171 コピー&ペースト野郎 5

本棚のところにはナツコの研究結果を盗んだと思われる形跡は無かった。あったのは中身が空っぽの見た目だけの学術書、それから自己啓発本の山だ。それも、殆どが1度か2度読んだ程度の綺麗なもの。そろそろマコトが担当していた机のほうを俺も探そうと思っていたその時だった。
廊下の方からコツコツと足音が聞こえたのだ。
それだけなら今までも何度もあったのだけれど、その足音が部屋の前で停まり、何やらカードキーをカチャカチャやろうとしてるではないか。
俺達の間に戦慄が走る。
「かかか、かかか隠れるところはどこかないニカ?!」
「あわゎゎゎゎゎ!!!きたきた!!来たよゥ!!」
「どどどどどどこに隠れたらいいの?!」
起点を利かせたソンヒがその場で簡易的にロッカーのようなものを創りだした。まさに創造主の力、様々である。皮肉を一つだけ言わせてもらうのなら、創りだすスピードが遅くて俺達3人が入る事はまず出来ない大きさだったということだろうか…。
マコトだけが慌てて本棚の後ろに隠れた。パッコラパッコラと落とした中身がカラッポの本を何とか隠れ蓑にして…そして俺とソンヒがぎゅうぎゅう詰めになってロッカーの中に収まった。
「おいいいいいいいいいい!!!(小声)顔が近いニダ!!」
「こっちのセリフだよ!!(小声)しゃがみなよ!!」
「誰が日帝民の前にしゃがむかこの野郎ニダ!!!(小声)しゃがんで土下座するのはイルボンのほうニダァァッ!!」
狭いロッカーの中で背丈が同じ美少女が2名、お互いのおっぱいを押しくらまんじゅうしながら叫んでいる光景がそこにあった。
そして、それが俺達だった。
幸いにもまだガチャガチャとドアの前で開けるのを手間取っているから救われたものの、それをチャンスとばかりに互いに罵倒…。
そして、それも俺達だった。
「しゃがむのはそっちだろうがァァァ!!!こんなクッソ狭いロッカー作って!!それにあたしは胸がそっちよりも大きいから身体を動かすのが難しいんだよ!!」
「何気に自慢を間に挟むなニダ!!イルボンを前にしてしゃがむなんて例え足元に万札置かれていても土下座と勘違いされるぐらいなら万札いらないっていうぐらいに嫌ニダ!!チョウセンミンジョクの恥ニダ!」
「何が『チョウセンミンジョク』だよ!朝鮮民族でしょうが!まともに日本語話せないくせに煽りだけ一丁前にしてるンじゃないよ!」
「こんな汚い国の言葉なんて嫌々話してるに決まってるニダ!!意味が分かったならちゃんと罵倒で成立してるニダァ!!」
「とにかくしゃがめよォォォラァァァァァ!!!」
俺は腕をソンヒの肩に置いて地面に向かって引き落とそうとする。同様にソンヒも俺に同じ事をするが、俺のは腕だけの力じゃなく、グラビティコントロールも含めているからソンヒは土星に立っているような状態で強烈な重力波によって土下座を強制されている。
「ギギギギギギ…チョウセンミンジョクは…永遠に不滅ニダァァ!!」
「え、ちょっ!!!」
思いっきりソンヒの手が俺のおっぱいを両手で掴んで顔を挟んで、その弾力だけで地面にひざまずくのを防いでいる。完全にブラがコンニチワの状態で反射的に胸を隠そうと腕が動く。
そんなやりとりをしていたが、強制的に俺達は口の筋肉を強く引き締めて閉ざさざるえない状況になってしまった。
カードキーがドアを解除する音が響いたのだ。
トタトタトタと部屋に足音が響く。
「あらぁ?!田中さん!今部屋から何か声が聞こえませんでした?」
「いやぁねぇ鈴木さん。冗談はやめてくださいよ!!私には全然聞こえていませんよ、怖がらせないでくださいよ!」
この歯切れのいい会話、それから布擦れ音、リズミカルな歩行…それらから推測するに、このフロアのお掃除を仕事として預かっているパートのおばちゃん達のような雰囲気がある。
見えないけれど8割ぐらい当たっていると思われる。
「あらァ!!」
声が俺達が潜んでいるロッカーに向かって響く。
戦慄。
俺とソンヒは呼吸音すらも止める必要があった。
掃除のおばちゃんが、俺達がいるロッカーのほうを見て、固まったままジッとしているような気配がするのだ。もちろんそうじゃないかもしれない、けれどもロッカーからは外が見えないので、どうしても脳は考えうる一番最悪の状況を頭の中に思い浮かべてしまうのだ。
「見てよ佐藤さん!本棚!!本が散らばってるわ!!」
その時、暗いロッカーの中でソンヒと目があった。
俺とソンヒは今、同時に疑問を抱いた。
そして同じ疑問だろう。
えっと…田中さんが部屋から声が聞こえたと騒いだ人…鈴木さんが冗談だと疑って幽霊とかは信じてない人で怖がりな人。
…佐藤さん?
