147 オカ研へのいざない 3

山口市ではなく防府市駅で待ち合わせ。
俺達が住んでいる街に引き続いて人口が増えビルが立ちながらぶ場所…しかし、元々は天満宮などのある歴史情緒溢れる街なので街の至る所には都会化を免れた路地やら店の名残が多くある。
俺とキリカが市駅を降りると待ち構えたようにケンジが歩いてくる。普通は直線で向かってくるものだけれど、ふらふらとジグザグ方向に歩いて、何故か目は俺達の方を向けずチラチラと周囲を窺いながら、そして最後まで俺達の顔は見ないで「やぁ…」と力の抜ける声で挨拶。
いつもの岡田健治である。
ケンジは開口一番に、
「君達は学生だから正月はやっぱり防府天満宮にお参りするのかな?」
と聞いてくる。あくまで視線は逸らしたままで。
「あ、はぁ…そうですね」
と俺が答えると、
「学問の神様だからね、でも、本来は神様へは感謝をするもので、受験に合格させてくださいなんて願うものじゃないんだよ。『勉強させて頂いてありがとう御座います』って1年間の自分の成長を感謝するものなんだ」
「別に勉強は神様のお陰でできるわけじゃないし…」
「勉強と言うよりも『英知』かな…僕らが今から何かしらの英知を…発見を得られるように、もし得られるのなら感謝するように」
英知…ねぇ…。
「知ってもいいものか、知らないほうがいいものか…それは知るまでわからない。菅原道真公には私達が禁忌を犯さないように守ってほしいと先ほど願った」
そう言ってポーズを取るキリカ。
禁忌っていうか、ようはバチあたりな事をしても見逃してねでしょうが。
さて。
最初に向かったのは防府市から山口市へと抜けるトンネルの手前だ。
途中のバス停で降りたんだけど運転手はよくまぁこんな辺鄙なところで降りようとするな、という視線で俺達の方をジロジロと見つめていた。
山口市へと向けて坂を延々とバスが進んでその先にぽっかりと2つのトンネルが口を開ている場所…山々には木々はなく、今にも乾ききりそうな小川が道路の横を流れている。トンネルを超えるとベッドタウンが広がっているのでそう考えると『延長線上』にあるこの場所で店や家などがあってもおかしくないのだが、何故かそれはない。店舗跡地となってものが幾つかあり寂しい場所である。
「廃墟マニアが喜びそうなシチュエーションだね」
と俺が言う。
「ここは昔、処刑場があった場所…そして水害に幾度も遭い、多くの人々がなくなっている場所…曰くつきの峠」
日傘をさしてその下からさみしげな目でそれらを見つめているキリカ。
ケンジはメガネをクイと押し上げてから、
「過去、この道路で幽霊を見たという話が多くある。あるカップルはこの道路を超える時、たまたま喧嘩をしていて、女を車から降ろし置き去りにしたらしい。女はこの場所で通り過ぎる車を待ったが一向に現れず、深夜なのでバスもない…目の前には『電話ボックス』という旧時代的な通信設備があるのを発見し、女は中へ入ってコインを投入し電話をかけた…」
そう言って俺の反応を待つ。
「ゴクリ…」
生唾を飲み込む俺。
「女がかけた先はタクシー会社。電話を待つ女はふと目の前の電話の上に何か汚れのようなものがこびりついているのを発見した。気になって女はコインで汚れを擦り落とそうとする…すると、その下には何か落書きのようなものが彫ってあるのを見つけた。汚い字でこう書かれていた…」
「ゴクリ…」
「『うしろを振り向いてはならない!』」
「うわぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!」
思わず俺は叫んでしまった。
しかし、気になる。
振り向いたらどうなったんだ?
「女が振り向いたらどうなったか?」
「…うん…」
「それは現地に向かって確かめなければならない」
「え?」
そう言って歩き出すケンジ。
キリカも察してうしろをついていく。
その先には…旧時代的な『電話ボックス』なるものが本当に存在した。このケータイなら誰でも所持している時代に。一体どんな人間がここで電話をするのだろうか?たまたまケータイの電源がキレた奴が少し移動すれば街の中へ入れるのに、ここで電話ボックスで『すぐにでも』電話をかけなければならないという場合のみ、この電話ボックスは使われるのではないだろうか?
キリカは突然自らのケータイを取り出して(ジャリジャリという音がなってケータイにぶら下がっている沢山のアクセサリーを目の当たりにしたが)俺にそれを見せる。あ〜ぁ、こんなにアクセサリーつけて。ったく、せっかくのaiPhoneが台無しじゃないか。aiPhoneっていうのはなんにもつけないで丁寧に使うのがいいんじゃないか。傷がついたらどうするって?買い換えればいいじゃないの?マリー・アントワネットも「aiPhoneが傷ついたら新しいaiPhoneを買えばいいじゃないの?」って言ってたぞ。
マリー・アントワネットはいいから…この電波強度を見て」
「えっと…『圏外』ィ?!」
「そう…圏外。ここだけ」
「ジャマーでもついてるんじゃないの?この電話ボックス」
そう俺が言うのをケンジはニヤリと笑ってからメガネを押し上げて言う。
「あるいは…なぜここに電話ボックスが存在しなければならなかったか、という理由に行き着くか…」
「え?」
「ケータイで電話をかけようとした…が、圏外。しかし、今すぐにでも電話をかけなければならない『理由』が『あった』とすれば…必然的に、この場所に電話ボックスを設置せざるえなくなるのが行政というもの」
「ごくり…」
俺はゆっくりと電話ボックスに近づく。
そして、どうしても俺の目は電話ボックスの上のほうに釘付けになった。何かを探しているのが自分でもわかった。今しがた聞いた話の中に登場した『汚れ』…あれは都市伝説だと話を聞いている最中に勝手に俺は俺自身に思い込ませていたんだが、今、それが本当に都市伝説である事を示す証拠を必死に探している。
電話ボックスないの電話には汚れはないという証拠を…。
しかし、俺のそんな希望は虚しく、全身の神経を研ぎ澄ませる結果となった。
そう、電話ボックスの上に汚れがあるのだ。
ケンジは無表情のまま、俺に1枚の10円玉を差し出した。
あの汚れを…落とせというのか…。