
「うおおおぉぉぉぉァァァァァアアァァ!!!」
派手に驚くケイスケ。
「あっはっはっは、なんだよ大声だして、面白いデブだなぁ」
「シィーッ!!」
「あ?」
「さっきから誰かに見られてる気がしてるにゃん」
そういえば俺もそんな気がしてた。
っていうことは俺とケイスケ、両方に誰かが何かを仕掛けてきた…っていうことなのか?泥棒連中に正体がバレた?
「こういう時はキミカちゃんの必殺技ですにぃゃん!」
「必殺技?誰か殺せってこと?」
「なんかかっこいいから『必殺技』とか言ったけど別に殺す能力ではないにゃん。名付けて…『キミカ・アイ』!!」
「今考えて付けたような名前じゃん…勘弁してよそのネーミング。まだキラキラネームのほうがよく考えてつけてんじゃん」
「今考えて付けました」
「おい」
「面白いネーミング浮かばなかったからとりあえずつけただけですにゃん!!それぐらいヒーローなんだから察して欲しいにぃぃ…」
「ヒーローとは関係ないよ!!!…で、キミカ・アイっていうぐらいだから、目に関する何かなの?目で睨み殺せるとか?」
と、とっさにケイスケのデブの太い手が俺の頭をガシッと掴んで周囲の建物のように向けた。
「な、な、なにするんだよ」
「あの建物の後ろ側に何があるのかを探りを入れるようにじっと見つめてみるにゃん…機能が作動して裏側を透視できますにぃぃぃ」
「マジ…でェ?!」
ケイスケによって方向づけられてたのはアパートの非常階段の側、自転車が何台も放置してある場所だ。その自転車や非常階段が俺の視界から消えて、つまりは透視されて、裏側に何があるのかがわかる。
数名のスーツ姿の男達が隠れてる。
「何あれ…かくれんぼでもしてるのかな?」
「尾行されてるにぃぃぃぃァァァッ!!!」
「びこぉ?」
ケイスケは激しく俺の腕を握って、その軽々とした美少女の身体(俺の身体)をミニカーの助手席に放り込む。
「ぎゃー!!」
「逃げますォォォ!!!」
エンジンがフル回転する。
マルチーズ土佐犬の前で吠えるような、かなり無理のあるエンジン音。ミニカーは既にケイスケを乗せるだけでも重量オーバーなのだ。
「そんなに慌てなくても誰も追ってきてないよ」
と、俺は後ろを振り返りながら言う。
さっきのかくれんぼをしていたスーツ姿の男達もいない。
「そりゃ走って追いかけてくるわけがないでしょうがァァ!」
などとケイスケが言うものだから車で追いかけてくるのだろうと思っていたけれど、そうでもない。誰かが追い掛け回しているようには見えない。俺とケイスケだけが慌てて何かから逃げ回っている。
「あぁああぁぁぁッ!信号が赤ですにゃんォォォァァァ!!!」
「赤にもなれば青にもなるんだよ。今が青ならいずれは赤に、赤ならいずれは青になる。雨はいつかあがるものさ」
「それはただの哲学ですにィィィ!!!」
ケイスケの車は左へ急カーブした。って、そこには道路なんてない…歩道があるんだが…。
「ちょっ、どこ走ってんの!!!」
「歩道を走ってるに決まってますおォァァ!!」
このクソミニカーはケイスケの肉の塊を載せたまま、歩道に乗り上げてキャーキャー言いながら車を避ける歩行者を周囲に撒き散らしながら、歩道の真ん中を走る。
「あらららら!!すいません、すいません通りまーす!」
「オラオラオラ!!どけどけ!!轢き殺すぞクソババア!!」
ラクションを鳴らしまくり、自転車に乗ったパーマのババアを危うく引き殺し損ねるケイスケ。ババアはボロのミニカーに押し出されて花壇の中に突っ込んでいる。
それ以外にも様々な人々に迷惑を掛けながらもデブと美少女を載せたミニカーは歩道から横断歩道へと、そして車線へと移動する。
俺がにこやかな表情をなんとか繕って異常性を薄くしようとしたのだけれど、となりのデブが真っ赤な顔で唾を撒き散らしながら吠えている。
「うわ、マジキチ、目がイッてる…これ絶対にニュースになる」
「逃げるっていうのはこういう事を言うんですにぃィヒヒッヒッヒ」
「ぁゎゎゎゎ…」
しかし、俺はそのケイスケのイッちゃってる目よりも更に異常な事態に今しがた気づいた。
信号が、全て赤なのだ。
しかも警察のドローンではない別の黒い物体が交差点上空を飛び回っている。それらはまるで俺達の動きをジッと見つめているかのように、身体を、カメラを俺達が乗るミニカーへと向けていた。
これも、テロなのか?
俺とケイスケだけを狙ったテロなのか?