佐藤さんっていうのは誰だ?
俺とソンヒはドロイドバスターだから犬と人間ぐらいの差で気配を察知できるわけだけれど、どう考えても3人の掃除のおばちゃんはこの部屋には入ってきてない。気配が感じ取れないのだ。っていうかそもそも、この部屋に3人も掃除のおばちゃんを呼ぶ必要があるのか?
おいいいいいいいいいい!!!怖いんだけど!!佐藤さんが忍者波に気配殺し過ぎてヤバイんだけォォォ!!!
「やだわァ…あたし、本棚のところは掃除したくないわァ」
「それじゃ佐藤さんにまかせましょ」
…いやいやいや俺達が怖いって!!
(コトン…コトン…)
なんか黙々と仕事してる佐藤さんがいるぞ。本棚に軽い本を…中身が入ってない偽物の書物をコトンコトン置いてる音が聞こえる。本棚が俺とソンヒが隠れてるロッカーの隣にあるから、十二分に佐藤さんの仕事ぶりが伺える音が聞こえてくるぞ。
なんだよこの人、全然話さないじゃんか!
呼吸もしてない気がするぞおいおいおいおい!!
「それよりもさ、聞いた?この部屋のピンクのペンキ、マスコミの取材に合わせて慌てて用意したんだって!!」
「聞いた聞いた!マスコミの人に言われて『ピンク色で統一しているっていうのが男性の心を掴む』からとか!!『割烹着着てるとまるでお母さんみたいで気取らないっていうところが女性ウケが良い』からとか!!意味わかんないわよねぇ!!」
「よねぇ!!」
聞き耳を立てる俺とソンヒ。
「佐村河内も、態度悪いわよね!あの女、私達を便器に捨てられたトイレットペーパーでも見るような目で見ててさ!なぁにあれ?ちょっとチヤホヤされるとあんな感じよね!」
「ねーッ!!」
「リケ女っていうんでしょ?あぁいうの!」
「リケ女?」
「理系の女よ!!ちょっと賢いから男と同じ学校に行ってね、周りは男ばっかりだから必然的にチヤホヤされちゃうの。そんで勘違いして自分はモテるとか思い始めちゃってさ!!自尊心ばっかり肥大していっちゃうのよ!!気がついたら世の中じゃ下の中ぐらいよね!」
「ほんとはなーんにもできないクセにねーッ!!あの人、パソコンのキーボードだってブラインドタッチ出来ないんだから!」
マジでか…重症だな。
「マスコミのインタビューの時だって目がイっちゃててホント、あれは見てて不気味だったわ!ずーっと裏声だし」
「『はい、STAPの運動性能は他のドロイドとは比較になりません』(裏声)」
「いやーん!似てるゥ!!ちょっとやめてよー!佐・藤・さ・ん」
…。
…ン…だとゥゥゥゥ?!
ちょっと待て、今、思いっきり裏声だしてたのは佐藤さんなのか?!めっちゃ下の方から声が聞こえたけれど、床でも舐めながら声を出していたかのように低い位置だったけれど!!何なの?!佐藤さんそんなに地べたを這いつくばって何をしてんの?!
「『残りはSTAPが美味しくいただきました』(裏声)」
うわ…つまんね。
「「ちょっ、似てるゥゥ!!佐藤さん似てるゥ!!」」
ンだとゥゥゥゥゥゥゥゥ?!
無口の佐藤さん、ウケ狙いで口を活発に開きだしただとゥゥゥゥ?!っていうかさっきと違って今度は天井に近い位置から佐藤さんの声が聞こえてんだけどォォォォ!!!どうなってんの?!