171 コピー&ペースト野郎 4

研究所内にはIDカードを用いてすんなり入ることが出来た。
本来なら客として招かれた人間は途中までで足止めされるのだけれど、ソンヒ曰く「まるで自分の家かのように振る舞えば、その家は、まるでその人が昔から住んでいたかのような家になる」など、まるで戸籍乗っ取りのような意味不明なテクがあるらしい。
知らない土地で地図も無しに進むと余所者とバレるが、迷いが消えると地元ピープルだと思われる現象かな?…まぁ、とにかく、研究所内のマップは電脳にちゃんと表示されている。これもナツコが同じ会社の総務部のデータからダウンロードしただけだ。
佐村河内の部屋の場所はもとより、電話番号、それから本人がそこに居るのかどうかまでもわかるらしい。
ちなみに今はいない。
スタスタと進んだ先にあっという間に目的の部屋へ到着。
マスコミが取材した時のまま、その佐村河内小保子の部屋はピンク色の扉が違和感丸出しでそこに存在していた。まるで精神病患者を押し込めたような病棟でこれ暴れさせないために可愛らしい装飾を施して落ち着かせようとしたような…まさにそんな違和感漂うドア。
するとすぐさまソンヒは部屋のドアに触れてIDカードを指す部分を触る。みるみるうちにIDカードを入れないと入れなかったドアにノブが出来て、どっかの家の個人部屋のドアのようになる。
悠々とノブを回転させてドアを開け、中に入る俺達。
中に入るとノブは元に戻す。
外から見ればIDカードによる施錠を行うタイプのドア。
「なるほど〜」
「言うなニダ!!」
「え?なんで?」
「どうせろくでもない事を言おうとしているニダ!!ウリの心を傷つけるから、それ以上、」
「ソンヒはこの手で色々な他人の家に入って金品やら個人情報やらの盗みを働いてるわけだね」
「おいいいいいいいいいい!!!言うなと言ってるニダァァ!!」
ナツコが電脳通信で言う。
『あんまり騒ぐと気付かれますわ』
「気付かれるから大きな声ださないでよ」
「(小声で)キミカが人を怒らせるような事を言うからニダ!」
とにかく。
本人が帰ってこないうちにさっさと仕事を終わらせよう。
「それにしても…テレビで見たのと同じで目が痛くなるぐらいにピンクの部屋だね。それに何かペンキの臭いが凄い…」
袖で鼻を抑えて俺は言う。
「この部屋のペンキ、ここ最近塗り替えたのかな?」
「そうなのかなぁ…。実際にここは仕事にも使ってるんでしょ?ここで仕事なんて出来ないような気がする。臭いし頭痛くなってくるし…何となく目がイっちゃってる人だったから、もしかしたら既にアタマのほうはペンキの臭いでイっちゃってるのかもしれない」
『キミカさん。わたくしの研究結果を盗んだとしたら、データディスクや手書きノートが入っている何かがあると思いますわ』
『了解』
「データディスクと手書きノートを探せ!!ナツコの字体で書かれてたらそれが間違いなくアタリ!」
「ナツコの字体っていうとスプラッター映画だとかホラー映画で犯人が血文字で書き残した犯行声明みたいな字体だよね?」
「そうそう」
とりあえず俺は本棚へと向かう。
何やら小難しそうな本が並んでいるわけだ。これもテレビのインタビューに答えている時に映ってたものだな。ドロイド工学について書かれた厚さ5センチはある本が1巻、2巻、3巻…といった具合に並んでいて読もうとする者の気力を奪う設計になっている。
「こういうのって映画とかではみるけれど、家に飾ってあっても大抵は動かした形跡が無いんだよね。たまに本の一つを引っこ抜いたりすると本棚がパカっと開いて秘密の部屋に入れたりするアレだよね」
と、俺は試しにその5センチはあろうかという分厚い本を引っ張ってみた。…すると、だ。思いのほか、やたらと軽く、スポッと本は抜けて思わず拍子抜けした俺はその本を落としてしまった。
(コッ…)
え?
「キミカちゃん、本棚の配置とか動かしたりしたら、几帳面な人とかそういうの覚えてるから、ボク達が侵入したことがバレちゃうよ」
「え?あ…うん」
なんか滅茶苦茶かるーい音がしなかったか?
