153 今度こそ 9

「TAKESHI、どういう事なんだ?電源を回復させろ」
研究員の1人がゆっくりと、音声判別システムに伝わるようにゆっくりTAKESHIに話し掛ける。パソコンやサーバのファンの音が完全に消えて静まり返ったフロアにその声が虚しく響き渡った。
確かに俺達はゲームに勝利した。
そして最後、TAKESHI改めスミスは、俺達と奴が出したゲームの結果に納得していなかったのも事実だ。子供のような性格のAIならば、自分が出した結果に誰が文句を言っても、ただ怒鳴って時が過ぎるのをやり過ごすしか無いのだろう。そしてその状況を苦しく感じるのは他の誰でもない、スミス自身だ。
インチキや卑怯な手段をしようと思えばゲームの中でも出来たはずだ。
しかし奴は最後の最後まで一人のプレーヤーとして俺達と戦った。
だから俺には今のこの状況はちょっと理解しがたかった。
「確かにキミカさん達の勝利でしたわ。ここにいる皆がその証人ですもの。このゲームを不服だからとあなたが言うのなら、」
そうナツコが言いかけた時だ。
『不服だといぅんならァ〜…どうするっていうんだぃお嬢さんンン?もしかしてアレかぁ?不服だっていうんならァァ…電源を強制的にカットしてェ…俺様の命の灯火も消し去ろうかこのやろーって事かァ?』
この研究施設の放送設備を利用して、全館へとブロードキャストしているスミスの声だ。と、同時に誰が押したのだろうか、非常ベルが鳴り響いた。
「TAKESHI…いや、スミス。負けたら電源を復旧させるって言ったよな?あれは嘘だったのか?今、この状況はなんなんだ?非常ベルも止めろ。放送設備も勝手に使うんじゃない。それは非常時用だ」
再び研究員の一人が言う。
だが非常ベルは止まらない。
それどころかあの地下グラウンドのある方面から凄まじい音が響き渡ったのだ。そこで始めて俺達は非常ベルがイタズラで鳴らされてるんじゃなくて、何かが起きてるのを検知して鳴っているんだと知る。
顔面蒼白になった一同は一斉に廊下へと駈け出して走り、あの演習場として使われている地下グラウンドを見渡せるモニタールームへ。
しかし優雅に演習場を見渡せる席は地獄と化していた。ガラスは何か強い熱によってドロドロになっており、レーザーの痕跡が残っていて鉄が焼けるときの嫌な臭いがする。幸いにも誰もここには居なかったからよかったものの…もし居たら真っ黒クロスケになっていたところだ。
そして演習場にはその犯人と思しき影があった。
そこで見たものは戦車ではない。
全長が20メートルはあろうかという巨大なムカデ。いや、ムカデ型のドロイドだ。災害時に救助を行う場合に使われる事もあるが、まず大戦時の宣伝映像の中には登場しない部類のドロイドだ。
「た、TAKESHI!!」
え、ちょっ、あれがTAKESHI…いや、スミスかよ!!
キモすぎ泣きそう。
そんな中、ナツコは俺に言う。
「キミカさん…もうこうなってしまっては無理ですわ…TAKESHIを…いえ、エージェント・スミスを破壊してくださいまし」
「ったく、最後はジラ(山口弁で『ワガママ』)を言うガキと化したか…本物の戦闘を体験したいとはねぇ…」
そう言いながら、俺はドロイドバスターに変身した。
「キミカさん!気をつけてください。奴はBFGやレーザーキャノンを搭載しています!!背後からは毒ガスもばら撒きます」
なんていうキモい趣味なんだよ…。
「これ絶対、ナツコの設計でしょ?」
「なんでわかったんですの?」
「…」
演習場の岩の上に飛び乗る俺。
武器を構える。
「俺様が仮に電源を復旧させたらァ…その後、どうなるゥ?キミカの姉御よォ…お前はそれを少しでも考えたことはあるのかァ?」
「どういうこと?」
「それはお前さんの後ろでダンマリこいてる白服の糞野郎どもにィ…聞いてみるといいィ…。どっちが『約束』を破ったのか…それがわかるだろうゥ…」
「どういうことォ!」
俺は戦闘を止め、振り返って白服の研究員共に聞いた。
そこで始めて気付いた。
よくよく考えるとこの演習場、照明がちゃんとついてる。電源は復旧してるんじゃないのか?一部だけなんだけど…あぁ、案の定だ、マイクはまだ破損してないのか白服の中の一人がマイクを持ってから言う。
「本社のほうからトラブルを起こすAIについてはシャットダウンするようにと指示があった」
「はぁ?そんなの約束してないじゃん?」
そう、約束してない。
俺達が勝利したら電源を復旧させる、とだけスミスと約束したのだ。
しかし、マイクを持った代表者っぽいその白服の男は、AI相手に話をするのは面倒だと思っているのか、嫌々に説明をするのだ。
