148 七つの家 10

「この辺りかな」
aiPhoneの地図機能で検索する限りはオカ研会長ことケンジの家はこの辺りってことになる。周囲には工場地帯が広がっていて出稼ぎ労働者用の住居が沢山並んでいる中にあるマンションの一室、それがケンジの家だ。
もうそろそろ夕暮れ時なのにキンコンカンコンと重機のドロイドが作業している音が遠くから響いている。冷たいコンクリートの廊下を進み、重たい鉄製のドアをノックする。チャイムはあるけれど壊れているのか鳴らないようなのだ。
暫くすると台所であろう場所の曇りガラスにチラっと影が映る。
しかし、出る気配がない。
俺とキリカは顔を見合わせた。
「今の曇りガラスに映ってたのって、ケンジだよね?」
無言で頷くキリカ。
「会長ゥ!いるんでしょー!!何居留守使ってんだよー!」
ドンガンドンガンと鉄製のドアを叩いたり蹴ったりする。
これだけのことをしたら普通ならドアを突然開けて「ルセェ!」と叫ぶぐらいだ。だが、全く反応なし。むしろ玄関から遠ざかってる感。
「侵入してみようか」
「うん」
俺はグラビティコントロールでドアノブを奥のようから鍵を探る…ん?鍵開いてるんじゃないのかこれ?不用心だな…。
ノブは普通に手の力だけで開いた。
何日も部屋を締め切っているかのような、独特の湿気と熱を帯びている。窓を全開にして4月の冷たい風を流しこんでやりたい気分になる。
「一人暮らしじゃないみたい」
キリカは食卓の上に置かれている食べかけの食事を見て言う。
「放ったらかし…って、これ、夕食の献立だよね」
「夕食か、昼食」
「なんだぁ?」
曇りガラスの向こう側には布団が敷いてあり、2人誰かが寝ている。ゆっくりとスライド式ドアを開けて中を除く。
「失礼しまぁ〜…す。玄関の鍵が開いてますよぉ…?」
寝てる。
なんか両親と思わしき人達が寝てるぞ。
今、17時だぞ?
早いなおい…。
「キミカ、奥の部屋から人の気配がする」
キリカが薄暗い廊下の奥を指差して言う。
「行ってみよう」
ケンジの部屋なのか?
廊下を進むと一番奥の部屋のドアが10センチぐらい開いてて、中は真っ暗っていうのだけはわかる。
(バタンッ)
突然バタンと音を立てて閉まった。
あまりの出来事にキリカは俺を睨んで、
「驚かすのよくない」
とジト目で言う。
「いやいやいや、あたしは閉めてないよ」
「嘘」
「本当だってば!」
「今、何もドアノブを触れてないのに閉まった」
「か、風じゃないの?」
と、自分では言ったものの、どう考えても閉め切っているのだ。この湿気の濃い空間は。風が入り込んでる余地なんて無い。
あと2メートルぐらいでケンジがいると思われる部屋。その時だ。突然キリカはその歩みを停めた。
「ど、どしたの?」
「これ以上近づけない…何か、まずいことが起きてる」
「やめてよォ…今からドアを開けようと思ってたのに」
「私はここで待ってるから、キミカ、開けて」
「えー!!」
「ダークフレイムマスター・キミカなら可能」
「おい!」
俺はドアには近づかないでいた。
それどころかキミカ部屋からプラズマライフルを構えて、5メートル離れた位置からグラビティコントロールでドアを開ける。
「ちょっと大げさすぎ」
「これなら部屋の前にクレイモアがセットされてても開けて大丈夫」
ぎぃぃ…。
という音を立ててゆっくりとケンジの居るであろう部屋のドアが開く。
ドアの前に誰かが立っているのか?
「え?」
ケンジだ。
ケンジがドアの側に立っている。
ジッとこっちを見てる。
床に伏せてプラズマライフルで狙撃しようとしてる俺のほうを見てる。しかも「おい、狙撃かよ」っていうツッコミとか全然無い。まるで別人…いや、心ココにあらずという状況だ。
俺とキリカは生唾をゴクリと飲み込んだ。
「Freeze!」
俺は叫んでみるも全然反応しない。
「キミカ…ケンジの心が読めない。というか、読もうとしたら何者かにアクセス拒否される…これは相当ヤバイ状況」
「とりあえず近づいてみよう」
「え?」
俺はライフルをキミカ部屋に締まって廊下をゆっくりと進む。ケンジはまるで何かに取り憑かれたようにぼぅっと真正面を向いている。最初、俺達の方を見てるんだと思ったけれどそうじゃない、一方方向をずーっと見てるのだ。
「キミカぁ、やめなよォ…」などとキリカが言うが俺はケンジの前の扉を開けて、ケンジに向かってシャドーボクシングで「シュッ!シュッ!」と言いながらジャブやフックをキメる。
「ダメだコイツ、なんとかしないと」
ケンジの背中の服をグイッと掴んで足に蹴りを入れる。バランスを崩してケンジは倒れ、床にゴロンと転がる。それをグラビティコントロールで浮かせて、ベッドへ寝転がらせる。
「意識が戻ってないっぽい」
「ここに長居するのは危険…もう帰ろう」
キリカもそう言うのでベッドに寝かせた後はそのままこの部屋を出た。
とにかく、何かが起きている事だけはわかった。意識がなくなるような何かが。以前俺が廃病院にユウカやナノカ達と行った時の事が脳裏を過ぎった。
ケイスケになんとかしてもらったんだっけ。
帰ってから相談してみるか。
そして、マンションを後にする俺とキリカ。
ふとキリカは俺に話掛ける。
「翠屋工務店について、調べてみた」
「うん」
「途中、霧が掛かったように邪魔をされたけれど、重要な情報が得られた。翠屋工務店は7つの家で惨殺をした犯人と血縁関係にある」
「偶然とは思えないね」
「うん。真っ二つになって死んだ男は曾孫だし」
「マジで…じゃあ、会長は?」
「会長は血縁関係じゃない…だけれど、会長の場合、なんか他にも色々な幽霊みたいなものがまとわりついててどれが原因なのかわからない。トータル的に見てトリガーとなったのは『7つの家』のような気はするけれども…」
うわぁ…アカン奴や。
…。
キリカの家との分岐点まで来た。
そこでキリカとわかれたが、途中で突然振り返ったのだ。
沈む太陽を背にしてキリカの青い瞳が光っている。
「キミカ。気をつけて」
「え?」
「何かあったら私を呼んで」
「う、うん」
気をつけてって、おいおい、何かあるのか?何かあるっていうのがその邪王写輪眼とかいうのでわかるっていうのか?
背筋がゾクッとした。
だが本当に凍りつくのは、その日の夜だった。