173 ナニモノにもなれないワタシ 1

「ウェーハッハッハ!!盗みに入ったバカが殴られて血反吐を吐いて泣いてるニダ!!自業自得フルコースニダァ!!」
画面を指さして笑うソンヒ。
しかし、そんな状況ではない。
笑える状況ではない。
クラスメートの面々に背後から白い目で見られている事に、背中に冷気を感じることで気づいたのだろう、朝鮮人であるソンヒは静かに、
「すいませんでした」
と謝った。
大和屋は泣いていた。
血反吐を吐いていた。
ぜぇぜぇ言いながら殴り終えた岡野は、
『そうだ。お前、今から死ねよ』
そう言った。
そして大和屋の髪を掴んで持ち上げて言う。
『無能はやっぱり無能だったわけだ。お前が必死こいて盗んだ資料は全部偽物だったよ。わからないと思ってたのか?騙せるとでも思ってたのか?!あぁッ?!』
岡野はそう怒鳴って大和屋の髪の毛を思いっきり上に向かって引っ張りあげる。嗚咽にも似た鳴き声を漏らす大和屋。
『…うぅ…ぅう』
『感謝はして欲しいねぇ…お前の借金は肩代わりしてやるんだから。クズで無能なお前にも可愛い娘と愛する嫁がいるし、ソイツはマヌケなお前と結婚して金も将来性が無いのにガキを残したのは反省すべき点だが…さすがに俺も鬼じゃぁない、人間だ。情けもある。せめてものプレゼントだよ。今から遺書を書いて、ビルから飛び降りて死ね。ちゃんとお前が研究結果を盗んだ事を書いとけよ。責任とって自殺しますってな!!』
泣き崩れる大和屋。
『もし自殺しなかったら、兵器研究を自宅で行っていたこともバラす。借金の肩代わりもしない…家族が露頭に迷うぞぉ〜…』
映像を見ているクラスメートからは「何、コイツ、ムカつく」「死ねばいいのに」「あ〜…腹立つわ」などと声が聞こえる。
俺もムカついていた。
こうも清らかにクズっぷりを発揮できるのもある意味才能だとも思った。俺の目の前で『自分は技術者共から甘い蜜をチューチュー吸って幸せに暮らします』だなんて公言されたら殺しがいもあるってもんだ。
未熟ではあるけれども俺も技術者を目指すものの端くれだ。
作る楽しみもあるし、作って知識とセンスを高めることもできる。しかし、世の中にはそういう事が出来ない人間がいる。静かに暮らしていればいいものをそういう人間はまさにこの映像にある岡野のように、能力がある人間を利用することでしか生きていけない。
ダニだ。
寄生することでしか生きていけない、ダニ。
そのダニが偉そうに目の前にいる技術者様に向かって死ねと言っている。しかも、この映像は編集が終わってからのものだから、このストーリー展開にヒーローでも出演しない限り、自殺する結果になることは火を見るより明らか。
案の定、映像は遺書を書いている大和屋と、高らかに笑ってウイスキーを飲んで、佐村河内と談笑する岡野を交互に映し始める…しかも感動的なBGMが流れ始める…。
凄まじい編集だ。
これで盗撮映像だなんて誰が思うだろうか…。
俺も疑っているぐらいだ。
ただでさえキレそうなのに、センスのある演出のせいで背景を知らないクラスメート達も感情移入してマジキレしそうだ。
ナツコなんてポロポロ涙を零していた。
確かにナツコの研究結果を私利私欲の為に盗み出した事は事実だ。しかし、ナツコと共に働いて苦楽を共にしたことも事実だ。そしてそれは1技術者として好きでこの業界に入って好きで高みに向かおうとしていた。借金をしてまで家で兵器開発をしていた事からわかる。
そして、佐村河内小保子よりもゴーストライターであるナツコが優れていると…1000万倍優れていると評価した。
その目には狂いはない。
だからこそ、ナツコは泣いていた。
この日本の未来を支えるかもしれない技術者の芽を、目の前の利益のためにしか動かない無能で見せかけの幸せを演じる、ただ競争することしか能のない体育会系のクズに摘み取られてしまう事に涙していた。
遺書には家族に当てた言葉が並ぶ。
『最期の最期まで迷惑をかけてすまない』
『借金は俺の自殺を持って返済される』
『お前達には迷惑はかけない』
