172 技術者≒消耗品 3

ざわざわ…ざわざわ。
教室内はホームルームの時間だったが登場したにぃぁ先生にはキャットフードを誰かが食わせて静かにさせて、クラス委員長のユウカですらもナツコが流している映像に見入っていた。
ドラマ仕立てになっていて興味を引くような内容だったし、登場する人物がテレビでついぞ最近有名になった佐村河内小保子だからだ。
もちろん、これはドラマでもないし、映画でもないし、佐村河内小保子似の誰かをキャストとして採用しているわけでもない。本人が登場していて、全てが事実だ。
「佐村河内って耳、聞こえないし話せないんじゃなかったっけ?」
「会見とかじゃ通訳つけてたよね?なんでスラスラ話してんの?」
そんな疑問はクラスメート達の間で聞こえるがお構いなしにストーリーは進む。
『岡野さん、約束のものです』
大和屋はそう言って盗んだナツコの研究資料を手渡す。
手渡すシーンが何が表題として書かれてあるのかがわかるぐらいにアップにされる。これがドラマではなく盗撮だななんて誰が思おうか…。
カメラは岡野を映して、ドヤ顔の岡野が画面いっぱいに表示される。そして、まるで部員が買ってきたジュースを受け取るような表情で受け取ると、
『尾行されてないだろうな?』
と言った。
『はい』
『そっか。じゃ、もう用事はない。帰っていい』
『それよりも、岡野さん!!約束の金、ちゃんと口座に振り込んでくれましたよね?!』と叫ぶ大和屋。その額には焦りで汗が滲んでいるのがわかる。
『あ?アレか。ちゃんと振り込んどいたよ』
『それと、僕の昇進も…チームリーダーにしてくれるという話も、』
『その話はナシだ』
カメラは照明を背後にした岡野を写し、アップで意味もなくウイスキーグラスを映した…ってそれ盗聴じゃないよね?もう演出だよね?!
ウイスキをクイッと飲んでから岡野はニコニコとする。
カメラは切り替わり、大和屋の表情を映す。
みるみる汗が垂れてきて表情が崩れて泣いているような怒っているような顔になる。その表情は「演技うまいねこの人ォ」「誰?知らない役者だね」とクラスメート達に言わせるほどだ。ちなみに役者ではない。
『岡野さん!約束したじゃないですか!!僕をチームリーダーにしてくれるって!!だから僕はこの仕事を受けたんですよ!!!』
『「仕事」じゃねぇだろ、盗みだろ。お前がやったのは盗みだよ』
『そんなことどっちでもいい!!約束は守ってくださいよォォ!』
シーンはウイスキーグラスを掴んで仁王立ちしている岡野にしがみつくように泣き崩れる大和屋を映している。背後にはぼんやりと部屋を照らす壁照明がある。
カメラは突然佐村河内小保子を映す…これは、あらかじめ佐村河内を映しているカメラがあって、編集の段階で繋げたものだろう。だって、まさかここで佐村河内が話し始めるなんて後にならないとわからないしね。
『石見夏子をチームリーダーから外したら研究そのものが終わりよ。そんな事もわからないの?だからあなたはいつまでたっても金魚の糞みたいについてまわるしかないのよ』
カメラは大和屋の表情をアップで映す。
泣いていたはずだが、突然気に障る事を言われて目を見開いてワナワナとしている。
『お前だって無能だろうが!!!本社の人間を抱いて都合がいい役職手に入れてるだけだろうが!!アンタに比べたら石見リーダーのほうが1000万倍も優れてる!』
『私の前であいつの名前をださないで』
そこでカメラは岡野に切り替わる。
背後に照明があって顔は暗闇になり、表情は読めない。
『無能はお前だよ、大和屋。調べさせてもらったよ。なんでお前が金が欲しいのか』
『…』
『借金があるんだろ?会社で研究させてもらえないから研究を家でやってたそうじゃないか?豪華な設備は金がかかるからなぁ…さぞ借金してるんだろう。家族もいるのに。娘さんは今年で5歳になるんじゃないか?これから学費だとか色々入用になるのに、計画性がないなぁ、お前は。そして、そもそも家で兵器開発を行うのは違法だ』
『…』
『それを知ってて俺は黙ってやってるんだ。金まで出してやった。借金の肩代わりをしてやった。それなのにまだ色々と欲しいのか。お前を見てると学生の時にパチンコで財布をすっからかんにして俺に金を出してくれと土下座してきた後輩を思い出すよ。自分が一文無しになったことをアピールする為にトイレで水を飲んでてさぁ…本当に、見るも惨めな生き物だったよ。俺が帰りの交通費にと少し多いけれども5000円を渡したらありがとうありがとうと泣いて喜んでてさ、で、俺がソイツの後をつけたらまたパチンコ屋に行っていた』
『…だから、なんなんですか』
『今のお前はソイツとおんなじなんだよ。チームリーダーになろうと、金を貰おうと、無能なお前がどんなに頑張っても結果は出せない。金も返せない。だが佐村河内小保子君は違う。彼女は障がい者で耳が聞こえないし言葉を発せない、そんな彼女が頑張って頑張って研究を成し遂げた…という設定になっている』
