175 ビジネスの話をしましょう 3

老子は長々と中国語で話し始めた。
後追いでアンドロイドが翻訳する。
「世界は平和になったとマスコミが言ってまわる。しかし、戦火は途絶える事をしらない。今、こうしている間にも世界中の様々な場所で戦闘が、戦争が起きている」
さらに続けていう。
「戦争は理由があって、力があって、始めて成立する。それは人間と人間同士が喧嘩をする時と同じだ。相手を殴る理由があって殴れるだけの力があれば相手を殴ろうとする。軍備を増強するということは『殴れる力』を高めて殴ったらただじゃすまないぞと威嚇する意味がある。力による戦争の抑止だ。このパワーバランスが崩れても戦争は起きる。しかし、戦争の抑止にはもう1つ方法がある。『相手を殴る理由』を無くす方法だ」
つまんなさそうに聞いていたスティーブが言う。
「そうだな。今のアメリカと日本がそうだ」
老子は続ける。
「相手を殴る理由がなくなった状態で相手を殴ろうとすれば誰だって怒る。キチガイだと思われて病院へ送られるだろう。それは戦争も同じだ。戦争をする理由がないのに戦争を始めれば国民が怒る。政府は国民からの信頼によって成り立っているから、信頼が崩れれば国民は暴徒化して国が国ではなくなる。言ってみれば戦闘には勝てたとしても戦争に負けたことになる。だから政府は国民の信頼を得るために誰にも理解されない喧嘩はできない。では何故、日本とアメリカが喧嘩をしないのか?」
そこまで話して劉老子は水を飲んだ。
そして、その問を俺に向けた。
「仲が良いからじゃないの?」
しかし劉老子は首を横に振った。
そして話を続ける。
「価値観が同じだからだ。価値観が同じだから仲が良い、だから喧嘩ができない。人が喧嘩をする理由はいつも同じだ。価値観が違うから喧嘩をする。自分と異なる価値観を持つ人間を、危険な考えを持つ人間をこの世から駆逐することには躊躇はしない。生物は敵が気に入らないから攻撃するんじゃない、自分を守るために攻撃するのだ」
ティーブが話を腰を折るように間に割り込む。
「言い方を変えるのなら価値観が違えば喧嘩をすることができる」
そしてニッコリと微笑んだ。
老子は言う。
「価値観を合わせるのは容易なことではない。イスラムとキリストの2大宗教が未だに反発するのと同じ。国や教育では介入できないところにそれがある。数えきれない程にある家族の、それぞれが文化なのだ。それを力で変えることはできないし、金でも変えることはできない」
スカーレットは劉老子に話を合わせるように言う。
「価値観を抜きにして、20世紀までは正当な理由で戦争が出来たのよ。オリンピックのようなものよ。どの国だって戦争することに躊躇はしなかったわ。だけれど、人々は自らの力の恐ろしさを知って以後、戦争を嫌い始めた。『力』に屈服した。そして世界は復興して、戦争をしなくても生きていけるような世の中になった。いつの間にか戦争をする理由すらもなくなったのよ」
老子は言う。
その言葉尻はとても強く、怒りに満ち溢れていた。
「正当な理由で戦争が出来なくなったから連中は理由を求めたのだ。そして、『価値観』に目をつけた」
俺は言う。疑問が出てきたからな。
「『連中』って?」
「戦争をしたい者達だよ。戦争は国家間の喧嘩だ。紛争だってそうだ。もしそこで利益が出るのなら、それはビジネスということになる。さきほど蓮宝女子が言ってくれた言葉どおり、ビジネスで生計を立てている人達にとっては生きていくために戦争があると言ってもいい。かつての貴族や王族、財閥、多国籍企業…屍を糧にして生きている連中だよ」
ティーブは鼻で笑ってから、「またつまらない話がはじまったな」とでも言わんばかりの態度で椅子に背中を伸ばした。
