172 技術者≒消耗品 2

翌日。
学校にて、俺はaiPadを広げてソンヒと共にホログラムを覗きこんだり、キーを叩きまくったりしていた。じつを言うと佐村河内小保子批判の2chスレで批判を書きまくっていた。
<研究結果を盗まれた秘密研究所のチームと佐村河内小保子のチームは全然別の場所にいるわけだから、その情報が盗まれるのはちょっと無理があるんじゃないの?>
反論が書き込まれている。
「ウエェーハハハハハ!!キミカ!また小保子が書き込んでるニダ!」
「ちょっとまって。IP調べるよ…ほほぉ、またまた手抜きだなぁ…プロクシサーバを2本しか経由してない。もうこのスレで援護派は小保子と考えてよさそう」
「確定ニダッ!今度はウリが小保子叩きするニダぁ」
しばらくしてからソンヒが書き込んだ内容がスレにあがる。
<小保子はバックに本社のお偉いさんがついてるらしいから、それに命令させて秘密研究所内の技術者に盗ませたんじゃないのですかね。やることが汚らしい。さすがは日本を代表する兵器メーカーwwwwもう他国は日本から兵器輸入しないほうがいいwwwwこんな低能で社内で権力争いするしか脳がない日本人が作ってる兵器なんてロクなもんじゃないってwwwww>
「おいいいいいいいいい!!!!さり気なく日本批判してるじゃんか殺すよ?!」
「あれ?ウリとしたことが気がついたら日本批判していたニダ。テヘペロ
俺は素早くソンヒの背後にまわって片腕を腕を首に回して、もう片方の腕で手前にその腕を引っ張る…そう、チョークスリーパー・ザ・ビッチ・オブ・ユウカ・スペシャルである。
「ギギギギギギギギギギギ!!」
「さっさと書き込みを消せェ…」
「首をシメられてたら、消せないにだァ…ギ…ギギ…」
言ってる先から次から次へとソンヒに対して批判レスが入力されていく。
<チョンwwwwww出てくんなwwwww>
<またコイツか>
<なんら努力せず名声を手に入れようとする、疑われれば声を張り上げて自己を主張し、その声が大きいほうが勝てるという倫理観、あぁ、そうか。小保子は朝鮮人なんじゃないのか?在日の3世だか4世だろ、調べてみりゃわかるよ。クズ民族の血ってのは消せないからな>
「おいいいいいいいいいいいいい!!!!思いっきり朝鮮批判に移っているニダ!!なんで日本人同士の争いに朝鮮人の話が出てくるニカァァァァァ?!」
「日本人がどうとか話したら朝鮮人って決めつけるレイシスト、それが2chネラー…ソンヒの発言から滲み出る在日臭は隠しても隠せないようだね…哀れ朝鮮人に幸ありッ!」
「絶対に許さないニダ!!2ch創始者ひろゆきの遺族を訴えるニダ!」
などといつものように暴れていたところ、ナツコが登校してきた。
しかし様子はいつもとはちょっと違って焦りのような、緊張のような…とにかく『血相を変えて』という表現がとても合っている表情で俺達の元へと来てから、
「ソンヒさんの言うとおり、部屋にもパソコンにも盗聴カメラを仕込んで、上司に報告するドキュメントにも発信機を仕込んで見ましたらとんでもないものが撮れてしまいましたわ…」
クラスメート達には聞こえないような声で言う。
「やっぱり盗みにきたニカ?」
「え、えぇ…わたくしのチームで補佐をしていた研究員の大和屋さんが…。まさかあの人が本社との繋がりがあっただなんて…」
そう言いながら震える手でバッグの中からノートパソコン(MBA)を取り出すと、画面を俺達に見せて、部屋に仕込んだであろう盗撮ビデオの内容を再生する。
暗い部屋の中でゴソゴソ動いている影。金庫はドアを開くと明かりが灯るようになっており、金庫内の照明が影を照らして『誰が盗みに入ったか』を証明する。
ナツコのチームで働いている大和屋という男がそれらしい。
「ウェーッハッハッハッハ!!ウリの思惑通りニダ!」
「昨日、上司権限でナツコから研究結果を取り上げたのに盗みに入る必要があるの?」
俺は思っていた疑問を口にする。
「おそらくわたくしが上司に提出する資料はハナっから信用していないのだと思いますわ。小保子の会見までには資料を全部揃えて本社側の人間を納得させて、疑惑の芽を摘み取りたい…という意志が伺えますわ。まぁ、頑張って盗みに入って手に入れたものも偽物なのですけれど。しかも盗撮ドロイドへ電波を発信するヴイが仕込んでありますわ」
盗撮ドロイドというのは一時問題になった『カメラを内蔵した超小型ドロイド』である。小型化が大好きな日本人が世界にHENTAIの名を轟かせた技術である。
その用途は名前の通り、盗撮に始まり、尾行、侵入、擬態…と様々な諜報活動が行える。昆虫の形を模した物に留まらず『紙を丸めたゴミ』だとか『空き缶』だとか『枯れ葉』だとか、街に落ちていても違和感がない様々なものの形で存在する。
一番用途が多いのは蝿型の昆虫を模して作られた物だ。
ただ、ナツコのようにドロイドに詳しく資金もある人間は蝿型のカメラ内蔵ドロイドに追尾させるだけでは満足しない。第一バッテリーがそれほど持たない。
そこで考えられたのがHENTAIの名を世界中に轟かせる要因ともなった、擬態ドロイドを一連でチームとして連携を取り盗撮を行う『盗撮システム』である。
まずターゲットにヴイを仕込むことから始まる。