『泰子。友美を頼む』
『友美、パパは技術者だった。日本を代表する兵器メーカーに勤めていた。日本を守る兵器を作っていた。もし、お前が将来、技術者になるのなら、その道は間違っていない。そのまま歩みなさい。でも、もしお前が将来、誰かの不幸を利用して自分が幸せになろうとするのなら、それは間違っている。本当の幸せとは誰かに与えられるものじゃない。自分の手で掴みとるものなんだ。お前の手に職があれば、必ず幸せが手に入る。それは金や名声や家族という形ではない。人類が築き上げてきた「文明」という名の英知が与えられる。パパは、途中で道に迷って、悪い事を考えてしまった。そして…道を踏み謝った』
そこで涙が遺書にポツポツと落ちる。
すすり泣く声が響いている。
クラスメート達は男も女も涙を流していた。
映像は交互に流れる…佐村河内と岡野がヘラヘラと笑いあいながら愛し合っているシーンと、今しがた遺書を書き終えてビルの屋上に立つシーンが交互に流れる。
そして、背後からカメラ。
ビルの屋上に立っていた大和屋の背中が、夜の闇の中へと消えた。
カメラは叩きつけられる瞬間は映さない…いや、映していたのだろうけれども編集しなかった。ただそこには冷たいアスファルトに叩きつけられる音が響いただけだった。
ナツコは強く目を瞑った。
頬を涙が伝う。
映像は切り替わってビルの屋上から地面に叩きつけられて死んでいる大和屋の遺体にカメラが切り替わる。
エンドロールが流れた。
キャストは佐村河内小保子、岡野みつを、大和屋雅之…と本名が並ぶ。
まるでドラマのような演出に、クラスメート達は「悲しい話だったね」などと談笑しながら席についていく。しかし、事情を知っている俺達はなんとも言えない気分になっていた。
「これを警察に提出すれば、このクズ野郎ども捕まって、コイツ等の人生のエンドロールが裁判官の口から流れるわけだね」
と俺はソンヒに言う。
「そうニダ。いやぁ…それにしても自殺にまで追い込むなんて、イルボンは本当にとんでもないニダ。ウリナラの国ではさすがにそこまで酷いことはしないニダ」
ウリナラの国では秘密を守るために自殺じゃなくて他殺になってるからね。ある日ハイキングしていたら崖から落ちたりとか」
「おいいいいいいいいいいいいい!!!!」
ナツコは静かにMBAの画面を閉じていた。
「そんじゃ、今日の放課後にでもサツに行く?」
俺の問いかけに首を横に振るナツコ。
「え?」
「記者発表会がありますわ。そのタイミングに合わせて警察に行きます。警察と一緒に記者発表会の会場になだれ込んでマスコミの面前で逮捕して差し上げますわ」
「いいね!」
「ただ、もしもの時の為に…キミカさん、ソンヒさん、マコトさん。ドロイドバスターに変身した状態で一緒に向かってくださいませんか?」
「全然かまわないよ」とマコト。
「まぁ、最後まで見届けたいしね。いいよ」と俺。
「大暴れしたいニダ!!こんなクズ野郎は法の手で人知れず始末されるなんて命が勿体無いニダ!!死刑にもエンターテイメント性を求めたほうがいいニダ!!ウェーッハッハッハ!!」
そんな中、ナツコは遠くをジッと見つめて睨んでいた。
たまたまその遠くの位置にクラスメートの男子がいて、自分が睨まれてるんじゃないかと思って目を逸らして身体を丸くして机に蹲った。
しかしそれにも構わずに遠くを睨む。
ナツコはスプラッターが好きだから人が死ぬ瞬間が大好きなんだと思った。そんな人間には人の心なんて無いものだと思っていた…あぁ、ゴメン、かなり失礼なモノローグだとは思った。
けれども、そうじゃなかった。
心の奥には己の正義を燃やしていたんだ。
それは上っ面のキレイ事の正義じゃない。今まで汚いものを…スプラッター映画で人が死ぬシーンと同じぐらいに汚いものを沢山見てきたナツコだからこそ、信じる、決して折れない正義があった。
それは、この『ものづくりの日本』をずっと支え続け、親から子へ、師匠から弟子へ、先輩から後輩へ伝承され続けてきた…技術者としての心、技術者としての『正義』だった。