「連中は戦争が起こらなくなった世界で戦争の起爆剤となりうるものを2つ見つけたのだ。1つは宗教…そして、もう1つは我々中国のような民度の低い者達がいる国だ」
そう言って劉老子はさっき『土人』と言った俺を見た。
老子は自分達が土人であることを認めたのだ。その視線の意味は、そうやって土人土人と言ってきた先進国の国民である俺にも、何かしらの責任があるということなんだろう。
話を続ける老子
「情報そのものの発達が遅れている、だからマスコミや過激派の口車に乗せられやすい。コントロールしやすい、感情的で欲望に正直で、後先考えないバカな者達がいる国々だ。民度というものは家族から家族へと受け継がれるものだ。そう簡単にはあがることはない。それに、戦争が起きて国が荒めば再び民度は下がる。…そう、かつての先進国も20世紀頃までは情報化が進んでいなかった。金を持ったものがプロパガンダを蔓延させ、超国家主義者がその妄想を過激にさせて、マスコミが煽られ、国民が熱狂し、軍部が背中を後押しさせられて戦争が起きた。『連中』はその後、廃墟になった街の片隅にひっそりと篭って、その存在を消した。『互いを憎しみ合う事が戦争を引き起こすのだ』とマスコミを使って伝えてまわった。でも、本当に悪い奴らは誰なのか…今の話を聞けばわかるだろう。本当に悪いのは、いがみあうことか?それは違う。戦争に導こうとするものがいるのだよ。価値観の異なる人間同士が憎しみあうのは当たり前なのだ。それを戦争に発展させるには細工が必要なんだよ」
そこで拍手だ。
ティーブが笑顔で拍手しながら立ち上がったのだ。
そう、おそらくはその『連中』の手先となってここにやってきたであろうこのアメリカ人のこの男はご丁寧にも拍手しながら立ち上がって言う。
「じつに素晴らしい演説だったよ。子供に世界の真実を教える時間だった。キミカ君もよく理解してくれたと思う…ん〜…コーネリアくんは授業中にエロ本を読むのは控えたまえ。で、ここからは真実の話ではなく、事実の話だ。さて、老子の言葉はとても大切だとは思うけれども、正しい考え方があれば戦争が起きないというのはかつて日本の憲法の中に9条が存在していたが何の役にも立たなかったことからも言える。事実、すでに中国は3国に分裂して北側のあのえ〜っとなんだったっけ、北側の国が南側の国に侵攻してきている。私はその解決策として、『戦争』を提案するよ。すでに北側の連中も戦争をし始めているそうじゃないか。国境付近では相変わらずの硬直状態。黙って指を咥えて見ている時間はもう終わったんだ。これからはどんどん部隊を投入して真ん中のえ〜っとなんだっけ、真ん中の国を助けよう。暫定政権を立てて自治させよう」
「その暫定政権というのが出来たあとにはアメリカの企業が押し寄せてくるのかね」
「もちろんそうだ!(スカーレットを見ながら)日本の企業だって来る。(劉老子を見ながら)老子、あなたの国の企業も進出すればいい!!資源は掘り放題だ!!!」
さすがにムカついたので俺は間に入って言う。
「それが最初から目的だったんじゃんか。どうせメリケンが仕込んだんでしょ?そんなに資源が欲しかったらコーネリアに作ってもらえばいいじゃん。創造主の力でどんなものでも好きなものに変換してくれるよ」
コーネリアは言う。
「私ハ自分ノ為ニシカコノ能力ハ使イマセーン。コノ前ダイヤガ欲シイト言ッテタ奴ハ体ヲダイヤニ変エテ差シ上ゲマシタ」
おいおいなんてことしてんだよ…。
老子は首を振った。
そして俺を見て言う。
「君のような人間で世界が埋め尽くされれば、きっと幸せな世界になるだろう。だが、世界はそれほど賢く出来ていない。『連中』は『戦争』以外の選択肢がなくなった時にだけやってきて、悪魔の手を差し伸べてくるのだ。よく見ておけ、これが世界の真実だ」
そして、一言言った。
「戦争を始めよう」