171 コピー&ペースト野郎 7

颯爽とMappleのキーボードを叩く俺。
遠目に殆ど未使用に見えるものの、じつはShiftキーとCommandキーとCキーとVキーが掠れている。
こんなことってあるのか?
どうしてそのキーだけ掠れているのか、パソコンを使う人間なら何となくはわかるものの、それでも「本当にそうなのか?」と疑う。
パソコンを使ったことのない人間に説明しよう。
Shiftキーは文字列の選択だ。そしてCommandキーとCキーが選択した文字列の複製…クリップボードへの退避。CommandキーとVキーが複製した文字列の貼り付け。
この一覧の動作を繋がれば、文字列を選択してクリップボードへコピーして、その文字列を貼り付ける。そうやって文章を組み立ててドキュメントを作成していると考えられる。
でも、本当にそうか?
確かに言葉なんて2chに転がっている罵詈雑言からNASAが発表する研究発表に至るまで、コピー&ペーストを繰り返して文字列を組み合わせるだけで作ることは可能だ。それだけ『オリジナリティ』なんてものは存在しない。けれども、それでも自分の手で入力したいと思わないのだろうか?自分の手で入力すれば、例えそれが2chの罵詈雑言でも、NASAで発表する予定の研究ドキュメントでも、自分がやったんだと思えるのに。
『ナツコ。見えてる?』
電脳通信でナツコに連絡する。
俺の視聴覚情報が電脳通信を経由してナツコへ繋がる。
『見えていますわ』
『これ、どう思う?』
『目的を達成する一番の近道は他人のやっていることを真似る事ですわ。それがどういう意味で、どういう理由で、どんな結果を招くか、そんなことを理解出来なくても上司に評価されるような結果が出せますわ。世の中にはそういう人間もいるという事です…キミカさんには理解出来ないと思いますし、キミカさんがそれを理解できない事を、わたくしは嬉しく思いますわ。キミカさんはわたくしと同じですわね』
『…あたしはバカだから小学校から中学校までの間で勉強が嫌いになったよ。覚えることが多すぎて、考える余裕がなくなった。周りの連中が暗記をして翌日のテストでいい点数を採ってる。それは羨ましかったけれど、結局何が得られたのかわかんないよ。他人の言葉を切り貼りして作って、一体何が得られたのかな?この人は』
『地位、名声、金…得られるものは沢山ありますわ』
『どれも本人の力じゃないよ。テストの前に解答を覚えて記入して、それを元に本人を評価してるようなものでしょ?』
『そんなものに興味がないだけじゃないかしら…』
『はぁ…』
俺は倉庫のロックを解除するであろうソフトを起動したが、それはパスワードを入力する形式だったのでヒントを得ようとブラウザのログを拾っていたのだ。カタカタとCommandやらVやらCやら以外の殆ど使われてないキーボードを他人の俺が使っていく。
見れば2chへの書き込みも行っているようだ。
最近やっているのは佐村河内小保子を批判する2ch勢力に向かって『彼女は悪くない』『研究をしていたわけでもない奴が口出しすんなよwww』『相変わらず2chは知ったか君が多いな』などなど。
これが自演って奴か。しかも全部がコピー&ペーストで貼り付けてったわけだろ?本当に末怖ろしいな…ある意味才能のように思えてきた。
コピー元も探してみようと単語をバラバラに分解したのち、サイト閲覧履歴からサーチを掛けてみる…と出るわ出るわ、あるものはAK47掲示板だったりあるものははてサであったり、あるものは2chからであったり。だいたいこれ探すのなら自分で入力したほうが早いだろっていう。
「パスワードはSTAPとかじゃないかな?」
マコトが俺に言う。
「そんな単純なものじゃない気がするよ。16桁の英字だからね」
「自分の誕生日とか…好きなものとか…」
ナツコに調べてもらった佐村河内の誕生日やら住所やらを適当に入力したが引っかかる。そろそろ入力上限に向かってパスワードロックされる可能性がある。そうなると…警備員やらがやってくるかもしれない。
「ん〜…ここまで完璧にCやVやCommand以外のキーを押さないってことは、ひょっとすると…パスワードもCとかVかも?」