『だから、それは本人の実力じゃないでしょう?!』
『実力かそうじゃないか問題じゃないんだよ。実際に彼女は金を産みだした。マスコミの取材は来てるし芸能界入りも決まっている。金が産まれてるんだよ、お前と違って。お前は便所の水をゴクゴク飲みながら金を渡せばギャンブルに使えるだけ使ってそれから一切何も産み出さないんだよ。どっちが社会にとって必要なのかそのバカな脳みそで考えろ!!』
『いつかボロが出るでしょう…』
『いや、でないね。俺がそうさせない。これからも石見夏子は佐村河内小保子のゴーストライターとして研究を行い、その結果は小保子君の研究結果とする。そうすれば会社にとっては2倍儲かるんだ。世の中金なんだよ!売れるかどうかが大切なんだよ!!』
こんな映像が続くもんだから、クラスメート達の視線はナツコに集中する。
ナツコはイライラがマックスになりそうだった。
髪の毛とか逆立っていたし。
怒りに顔を歪ませるのはナツコだけじゃない。
大和屋もそうだった。
盗撮ドロイドの視点は凄まじい事に、岡野の肩から見下ろすように大和屋を映し、まるで岡野が話したトイレでの土下座騒動そのものになっていた。そしてカメラはアップになり、ワナワナと震える大和屋の手を映す…大和屋は言う。
『最初に出会った時からそうだった…アンタは技術者をバカにしている』
『は?』
『日本は…優れたドロイド兵器を産みだしたから戦争に勝てたんですよ!!他国から兵器や技術を買ったわけじゃない!!自分達の手で産みだしたんだ!産み出せるような技術者を育てたから戦争に勝てたんだ!!!』
『はッ!技術者なんてアジアには沢山いる!安く買い叩いて要らなくなったら捨てればいいんだよ。そんな奴らに金を払う必要はない。日本を代表する兵器メーカーである柏田重工で働くことが出来たんだ、金は貰わなくても幸せじゃないか!!良いか悪いかじゃない、実際にそうやって金を儲けてきたんだ。右から左へと金を動かす事で日本の大企業は儲けてきたんだよ。証明されてるんだよ、そういうやり方が!!』
『えぇ、そうですね。証明されてますよ。技術を買って商品にして売るっていうやり方をして、時には丸々パクって、安くして売っていたら、結局自分の会社では何一つ作ることが出来なくなって、沢山売っているはずなのに儲けが殆ど出なくて衰退していった会社がありますからね。サムチョンにチョニー…アナタが言うように、金を右から左に動かしていったらやってることは銀行屋と同じ。じゃあ銀行屋でいいじゃないかと言われてネームバリューだけになって、それすらも無くなってかつての日本を代表する情けない企業の1つに成り下がった、そんなのを幾つも知っています。証明されているじゃないですか。アンタのような人間が会社をダメにするってことが。日本をダメにするってことが』
さすがにこれにはキレたのだろうか、岡野は大和屋の胸ぐらを掴んで持ち上げた。痩せっぽちガリガリの技術者である大和屋の身体はいとも簡単に持ち上がった。その持ち上がるシーンまでもカメラがちゃんと捉えていて、額が額にひっつくぐらいにアップになり2人のやりとりをカメラが収める…そろそろ盗撮がバレるんじゃないかっていうぐらいに。
「…俺はなぁ、お前みたいなオタク野郎どもが大っ嫌いなんだよ。大学から薄暗い部屋に朝から晩まで引き篭もって薄気味悪い白い肌で揃いも揃ってブスとブサイクのオンパレード。おまけにコミュニケーション能力もあったもんじゃない、自分が言っている事を信じて疑わない。屁理屈ばっかり並べやがる。技術を産み出すのは凄いと思うけれどもな、一回ぐらいだ。一回だよ。その一回産みだしてから偉そうに踏ん反り返っていると金が入ってくると思われたらたまったもんじゃない。だから産みだしたその1回分の技術を手に入れたら、用済みにしてゴミ箱にポイすりゃいいんだ。また他の連中が技術を産み出すからな。社会の構造を教えてやる』
そう言って岡野は大和屋のか細い身体に腹パンを食らわせてる。
鈍い音が聞こえる。
見ているクラスメート達がお腹が痛そうな表情をする。
『この日本の社会はな…俺や佐村河内のようなルックスもよくてコミュニケーション能力にも優れていて誰から見ても幸せそうな家庭を築き上げている社会のミホンのような人間の生活を支える為に、お前らのような薄汚くて根暗でブスでブサイクが必死に産みだした技術を使ってさしあげているんだよ。それが良いか悪いかじゃない、そういう構造になっているんだよ』
クラスメート達の間では大ブーイングだ。
「何この男クソムカつく!!」
その反応が正常だよな…よかった、このクラスの女子が偏屈な人間じゃなくて。
「佐村河内小保子そっくりだね、この女」
まぁ本人だしな。
「どこのTV局のドラマなの?マジでイラつくんだけど!!」
いや、だからドラマじゃないです…。