148 七つの家 5

週末の日曜日、島田駅前で待ち合わせ。
駅前は小さなロータリーを時々家族連れのワゴンが周回し、乗り降りを繰り返したりバスが顔を覗かせるぐらいで殆ど人はいない。海水浴場として有名な虹ヶ浜がある光駅とは随分と対称的に田舎の場所である…けれども、田んぼには高層マンションが分譲され始めてその周囲にはビジネスホテルも乱立し、まさにこれから人口が大炎上を始めるという雰囲気も見せている。
10年後、20年後はどうなってるんだろうか。
やっぱり、その時もまだ『7つの家』は存在し、都市伝説が囁かれ続けるんだろうか?それとも、忘れ去られてしまうのだろうか…。
最初に待ち合わせ場所に現れたのはケンジだ。
やっぱり周囲を見渡しながらコソコソと駅前へと歩いてくる。まるでスパイにでも怯えるかのように…と思っていたが、よくよく考えるとこんな感じに人目をやたらと意識して歩いてる人っているよね。特にずーっと家に引き篭っていた人とか。あぁ、そうだよ、それ。それだよ。ふと、ナツコが俺達と街を歩くときもこんな感じだったことを思い出した。
「お疲れさん」
と言って俺とは面と向かって話さず、俺の横に立ってから言う。
相変わらずのオカ研の会長さんである。
「昨日、キリカが調べた資料を見せてもらったよ。なんかさ、7つの家ってずっと前から分譲されてて、事件が起きたのが分譲される前なんだよね。一度何か起きたら一旦家を全部ぶっ壊して、新築として売ったりってあるのかな?」
「うん、あるよ。あるね。キリカ君はいいところに目をつけたね。今じゃドロイドが工事を行うから建築コストは巨大なビルじゃない限りは安くなってるのさ。殺人事件が起きた場所なんてのは一旦更地にしてから立て直したりするほうがコストがかからなくていい。変な噂がたつとずーっと売れないからね」
「やっぱ7つの家もそうなのかな」
「オカ板じゃ否定されてるけれど、僕は怪しいと睨んでる。確かに『分譲中』の看板は立てられているから立地が悪くて売れないと思うのが普通だよ。過去に人が住んでいた記録なんてのもないから証明しろと言われても出来ないけれど、不可思議な点はあるんだ」
「不可思議な点?」
「これはあくまで噂だ」
「(ごくり…)」
「キミカ君、君と僕が家に入った時、生活感を感じなかったかい?」
「あぁ、うん、なんかさっきまでご飯食べてたような、」
「そう。ある人に言わせるとあれは住宅見学会などの時に生活感がある方が買ってもらえるから業者側がセッティングしたものだと…。ただ、最初、業者はそのつもりでセッティングしてるのに、いつのまにか本当に人が住んでるかのようにどんどん増えていくんだよ」
「な、なにが…?」
「家具が」
「」
冷たい風が強くなり始めた日差しの間を吹き抜ける。それが身体を包み込んで冷やす。それと同時に俺は今、自分が汗を掻いている事に気付いた。
暑いからじゃない。
冷や汗だ。
生命の危機を感じた時に身体はいつでも動かせる状態へとウォーミングアップをしてくれる。神経を研ぎ澄ませたり、鼓動を早くしたり、そして汗を掻いて新陳代謝を加速させる。
生命の危機を感じたのか…それほどの恐怖が、ケンジの話の中には潜んでいると、俺は潜在的な人間の直感で感じ取っていた。
「だ、誰かのイタズラじゃないの?」
「子供が描いたような絵も壁に貼ってあった。冷蔵庫の中には食べかけの晩御飯の残りが入っていた事もあった。もちろん、気味悪がって業者はそれを取り除いたけれども」
「それ…本当の話なの?」
「僕は自分がこの目で見るまで本当だとは断定しない。けれども、自分の目で見ていないものを最初っから嘘だとも断定しない。この話を聞いた僕の感想を聞かせてあげよう」と、言ってケンジは顔を赤らめ変態的な虚ろな目で俺に言う。
「あの7つの家には、まだ家族が住んでいる」
「幽霊…でしょ?」
「そう。幽霊となった家族が住んでいて、そして殺され続けている」
「え…」
殺され、続けて…いる…だと?
「幽霊というのはいわば思念の塊だ。辛い、楽しい、怖い、悲しい、腹が立つ、そんな子供のような感情だけが本来の器である脳から離れて物質の中へ張り付いて繰り返し繰り返し…壊れたビデオデータの様に再生され続けている。恐怖さ。あの7つの家には過去、あの家で惨殺された家族達の恐怖の記憶が繰り返し再生され続けているんだよ。そして、本人が望むわけでもなく、周囲の生きている人間達がそれに影響されて、命を落とすこともある。この前の工事業者のスーツ組の男が真っ二つになったように!!」
鼻息を荒くして顔を赤くして言うケンジ。
俺にはあの真っ二つになるシーンが頭の中で再生されている。
男は真っ二つに裂ける前に見ていたんだよ。
俺達を。
いや、正確には俺達の背後の当たりの空間を。
今考えると、あの時、家の中には何か本当に良くないものが居たような気がする。キリカが見せてくれた『家族達』以外に、もっと良くないものが。
ケンジは興奮気味にバッグの中からCoogleGlassを取り出した。
ちなみにCoogleGlassっていうのは電脳化をしていない人間がビデオカメラを一人称視点で撮る時に使う小型メガネ型カメラである。もちろんMappleと敵対する大企業Coogleなのでカメラ以外にも様々な事ができる。
電脳化している俺からすると何かデジモノを身につけて何かをするというのはちょっと憧れる思いはある。カメラだって撮ることはできるけれど脳内の記憶端子の容量は限られてるし、他に様々なソフトウェアがインストールされてるので容量の空きだってそれほどあるわけじゃないので俺は写真も映像も撮らない。
「これで全てを撮るのさ」
「廃墟マニアが喜びそうだね」
そんな話を俺とケンジがしていると、ケンジはふと、CoogleGlassから見えたものを見て「嘘だろ…」と一言言っているのだ。
俺も思わず「げぇ」と言ってしまった。
島田駅の上り電車から降りてきたのはキリカ。だが、その後ろをぞろぞろとクラスメート達の大半がケラケラ話しながらやってきたのだった…。