それからターゲットの近辺の至る所に仕込んである擬態ドロイドが連携して尾行、侵入、擬態を行いながら映像と音と収集しシステム内へと貯めこむ。システム側はそれらを時系列や演出を加えながらまるで一本の映画を編集するかのように並べ、会話の内容なども耳の不自由な人にも理解できるように字幕をつける。最後は監督、キャスト、演出、提供などなどをエンドロールとしてまとめ上げて、もう映画のように…いや、映画として依頼主に提出するのである。
と、通りでさっきから盗撮映像なのに妙に演出が凝ってると思ったら、きっとこれも全部盗撮システムによって作られたのだろう。画面左下にある3次元バーコードを電脳経由でスキャンしてデコードしたら案の定『盗撮X ver 1.00.312』ってVersionとRevision番号が出てる。
あまりに凝った演出のため、クラスメート達が次第に俺達の背後に集まり始めて、朝の会が始まったというのに皆でその映像を見ている。
シーンは盗みに入った研究員である『大和屋雅之』の顔のアップから始まった。
額には汗が流れて、いつナツコの研究室に誰かが入って泥棒をしている自分の存在がバレるかビクビクしているのが伺える。そして、廊下に待機していたであろう他の盗撮ドロイドが通り過ぎる人達を映し、交互に大和屋の顔も映す演出。
緊張が伝わってくる。
俺達は事情を知ってるから早くバレちまえwwwwって思いで見ているが、クラスメート達はいつバレるのはハラハラしながら見ている。今のシーンは大和屋が主体だからな。
まんまと盗み出した大和屋は廊下をすれ違う社員達から目を逸らして早々と退社する。その行動は演出の為なのか、それとも盗撮映像から事情を知っている俺達から見たからなのか、妙にわざとらしく、なんか異様な雰囲気にそろそろ他の社員たちも気づいていいんじゃないのかって思わせる…さすが盗撮システムである。
会社を抜ける大和屋をアップで空から撮影。
大和屋、してやったり、という感じだ。
シーンは切り替わりバスの車内。
大事そうに資料を胸に抱え込んで身体を丸め込む大和屋が映る…からどうやら、向かい側の席の誰かの肩の方に盗撮ドロイドが乗っかっているのだろう。それに気づいたのだろうか、それとも疑いを持ったのだろうか、一瞬、大和屋とカメラの視線が合う。が、カメラは切り替わって別のものになる。様々な方向から大和屋を映し、バス内で異様なまでにソワソワする彼を様々な方向から映す…って、どんだけ尾行してんねん!!もう4方向ぐらいから大和屋を映してたぞ!!既にバスの車内だけで4機の盗撮ドロイドがいることになる!!
そして、シーンは切り替わる。
バスを降りて大和屋が向かったのは市内のホテルだ。
ロビーを見渡せる場所からの撮影…で、ホテルの従業員と話す大和屋。
カメラ視点は一気に従業員の視点…おそらくは従業員の肩にいるであろう盗撮ドロイドの視点になる。額の汗が垂れてなんだか変な人っていうかキモい人になってる大和屋が、『岡野みつをさんの部屋はどこでしょうか?待ち合わせの約束をしていて』と言う。
『お名前を拝見致します。IDカードを提出ください』
提出された国民IDカードを盗撮ドロイドが見る。
アップで『大和屋雅之』。
『柏田重工島根ドロイド研究所・第二研究部』。
『確認致しました。725号室です。向かって右側のエレベーターをご利用ください』
映像は切り替わった。
エレベーター内の映像…それから廊下の映像、最後に部屋の前の映像。ここで驚いたのが、どうやってやってるのかドアの正面を見つめる大和屋の映像があるのだ。
「すっご。これどうやって撮ってるの?」
「客人が来た時にその映像を部屋内に流すカメラがあるでしょう?あそこにスプーフィングして映像を横取りしていますのよ」
「そ、そこまでやるか」
「はい」
そして、部屋の中からは…。
「あんあん!あん!!あぁぁぁぁ!!!」
いやらしい声が聞こえた。
俺や他のドロイドバスターですら顔を真っ赤にして、女子たちも顔を赤らめながらお互いの顔を見て笑ったり、男子は男子でその場から立ち去るものもいる。
映画の1シーンだとすればこれからエロシーンに突入する前触れである…。
おそらく岡野みつをという本社社員の野郎が部屋に女を連れ込んでセックスに勤しんでいる…という映像なのだ。そんな変な匂いが漂ってきそうなドアをコンコンと叩く大和屋。
しかし、意外にも「はーい」と返事をしたのは女の声だ。
しばらくしてからトタトタと足音が聞こえてドアが開く。
すると、今しがた情事をしていたと思われる女…どこかで見たことがある女が、セクシーなネグリジェのようなものに身を包んで立っている。口からは吐息をはいている。そして情事にふけっていたという証拠に、ノーブラの上から乳首が勃起しているのが見える。そんなイヤラシイシーンだけれど、それに劣らず女が誰なのかという意味でのインパクトが大きいのだ。
「あ、この人…見たことある!!」
クラスメートの1人が言う。
「えっと…柏田重工の…小保子でしょ!佐村河内小保子!!」
他のクラスメートの1人がそれに答える。
そう、開けたドアの先に立っていたのは、おそらく本社の岡野と情事にふけっていたであろう、佐村河内小保子だった。