153 今度こそ 8

橋に差し掛かった。
そしてMAPも端っこだ。
「あと少し!」
周囲に敵の装甲車もドロイドも居ない。もちろん、トラックのスピードに戦車が追いつけるわけでもない。もし俺がTAKESHIだったら足の速いヘリは支援航空機に攻撃させるだろう。
あと20メートルほどで橋に入る。
「クッソッ!!」
最後の最後で見せ場を作りやがる。そうか、そんなに俺達に希望を少しでも持たせた状態で勝利したいのか?TAKESHIの野郎、アサルトシップをこちらに向かわせてる。はるか向こうに黒い点が見え、それが凄い勢いでこちらに近づいてくる。無音なのは暫くしてから音が届くってこと。
ここまでか。
「突きっきる!!」
メイリンがアクセルを壊れるかというぐらいに強く踏んづけた。
(キュィィィィィーン!)
レース場でスポーツカーが走るのとは桁違いの音が空に響き渡り、空に白い雲が現れる。つまり、もうソレは通り過ぎた後ってことだ。
心なしか俺のシートベルトを握る手に力が入る。再び足を座席に押し付けて身体を固定する。
一瞬。
橋が地面から木っ端微塵に割れて空へ向かって俺達の乗る車ごと吹き飛ばす。身体に急激な重力が押しかかり、車の中は、これが遊園地のアトラクションだったとすれば収まるのを必死に待っている状況になっていた。
まるで噴火だ。
TAKESHIの野郎、ミサイルを橋に向かってブチ込みやがった。
重力は容赦なく俺達の身体を地球へと戻そうとする。
墜落する。
届け…あと少しでゴールなんだ。
届け!!
…。
俺の意識は一瞬だけ、とんだ。
キーンという耳鳴りの後、目の前の『白』が色を取り戻し、俺の身体は何かを掴んでいた。誰かの手を掴んでいるのを感じた。
「メイ…リン…」
「放すな!今、持ち上げる」
届いた…。
俺達のトラックは爆風で押し上げられたものの、川の向こう側まで届いたんだ。そして、俺だけは何故か川へと落ちそうになっている。そんな俺の身体をメイリンが掴んで引っ張り上げようとしている。
下を見る。
遥か下の方、岩場には大破したトラックがある。
心配そうに俺とメイリンを見ているメイド服姿のメイファンがいる。
ヘリの音がする。
「行け…メイリン
俺はかすれた声で言う。
「しかし…」
「行け!メイリン!!今度こそ、妹を守るんだろ!!」
メイリンは大切な事を思い出したようにハッとしてから、俺の手を握っていた力を緩めた。
そうだ。
放せ。
もうゴールはすぐそこなんだ。
「すまない…」
メイリンは俺の手を放した。
そしてスローモーションでメイリンとメイファンが手を繋いでトンネルの中へと走っていくのが見えた。はたから見ればそれは姉妹のようで、それでも俺から見れば妹の手を取る兄のようにも見えた。
そして、再び重力に囚われた俺の身体は岩場へと向かって落下した。
クッションになるかと思っていたが大破していたトラックのフロントは俺の両足をへし折るだけの事はちゃんとしてしまって、俺はただ空を見上げていた。
大破した橋から他の民間の車両がゴロゴロと落ちて川へと落下していく。そんな中、再びキーンッと音が聞こえると、まだ辛うじて残っている隅の橋の残骸も爆撃され空中に破片が吹き飛ぶ。
それに混じって、ヘリの音が近づいてくる。
軍服を着ている俺を間違って追ってきやがったか?