もっとこう、ドスンッって音がして足の上に落下したら指を持っていかれるとかそういうのをイメージしてたんだけど。まぁ待て、気のせいだと思う。取り敢えず本を元の場所に戻そう…よっこら、せッ
(ひょい)
「うわッ!!かるッ!」
「どうしたニカ?」
「この本!中身がすっからかんだ!」
「ほ、本当ニダ…ど、どうなってるニカ?」
これ、飾りじゃん?!ドラマとかで使われる小道具にこんなのがあるじゃん?こう、見た目はしっかりしてるけれど中が空洞だったり発泡スチロール製だったりする奴だよ。
「え?え?これ全部偽物じゃないの?」
俺は本棚にある分厚い小難しそうなタイトルの本をヒョイヒョイ引っ張ってみるとスポスポ抜けてコツンコツン床に落ちていく。
「なんだこれ?!偽物の本が入ってる!!!」
「ウェーハッハッハ!!偽物ニダ!!コイツ!!マスコミのインタビュー用に偽物の本を用意してるニダ!!」
っていうと、もしかしてこの部屋のピンク色ペンキもマスコミ様向け演出なのか?いくらピンク色が好きだからってペンキで部屋を塗りつぶすなんて、オリンピックで緑が多いほうがいいからって山に緑のペンキを塗りたくったどっかの国と同じじゃないか。
そのスポスポ本が抜けた後の本棚の奥にはそれでこそ本屋の人気コーナーに飾って有りそうなタイトルや装飾の本がある。
こっちが本物臭い。
どれどれ…。
「面接に100回失敗した人から学ぶ100の秘訣」「柏田重工面接攻略」「社会人の秘訣」「面接力」「毎日5分で差がつくドロイド工学」「絶対に失敗しないドロイド開発」「猫でもわかる人工知能」「今度こそ失敗しないニューラルネットワーク入門」「正しいリケジョのあり方」
…。
なんか自己啓発本が多いなぁ…。
『ナツコ、見えてる?』
電脳通信では俺の視覚がナツコと共有できるので俺が見ているものをナツコも見ている。そして俺が聞いたのはナツコに、俺が今見たものでどう思ったか、何かしらのコメントを貰うためだ。
『何も証拠は出てきていませんけれども…それに近いものが出てきたような気がしますわ。小保子さんは多分、1から考える事が出来ない人だと思いますわ。どうすればいいのか、誰かの意見が必要な人』
そう。
そういう人間を指す別の言葉がある。
『無能』だ。
無能な人間というのは才能がある人間が残した情報を元に複製して同じ結果を出そうとする。面接に失敗したのなら面接に成功した人間の経験談を参考にして、資格が欲しいのなら毎年の試験を分析した解説書を見る。
何故なら、それが成功への近道だと思っているからだ。
しかし、俺はそれが近道だとは思っていない。
プログラミングについて学ぶ時、すぐに何かしらのアプリケーションを作り上げれる『お手本』がある。しかし、そこから学べれる事は『お手本通りにやれば作れる』というだけ。入門編と称して少しでも興味を持ってもらうために設けてあるものであって、学んでもらうものではない。
『お手本』を別の言葉にするのなら『テストの解答を覚えていればテストで高得点をとることができる』
テストはまだ点数を貰えた後、褒められたり尊敬されたり、または先生の生徒に対する評価を上げたり様々な効果が得られるからいいとしても、『お手本通りにやれば作れた』アプリケーションにどんな意味があるのだろうか?意味なんて殆どない。得られるものもない。
本当は自分の力で作りたいのだ。
全てを理解して、作り上げたいのだ。
例えそれが車輪の再発明になったとしても、それでも、全てを自分の力で作り上げたいのだ。自分のような人間でもやればできるんだと、そう思いたいのだ。誰かの評価ではなく自分が自分を褒めた時の評価、それが本当の意味での自分を信じる力…『自信』に繋がっていく。
俺は、並んでいる自己啓発本になんとも言えない寂しさを感じた。
佐村河内小保子には自分がない。
彼女は、自己啓発する以前に、自己が存在していない。