172 技術者≒消耗品 1

その日の夕方までには柏田重工秘密研究所まで到着した。
などとモノローグに語っていて、いったい、その『秘密研究所』という名前の意味にどこまで真意があって、どこまで名が体を表しているのか疑問符だ。
同じ会社の中だから情報が漏れた…いや、盗んだとしても、盗んだ側もそれを管理する側も、事の重大性には気づかないまま終わるのかもしれない。ソンヒが言うように、損をするのは結局、一生懸命頑張ってきた人達なのか?
俺には研究結果を盗まれたナツコが日本に見え、盗んだ側である佐村河内小保子が朝鮮に見えた。確かに世界中の人々は誠実で真面目である日本人を評価して尊敬すら抱く。かたや隣にある小さな半島国家は盗むことと僻むことぐらいしか取り柄がない。経済大国であり軍事大国でもある日本の隣にあるその小さな国では、世界中の至る所で日本人を貶めようとしては、世界中の至る所で「やっぱり朝鮮人はダメだ、酷い!」と言われ続けている。
日本やアメリカ、イギリス、ドイツ…歴史に名だたる大国は、そこに誇り高き民族が住み、何が正しくて何が正しくないのか、その価値観を共有している。が、インドやシンガポールベトナムにフィリピン…アジアだけでもこれだけの国々は民度が低い。歴史も浅い。よくよく考えれば日本人が正当性で優れていても、それに気づくまでに時間もかかるしコストもかかるし、最後の最後まで気づかないまま、半島の野蛮人に同調する事すらある。
どんなに法に準拠していても、誇り高く、正しい生き方と考え方を持っていても、野蛮で自己中心的でその場その場のしのぎで声を上げたほうが勝つような考え方を持った連中にやられ続ける。たとえ最後に認められるのが日本であっても、その途中まではいつも『損』をし続けている。トータルで言ったら損のほうが多いぐらいだ。
誰かが言った。
『正義は勝ったものの側にある』
では、勝ちとは何なのか?
酷く怒りに満ちて震えて、泣いて、虚無の眼差しで遠くを見て、時折かかってくる『協力者』だった人達からの電話に見えないのにお辞儀をして謝る、そんなナツコを見ていると、たとえ最後に勝ったとしても9割ぐらいは負けのような気さえする。
なんら努力せず名声を手に入れようとする、疑われれば声を張り上げて自己を主張し、その声が大きいほうが勝てるという倫理観で支配された『かの国』の人間のように、佐村河内小保子は社内政治をうまく利用することで未来の日本を支える技術者の芽を潰そうとしている。
日本人には体育会系と非体育会系の2種類が存在している。
佐村河内小保子とナツコの違いはまさにその2種類の違いに見える。
俺は体育会系が嫌いだ。
マスコミが垂れ流す幸せをあたかも自分の幸せであるかのように勘違いして追いかけている。そしてそれが手に入らない人達を卑下する。努力と根性という幻想で自分の無能を必死に隠そうとしている。個人の能力よりもコミュニケーションやら仲間意識やら家族のような関係を望み、一方で少しでも自分と違う者がいれば、集まって袋叩きにする。
世界でOTAKUだとかHENTAIだとか言われた日本人の、もう一つの姿。
村社会そのものの姿。
俺は、そんな体育会系どもが嫌いだ。
かつてこの国は、今では同盟国として固い結束をしているアメリカに戦争を挑んた事があった。そんな時に、この国を完膚なきまでに叩き潰した人々が2つある。
1つは敵国であったアメリカ人。
しかし、もう1つは日本人。
体育会系の連中だ。
大本営が発表する偽の情報を信じて疑わず、その偽の勝利を自分の勝利だと勘違いして大喜びだ。努力と根性という幻想で戦況を無視してバカな作戦を幾度と無く行い、死ななくてもよかった自国民を沢山殺した。そして戦争に反対する人々を『非国民』だと言って袋叩きにした。
この日本には、そんな日本の発展の足を引っ張り続ける愚民が、まるで働き蟻の2割は必ずサボるように幾つかの割合で含まれている。
俺達が秘密研究所のハイヴ内へ降りた後、有無を言わさず会議室へ案内されて、悠然とそこへ待ち受けていた連中がまさにソレだった。
「どういうつもりですの?」
相手が誰なのかナツコにはすぐにわかったようだ。
佐村河内小保子はバツが悪いのかここには居なかったが、どうやらその上司で普段から『本部』だとか『本社』だとか言われているところから来たらしい。紹介は長くてイライラしたので俺はそうモノローグで語った。この段に来るまで15分ぐらいはあったかな?