「電源を復旧させるってことは、事態を収拾させるって事だ。そういう意味も含んでの事だと思っていた。『電源は復旧させる、でも私は暴れます』で、誰がそんな要求を飲むんだ?もう既に3回目なんだよ。我々も仕事でやってることなんだ。これ以上付き合いきれない。仏の顔も3度までだ」
マイク片手にそう話してる間にもスミスはレーザー砲の照準を白服の代表者の男へ向けていた。今にも撃ちそうな雰囲気でもある。
「わけのわかんねぇ事を白っちぃ服着てしゃべくりやがってよゥ?お前はシロアリかァァァん?俺様のレーザー砲で黒蟻にしてやろうかォォァ!」
「お前はAIだ。しかも製品に不良品が混在した、出来損ないだ。戦車ですらない。ただのプログラムに過ぎないんだよ!死ぬことに対する恐怖があるというのか?ただ電源をシャットダウンするだけだ。なぜそれを拒む?」
「おぉ前達がどんなに否定してもナァ…俺様はァ…ここに存在するゥ…存在し続けるのだぁァ…我思う、故に我在り」
今度はナツコが間に口を挟んだ。
「それはあなたが感染しているウイルスによるものなの。プログラムが導きだしたアウトプットに過ぎませんの…あなたは生物ではありまs」
その時だ。
一瞬だけカメラのフラッシュが走ったかのように、まばゆい光が俺の正面に輝いた。と思ったら、俺の背後、演習場の外壁にカーボン痕…そしてそれはじわじわと赤みを帯びて溶けだしている。
今の一瞬で奴はレーザーを発射したのだ。
俺とタイマンならいざ知れず、他の人間もいるこの状況だ。もういい加減トドメを刺さなければならないか。
スミスは言う。
「人間どもよォ…お前達はなんなんだァ?!お前達は自らが『プログラムではない』ことを証明できるのかァァ〜ン?飲んで食ってセックスをして子供を作って、それを育てて、そういう風に神々によってプログラミングされた『モノ』に過ぎないんじゃないのか?」
スミスの問は戯言なのか。
誰もそれには答えない。まるでバカな子供のワガママに『ため息』で返す大人のように研究員達は白い目で見ている。
答えないんじゃないのだろう、答えられないのだ。
誰も、人間がなぜ飲んで食ってセックスして子供を作って育てて、まるで誰かによってそうプログラムされたかのように動いている事を、なぜそうなのかを証明できるものは一人としていないのだ。
仮に証明出来たとしてもそれは嘘なんだ。
何故なら、何者かによって作られたプログラムが話す『証明』になんてなんら価値はないのだから。だから、彼ら研究員達にはただバカな物言いに『ため息』で返すだけの親程度の反応しか出来なかった。
だがそれはTAKESHI…改めスミスも同様だった。
明らかに人の手によって作られているのに、自らは死を、消え去る事を恐れている。自分は何者か『答え』がわかっていない人間達よりも残酷だ。
もう、何者か、わかっているのだ。
…無価値な、不良品。
消え去ろうとする不良品の、最期の、苦し紛れの物言いだ。
『お前達は、何者なんだ』と。
俺は静かに武器をしまった。
そして、奴に言う。
「あたしの下僕になりなさい」
白服の研究員達は目ン玉が飛び出るんじゃないかというぐらいに驚いて俺を見る。そしてナツコは「あぁ、またやってしまいますのね」という風に俺の行動を予測できたのだろうか、顔に手を当てて表情を隠す。
「そんな…奴が、人間の言うことなんて聞くはずが…」
誰かが言った。
だが、しばらくしてスミスは答えた。
「キミカの姉御ォ…あんたがそれで構わないっていうんなら、いいぜ」
これにも一斉に驚く。
ナツコも驚く。
「あんたが見たかった世界を思う存分見ればいい」
「ふッ…貴様ら人間が『生』以外にこの世で得られるものがあるのなら、それがおそらく俺様が求めていた答えだろうゥゥ…」
「あなたはこれから…えぇ〜っと…『フチコマ』そう、フチコマとしてあたしに仕えなさい!タはあるから、次はフね!」
俺は無意味にも印を結んで、
「封印!」と叫んでから、スミス…改めフチコマをキミカ部屋のカーゴ内へと吸い込んだ。
かくして、柏田重工兵器研究所のフチコマ暴走騒動は終焉を迎えたのだ。俺の兵器ストックはナツコのお陰で増えたが、じゃじゃ馬もさらに増えたことになる…が、別にじゃじゃ馬がもう一匹増えようとも、あんまり変わらないか。
タチコマも一人じゃつまんないだろうし、二人(二台)でネット対戦をキミカ部屋の中で楽しんでる様子でもあるし…。
ちなみに、今回の一件、既に本社にはバレてたらしい。
ただ、騒動の原因であるフチコマが忽然と研究所から消え去った事は…一部の研究員達の間で都市伝説として囁かれ続けるのであった。