175 ビジネスの話をしましょう 4

会合は中国の内戦を日本とアメリカが手伝うという着陸点を目指して進められた。兵器の提供に始まって爆撃の支援、広報…つまり、マスコミに戦争を正当化させるシナリオを流す事、そしてアメリカやその脇で利益を得ていた日本が待ち望んでいる、戦後処理についてまでも。
俺の中での戦争の定義はこの会合を境目にして変わってしまった。
いや、きっと最初に持っていた定義ですら何者かに刷り込まれたイカサマの情報なのだろう。映画やアニメやマスコミや、そして知人や家族が話している戦争という定義が、人々の憎しみから生まれるという単純明快な、わかりやすいものに置き換えられていたんだ。
それはもう随分昔からバージョンアップが忘れ去られたシステムのソレのように変わっていなかった。
戦争は悲しいものであって、戦争は人々の憎しみから生まれるものであって、世界中の人々と仲良くしようなどという結末を様々な物語の中で語られているから、それが当たり前だと思っていた。
当たり前だと思わせなければ、都合の悪い連中の為に、俺の中にある情報が勝手にコントロールされていた。
きっと誰もがそれが一番正しいものだと信じたいのだ。
悪は悪であってほしいと、例えそれが嘘であっても、そのほうが世界にとって都合がいいのだ。
『憎しみ合うから戦争が生まれる』…決してビジネスなんかではなく、自分達の『利益』がどこかの国の頭も体も貧しい誰かの悲惨な死によって支えられているだなんて信じたくないのだ。
俺はいつぞやのドラマの中の長台詞を思い出していた。
『本当の悪魔とは、自分達の事を正義だと信じて疑わない連中だ』
俺はコーネリアが薄い本を8割ぐらい読み終わったのを見てから、どうして彼女がこの会合の最中にエロ本を読んでいたのか考え、そしてその答えに気づいてしまった。
そう…。
この会合はエロ本にある内容よりもつまらないものだ。
つまらないビジネスのつまらない利益の為のつまらない話。
俺が本気で怒り狂って世界を変えようとしても変えられないと思う。それは、まるで大津波を1人で止めようとしているような気分。
いつしか俺もコーネリアもクソみたいな会合を抜けだした。
護衛の役なんてどうでもいい、こんなバカな話をしている連中が死のうが俺には関係ない。明日、どこの貧民の命を奪って利益を得てやろうかなどと考えている連中だ。そこに守る価値があるのか?
スタバに行く気分でもない。
ふと街の中に開けた場所があって、昔ながらの屋台が並んでいた。ビジネス街なのにこの場所だけが活気が溢れていた。このコンクリートジャングルの中で唯一、街が生きている場所だった。
そしてどことなくテーブル席を確保して、中華スープの中に何かワンタンだか素麺だかが入っている何かを注文してから、それを食べた。
コーネリアは行儀悪くも薄い本を読みながら食べていた。
50円ぐらいだ。
この屋台で並んでいた食べ物は日本円でその値段で売られていた。
おそらくそれを朝と昼と夜食べたとして、150円と少し。
…たったこれだけ。たったのこれだけで人は笑顔になって、友や家族と語らいながら、明日の朝を迎える。
でも、同じ笑顔を得るためにどこかの国の誰かは、何かと理由をつけて『利権』だの『資源』だのの言葉を並べる…いったい、何がそんなに必要なのか?精神がどこか病んでいるのではないのか?