思いついたことを言ってみる。
「ま、まさかぁ…」
引き攣った顔でマコトは返す。
ものは試しだ。
俺はパスワードにCVCVCVCVCVCVCVCVと入れてみた。
『「解錠しました」』
…。
「ま、マジ…で?」
本棚の後ろのほうから「カチリ」と音がする。
どうやら本当に今のがパスワードだったみたいだ。
ソンヒが金庫のほうへと歩いたと思ったら、もう一瞬で金庫の中身を取り出して机の上へと広げていく。メイリンもこういう時は素早いけれども、貧乏人の焦りみたいなものを感じられた。ソンヒの場合は同じ素早いでも泥棒が仕事をする時の素早さだな。芸術すら感じられたぞ。
「おい、今、ウリの事を泥棒だと思ったニカ?」
「まだそこまで言ってないじゃん」
「言うつもりだったということニカァァァ!!!」
「で、これがどこまでパクったかの証拠?」
「ニダニダ。これをナツコに評価してもらうニダ」
再び電脳通信。
『ナツコ。どう?全部パクられてる?』
『まだ研究室の中のデータまでは入っていませんですわね。これ、上司に報告した資料ですわ』
『え、じゃあ、これをそのままパクったとしても同じ運動性能は再現できないってことになるの?』
『ですわね。コアの部分が抜けていますもの。というか、コアの部分は設計図すら書き終わっていませんわ。わたくしが頭の中の情報をドキュメントに落とす作業をしていたところですもの』
ひとまず今の会話をソンヒに言う。
全てをパクってない、というのはソンヒが予想したとおりだ。
で、その次にどういうアクションを起こすのかはパクリ国家出身者であるソンヒなら手に取るようにわかることだ。
「ま、次は強引に本家本元のドキュメントを寄越せと言ってくるニダ」
「よくまぁ恥も外聞もなくそんな事言えるよね…『盗人猛々しい』とはまさにこのことじゃんか」
「なんだか…キミカは佐村河内の事について言ったつもりでも、気のせいかウリに向かって言ってるような気がするニダ…」
「気のせい気のせい。で、どういう先手を打つの?」
「会社内の話だからナツコの研究成果であっても、上司の権限・権力を使って佐村河内に盗られてしまうニダ。だから研究結果は盗られてしまうのがいいニダ」
「黙って渡しちゃうの?」
「大切なのは『盗られた』って事実ニダ。そんなに中身が大切なら、盗られる為に置いておくものが本物じゃなくてもいいニダ」
「あぁ、なるほど」
言うが早くソンヒはゴミ箱の中に入っていたお菓子のゴミやら紙を丸めたものやらをどんどん研究結果に変換していく。さすがはドロイドバスターの力…創造主の力。あっという間に目の前には金庫に大事そうにしまってあった研究結果と同じものがある。
「いちおう発信機と盗聴器を仕掛けておいたニダ。プシシシシ…で、大事そうにしまってあったのでこの偽物を金庫に大事そうに入れてあげるニダ。ウリは親切な人だから!」
「それでナツコの上司がナツコに残りのコア部分の研究結果を渡せと行ってきたら偽物をつかませるわけだね」
「そういうことニダ!」
『というわけだよ、ナツコ。偽物をソンヒに作ってもらうから今から研究施設に行ける?また中国地方まで戻らなきゃいけないけど…』
『全然構いませんわ。でも、このことを同僚とか上司に話しておかなくてよくって?今回の件、わたくしだけじゃなくて、上司も先輩も同僚も怒っていらっしゃいましたから味方してくれると思いますの』
「上司とかに話してもいいかって」
ソンヒに言うと、
「絶対にダメニダ!!」
「え?そうなの?」
「だいたい、ナツコの研究結果が何故ここにあるのか、それもわかってないうちに身内にペラペラと作戦話しちゃダメダメニダ!!」
「な、なるほど…獅子身中の虫っていう奴か…」
なんていうか…まぁ、ソンヒがそう言うのはわかる気がするけれども、ちょっとは信用してもいいような気がする。今まで一緒に仕事をしてきた連中なのに。かの国では自分以外は信用しないのか?
「ったく、キミカは人が良すぎるニダ!!自分が悪い事を考えていたら相手も悪い事を考えていると思うのが普通ニダ!!」
「…それは君の国の話しでしょ?」
「おいいいいいいいいいい!!!また差別的な目でウリを見下しているニダ!!謝罪と賠償を請求するニダァァァァ!!」