「君は頭がいいから包み隠さず誤魔化さず言葉を選ばす、率直にこちらの要望を言おう。既に君の上司には話している事だということを、付け加えさせて欲しい」
「研究結果を全部寄こせと仰っているのですね?」
「物分かりがよくて満足しているよ」
「よくもまぁ恥も外聞もなく、人様の研究結果を盗んでおいて盗めなかった残りを寄こせと言ってこられますわ。『盗人猛々しい』というのはまさにこの事。どういう育て方をされればあなたのような人間になるのか、次はその研究でもしようかしら。これから産まれてくる子供にあなたのような人間にならないための育て方を教えれば、少しはマシな社会になるかも」
その男はなんて言ったかな…まぁ、『本社の人間』としよう。ソイツは、ニコニコしながらナツコの罵倒を浴びて、そのままニッコリ微笑んでから、
「君は社会の仕組みを理解していないようだから、あえて教えてあげよう。まぁ、まだ高校生だし知らないのは仕方がない事だ。君は日本屈指の兵器メーカー『柏田重工』に所属する社員であり、研究者だ。会社の金を使って研究を行って、その成果を会社でいかんなく発揮し、そして柏田重工は更なる高みへと躍進する。君の才能が発揮されるのは会社の設備を使っているからだ。だから君の才能による結果でもあるし、会社の設備の、資本の、金の結果でもある。会社がその結果をどう使おうともそれは会社の自由だ」
「それは詭弁ですわ」
「どこが?」
「わたくしは会社の設備を使って会社の為に開発を行ったのだから、会社はわたくしにその見返りを支払うべきですわ」
「それは給料という形で払っている」
「げんにわたくしの『やる気』がなくなってきた事については、どう説明されるのかしら?わたくしが開発したものを、あんな聾(つんぼ)だかろう者だかわからない、障がい者枠で入社したような輩が開発したことにされるのは、普通に考えたら、次の開発をするのに必要なやる気を奪われるのではないかと思いませんかしら?」
ウワァ…さすが天才科学者であり生物学者で変態でイカレポンチで差別主義者の石見圭佑の妹、石見夏子だ。もう放送禁止用語がピーピー鳴っている。
「理解できないな」
「普通の教育と躾を受けていないあなたには愚問でしたか?」
「僕は普通の教育と躾を受けたと思っている。ただ、君と違うのは『僕は科学者ではない』という事だ。柏田重工の製品を多くの人に普及する事が、僕の使命であり、仕事だからだ。正直、誰が作ったかどうでもいいんだよ。柏田重工の兵器であることが重要であり、」
「言っている事が矛盾していますわ!!誰が作ったかどうでもいいのなら、今までどおり、兵器開発チームの名前で発表すればいいのではありませんこと?」
「柏田重工の製品であることは重要だけれども、世に注目され、売れることが重要なんだ。そのアプローチとして聾(つんぼ)でろう者な佐村河内小保子君がその障がいで苦労しながらも完成させた『STAP』というドロイドの運動制御機構が重要なんだ。佐村河内君は君に負けず劣らずの美少女だし、胸は君よりも大きい。マスコミ向けにも男性向けにも十分に『キャッチー』な開発者だと思うよ。美しい『ドロイド開発者』という名目で週刊誌にも取材の希望が入っているし。もちろん、君のことは僕も『本社』も評価しているよ。しかし、本社としては売れる事が大切なんだ。君はマスコミに紹介できないし兵器開発プロジェクトに関わっている事も伏せなければならない。だったら佐村河内小保子君が作ったことにすればいい」
そう言ってその本社の人間は「次の仕事があるので、これで」と会議室を抜けた。
ナツコの上司である白髪の初老の男は、申し訳無さそうに頭を下げてから、
「期日までに残りのドキュメントを提出してくれ」
そう言った。
そして、最終的にはこの会議室にはナツコと俺とマコトとソンヒしか残らなかった。
4人でテーブルを囲んで話す。
「今からナツコは偽物の研究結果を渡そうとしてたじゃん?もし、偽物だと後で判明したらどうなるのかな?」そう俺は聞く。
「クビですわね…」
「なるほど…ソンヒ、こういう事は想定してたの?」
「してたニダ。まぁ、偽物を渡せばいいニダ」
「え?ナツコがクビになっちゃうよ?!」
「今回の目的は佐村河内小保子の研究結果発表が滅茶苦茶になることじゃないニダ」
「あぁ〜…なるほど」
俺はなるほどなるほどと頷いた。
しかし1人だけ、マコトだけは天性の純粋な感情があるからか意味がわからないでいる…つまり、俺やソンヒはダークソウルゆえに、嫌でしょうがないけれども意思疎通がはかれていたわけだ。嫌でしょうがないけれども。
「え?どういうことなの?」
「つまり、佐村河内小保子がこれから記者会見をしてナツコの渡した偽物の研究結果を発表するんだろうけれども、それで失敗するか成功するかはどーでもいいんだよ。落とすべきは佐村河内じゃなくて、さっきの本社のアイツだよ」
「ふむふむ。つまり、佐村河内も会社の手の内で踊らされてたっていうことなんだね」
「いいや、そうは思わないな…」
俺はジト目で遠くの方を睨みながらそう言った。
「…?」
「世の中には踊らされる人間と、踊らされてるのを知ってて踊っている人間がいるからね。で、ことが終わってからそういう人間は言うんだよ『私だって会社に踊らされてた。被害者なのよ!』ってね」
「世渡り上手?」
「そう。そんなのが1人や2人ならいいけれど、沢山集まって、そういう人間しか居なくなった集団があったとしたら…ロクなものが産まれない」