いや…そんなヘマはしないか。
両足は骨折してまともに動かない…そして残弾もない。自殺するためにととっておいたんだけれども…奴に殺されるのはしゃくだからな。
TAKESHIの奴、俺が手も足も出ない状態だからとゆうゆうと部下たちと共に俺の元へと現れやがった。葉巻までキザに咥えていて何故か軍服ではなく、スーツ姿でサングラスをしている。
「おぉ〜っとぉ、動くなよ。動いたら撃っちまうからなぁ…で、お友達が心配か?ノンノンノンノン(指を俺の前で左右に振りながら)…心配には及ばない。こぉの俺様は、軍服を着てるほうだけを要人として狙ったりはしないぃ…何故なら、貴様らを一人残らず殺しているからだァ…。今頃現実の世界の中で指を加えてお前達が負けるのを見ているだろうゥゥ…」
「つかなんでTAKESHI、スーツなんだよ」
TAKESHIは指を口の前で左右に振りながら、
「チッチッチッチ…今の俺様はTAKESHIなんてニートな名前じゃぁねぇ…『スミス』だ。『エージェント・スミス』だ。ミス・キミカ」
「TAKESHIにスミスに、平凡な名前だね」
TAKESHI改め、スミスはニヤリと笑ってから言った。
「名前なんてのは〜ァ…ただの記号に過ぎないのだァァ…。最初から意味なんて無いんだよ。お前達がこの俺様にィ…挑んでくるように、最初から勝ち目なんて見えず戦うぐらいにィ…意味がないものなんだよォ…。貴様ら人間はァ…なぁぜ、そんなに抗うのだ?足りないオツムのCPUを少しでも回転させたらこの戦いに勝利する確率が低いことはァ…マップを見ればわかるだろうにィ…」
あえてそんな台詞を選んだのだろうか、それとも『スミス』だからそんな台詞を吐こうとしたのか、挑発的な言葉に俺は鼻で笑ってから、
「…勝つか負けるか…それ以外に得られるものがあるんだよ。人間ってのは、ただ生きてるだけじゃないんだ。0と1しか存在しない世界のアンタには、何年掛かっても理解できないだろうけどね」
と言った。
コンピュータに…いや、AIに感情があるのかどうかはわからないが、その俺の言葉に少しだけムッとした表情をしてから、
「戯言はそこまでだ」
そう言って周囲の兵士に俺に向かって銃を向けるように指示をした。
俺はヘラヘラと笑いながら、
「それよりさぁ…花火は好きかな?」
そう言って手に握っているスイッチを見せた。
「?!」
「あたしは大好きだよ。特に至近距離で炸裂する思いっきり巨大な花火は」
「…やめろ!」
「いや、押すね」
大爆発。
真っ白になった。
そして俺自身の最後のキャラが死んだ事を意味するスコア表が目の前に現れた。
メイリン…逃げ切ったかな?
いや、ダメだろうか?
スミスは徹底して追いかけてるだろう。
最後の爆発に要人まで巻き込まれていたらアウチだ。
と、その時だった。
あのCall of Dirtyのゲーム・エンド時の音が鳴り響いたのだ。もうここまでくるとあまりにギリギリでどっちが勝ってるのかわからない。俺達の逃げ切り勝利か、それとも全員殺されて負けか、それとも…ドリフのオチのようにコーネリアがトラックに仕掛けた爆弾で全部吹き飛んで…結果俺達の負けか。
メイリン…」
メイリンはメイファンの手を強く握ってトンネルを走り抜けた。その映像が俺達の電脳の中に流れてきた。
…勝利だ。
俺達の勝利だ。
「よっしゃぁぁぁぁ!!!」
俺はログオフしてから歓喜の声を上げた。
みんな驚いている。どっちが勝ったのか理解すら出来ない人もいるけれど、俺やコーネリアやマコトはこの勝利条件を知ってるから理解できる。
俺達が勝った。
「か、勝てたん…ですの?」
「勝ったよ!」
「Yeeeeaaaaaahhh!!!」
「信じられないよ!逆転勝ちだよ!」
場内は歓声に包まれた。
パソコンのモニターにも俺達の勝利を示すスコア表が表示されてる。
遅れてメイリンはログオフし、目頭を熱くして頬に涙を流したような顔で、「逃げ切ったのか?」などと言ってる。
そんなメイリンの肩をペシンとコーネリアが叩いて、
「私達ノ勝利デス!」と叫んだ。
その時だった。
(プシュン…)
そんな音を立てて俺達の目の前にあるパソコンの電源が落ちたのだ。
それだけじゃない、非常用電源も全部が落ちた。
トラブルでもないし、電力会社の配給ストップでもない。
そう、TAKESHI改めスミスの仕業だ。