147 オカ研へのいざない 2

旧校舎の一番奥の部屋、そこがオカ研こと『オカルト研究会』部室だった。
ただでさえ陰鬱な雰囲気の旧校舎で一番奥の部屋、そこは開かずの間のように、中に収まりきれないカオスが部屋の外へと零れて都市伝説として勝手に一人歩きしたあげくにテレビでも放送されて視聴率どころか経済効果さえも少しあげてしまうぐらいの雰囲気があった。
俺とキリカがひんやりとした初春の廊下を歩き足を進めると、周囲とまるで空気の層があるかのように一段と冷たい空間に入る。そして、あぁ、オカルト研究会の部室の前だからかぁ、などと勝手に納得してしまうのだ。
どことなく線香の香りすら漂ってくるその部室の扉を開ける。…奥には日本を含めた様々な国の様々な禍々しいものがそこら中に転がっている。どこから拾ってきたのかわからない苔のこびりついた鬼の面やら南米のジャングルの奥地にまだ人の入ったことのない遺跡から拾ってきたかと思わせる奇妙な面やら、首吊りのアレような輪の形に結ばれたロープやら、びっしりとお経が書かれた中に水彩画で幽霊っぽいものが描かれている掛け軸などなど…物珍しさに中に入って見ているといつの間にか得体のしれない何かに憑依されてしまいそうだ。
それを俺もキリカも訝しげな顔で睨みながら、今しがた、その部屋の真ん中で部長らしき男を発見する。
ひょろっとした高い背で髪の毛はボサボサ、黒縁の楕円形メガネを欠けてて、顔は常に緊張してどこか遠くを睨んでいるような…別の簡単な表現で言い表すのなら『ホラー漫画の主人公(男)』のような雰囲気。さらに別の言い方をするのなら、今にでも地球が終わりだとか考えてそうな顔の男。
そしてその男は俺達新入部員の美少女2名を見てから乾いた笑いを出し、
「やぁ…お疲れさん」
と言った。
何がお疲れさんなのだとツッコミを入れたくなったのは俺だけではないはずだ。ここまで足を運ぶことに対してのお疲れさんか、それとも俺の日々の様子をどこかで監視したあげく、「こいつ疲れてるだろうなぁ」と思って放った言葉なのか、それともただの挨拶のようなもので「俺達はいつも疲れてるんだよ、カッコイイだろ?」という裏の意味を含んでいるのか。
この男がオカルト研究会、会長の『岡田健治』だ。
実は俺はこの男の事は知っている。
俺が中学の頃の先輩だった。
友達どころか知人すら少ない俺の唯一知っている先輩…中学の頃からこんな『世界が今にも終わりそうな焦燥感を漂わせた顔』をしてていつも歩きながらブツブツ何かを呟いているから、そんな俺でも知らずに済むわけがない。嫌でも噂は伝わってきてその存在感は俺の青春の1ページに強制的に刻み込まれた。
ただ、向こうは向こうでいつもブツブツ何か呪文みたいなのを唱えながら歩いているわけだから俺の事なんて知るわけがない。
「研究会を立ち上げて2年目でようやく新入部員がきてくれて、やっと研究会らしくなってきたよ…今までなかなかいい人材に恵まれなくてね」
とメガネをクイっと押し上げながら言うケンジ。
「勧誘活動とかはしたの?」
と俺が聞いてみると、
「さっき僕が言った通りだよ。いい人材に恵まれなかった。オカルトに興味がある人間ならごまんといるけれど、それらの事象を経験として得ることが出来る人間はそういるわけじゃない…。中途半端な興味だけを持って才能のない人間をオカ研に呼ぶのは、目のない人にアダルトビデオを見せるようなものだよ」
なるほど…。じゃあ俺達はアダルトビデオを見るどころか中にいる女優さんとセックスできるぐらいの才能があると踏んでいるわけだね…。
「それって、つまり、幽霊が見r」
「そう…僕のカンが鋭ければ君達はふたりとも、その容姿でありながらも、アカーシャクロニクルの存在に近づいている…さっそくだけれど、最初の活動を始めようと思うんだけど、準備はいいかい?」
容姿関係あるんかい、というツッコミを喉の奥へとこらえて、
「え、もう入部決定なの?」
と俺は聞く。
「このオカルト研究会は入会希望者を募っているんじゃない、会自体が入るべき人間なのかを決めているんだ…君達がオカ研に入るのは既に決定事項なんだよ」
「…」
言うが早くケンジはテーブルの上の様々なオカルトグッズを一つ一つ、丁寧に棚へと戻してから一枚の紙を広げた。
それはマーキングが施されている地図だ。
どこの地図なのかは少なくとも俺なら一瞬で理解可能。それは夕方の天気予報の番組でも見れば嫌でも頭の中に流れ込んでくる、県内の地図だ。
「この地図のこのマーキングされた箇所は全て、ネットやローカルの噂を交えて作り出した県内の心霊スポットとして名高い場所だ。オカ研始まっての最初の活動はとりあえず霊と触れ合って貰う。この心霊スポットを1つづつ巡っていこうと思う。『聖地巡礼』ならぬ、『心霊スポット巡霊』だ」
なんてこと考えつくんだよこの野郎は!!!ヤバイって!!
「そんなので幽霊に乗り移られたりしたらどうしてくれるんだよォォ!!」
俺は涙目になりながらケンジに物申す。
「心配には及ばない…こんな事もあろうかと、我が部にはお守りがある」
そう言ってケンジはさっきから俺が気になってた首吊り用の輪っかが作ってあるロープを目の前に出したのだ。
「何これ、これがお守り…?!」
横ではまるで腐ったバナナでも見るかのような渋い顔でロープを見つめるキリカの姿がある。そしてキリカはジト目でそのままケンジを睨んで、
「このロープ…富士樹海のお土産?」
「さすがお目が高い…このオカ研が選んだだけはあるね…ご名答。このロープは富士樹海で自殺者が自殺に使ったロープだよ」
「なんてもの持ってくるんだよォォォォォォォ!!!!!」
なんてバチあたりな事をしてるんだこの馬鹿は!
すかさず俺はツッコんだ。
ご丁寧にも続けてキリカが解説を始める。
「あまりの禍々しいパワーに周囲の低級霊がよりついてこない…毒を持って毒を制す、というのを地で行く『お守り』」
「それはなんなの?!メガテンで言うところの妖刀ムラマサとかいう攻撃力はレベルにそぐわないぐらい強いけど装備してるだけでHP減っていくとかそんな感じのアイテムなの?!でもレベル上がったらヒノカグツチとか装備するからどのみちいらなくなるんだよぉ?!」
「いや、むしろヒノカグツチのほうかな」
「いやいやいやいや違うって!こんなのがヒノカグツチだとか言ったらヒノカグツチのバチがあたるってば!!」
「しかしちょっと勿体無いな…たかだか心霊スポット巡りの為にこんな貴重なものを使うのは…これは今回は使わないでおこう。今回は霊力は少し低いけれど安定してパワーを出せる『呪いの人形』を使おう」
「なんかもう、もっと神々しいものとかないの?!なんでそう負のパワーが強そうな奴を選んでるの?!」
「…それは僕自身が善のパワーに耐え切れないからさ」
「…あぁ、そうか…」
思わず納得してしまった。
というわけで、今週末の土日に県内の心霊スポット巡りをすることになってしまったのだ。とりあえずスポットが集まっている山口市がターゲットとなった。