などと俺が思っていると、
「Heeeeyy…」
コーネリアが俺の背後を睨んで言うのだ。
振り向くとそこにはスティーブがヘラヘラ笑いながら立っていた。
「サッキ、私ハ貴方ニHotelニ帰ッテ寝テテクダサイト言イマシタァ…何デココニイルノ〜??」
「中国の屋台で気をつけなければならないのは、『熱を通してないものは食べてはならない』という事だ。彼らは水を飲む時は必ず煮沸消毒するんだ。我々先進国の人間が生水を飲んでいるのを見て震え上がるのは、自分達の国では生水は危険だと教わっているかららしい。そして、今でも中国の屋台ではナマモノは勇気がある者でなければ手を出してはならないらしい。君達は、ちゃんと注文するものを考えているみたいだな」
そう言ってニヤけるスティーブ。
さぞご満悦だろう、商談が成功したんだから。
「こんなところをウロウロしてたらまた命を狙われるよ?」
そう俺は言って、犬でも追い払うかのように手でシッシッとやった。
「また?命を狙われた経験はないけれどな…」
こいつは命を狙われた後に殺されてるから経験はないんだろうな…でも、本当にどっから沸いてでたんだ?このスティーブは。俺の知ってるスティーブはあの場所で死んだはずなんだけれど。
「それよりコーネリア君、そしてキミカ君。二人に手伝って欲しいことがあるんだ」
「は?」
「What?」
「そんな不機嫌な顔をしないでくれよ。君達は護衛じゃないか、その護衛に『護衛』の仕事を頼もうとしてるんだよ。別に不思議なことじゃぁない。むしろ仕事を上げたんだから喜んで欲しいぐらいだ」
俺は脳裏にドロイドバスター生成施設の中でトラップに引っかかって死んだスティーブを思い浮かべながら、
「まーた、ドロイドバスター生成施設にでも行くから護衛をお願いします〜とかじゃないのぉ?」
ティーブは思いっきり目を丸くして、
「え?なぜソレを君は知ってるんだ?」
そう言ったのだ。
「な、何故って、前のスティーブが…」
と俺は言いかけたところで言葉を思いっきり飲み込んだ。もううどんが食道に入りかけたところでまだ半分ぐらいが口の中に入っている状態だ。ぐいぐいと食道に引っ張られて変な気分になるアレ。中途半端に飲み込んで後悔している真っ最中なのだ。
「前のスティーブ?」
「HaHaHa…Huh?」
コーネリアもスティーブも訝しげな顔で俺を見る。
「いやなんでもない」
そっけない態度で目を逸らす俺。目を見つめられると嘘がバレそうな気がするから反射的に目を逸らしてしまった。
「いいんだ、話してくれたまえ。どういうことなんだ?」
と、その挙動を見てさらにムキになるスティーブ。
…こりゃ、下がりそうにないな。
俺はしぶしぶ説明する。
まぁ、デタラメだけれど。
「前野スティーブっていう日本生まれのアメリカ人がいたんだよ、そうそう、ドロイドバスター生成施設がどうのこうのとか世迷い言を垂れ流しててさ、テレビや映画の見過ぎだって言う話。顔も似てるからなんとなく思い出しちゃって。日本人はアメリカ人の顔の判別は出来ないんだよ、みんなウマズラの鬼畜米兵に見えるんだ」
「君は失礼な事を言わないように意識すると失礼な事を言ってしまうタチらしいな…気づいていないようだから一言いわせてもらうが、君は今、失礼な事を言ったよ」
「ウマズラの部分?」
「いや、その後の部分だ。とにかく、コーネリア君、私を護衛して欲しい。これから行くところはチャイニーズのガラの悪い不良どもが屯してるところなんだ。キミカ君も来てみてはどうかな?学校ではコーネリア君と友達なのだろう?。蓮宝議員なら心配することはない。ホテルに戻ってから仕事があると言って部屋に篭っているから」
なんで俺が二度も行かなきゃいけないんだよ…。
俺は素早くスタバへ向けて歩き出そうとしたその時だ。
コーネリアのバカがキチガイみたいに俺の手を掴んで目を見開いて引っ張りながら「トモダチ!トモダチ!」と覚えたての日本語を喜んで話している頭の悪いアメリカ人の真似をし始めたのだ。
俺はクソでも見るかのような目で侮蔑し、しぶしぶその片言の日本語を話すツインテール美少女のアメリカ人(コーネリア)と共に、スティーブの護衛についた…。