148 七つの家 9

放課後に部室へと向かう俺とキリカ。
話題については勿論のことだが、例のナタを持った『誰か』である。決して農作業を終えて返ってきたおじいさんじゃない。何故なら生首を持っていたからだ。
あの時、道路へと逃げるように俺達は向かったが誰一人として出会うことは無かった。だとするのならCoogleGlassにしか収まらなかったあの『何か』を形容する言葉は人間以外のものとなる。
幽霊…。
そのキーワードは俺とキリカの頭の中に渦巻いている。
「あの時ビデオに映ったのってやっぱり…」
沈黙を切り崩すようにキリカにそう聞く俺。
「惨劇は起きていた」
キリカは青い目で廊下の彼方を眺めながら淡々と言った。
「ナタを持って生首をぶら下げてた。あの後、やっぱり何かが…」
静かに頷くキリカ。
そして言う。
「死者がこの世に未練を残すという言葉の中での『未練』は死ぬ瞬間の強い念だと言われている。惨劇は噂でもなんでもなく、あの7つの家で実際に起きている…私がそれを見ることが出来ないのは、あまりに強烈な念だから、見てしまえば自分が念に支配されてしまう可能性があるから」
「とりあえずケンジに話してみよう。何か調べてるかもしれない」
どうも頭の中をモヤモヤとしたものが渦巻いているんだ。
ひょっとしたらこのままモヤモヤとしたまま忘れ去ってもいいのかもしれない事項だ。何せ遠目に俺達の行動を見れば高校生が面白半分で心霊スポットへ顔を覗かせて案の定、奇妙な体験をして大慌てで逃げてきたんだから、そりゃ自業自得のソレ以外の何者でもない。でも、これは起承転結で言うところの起承転までで止めるような行為であり、放置すれば本当の意味での不良高校生なのである。オカ研の一員である俺達が不良のままでいいのか、という事なのである。
俺とキリカがオカ研部室前に到着したその時だ。
廊下の物置とされている箇所からヌッと誰かが姿を表したのだ。
一瞬、幽霊かと思った。
が、よく見るとナツコだった。
「びっくりさせないでよ!」
怒鳴る俺。
「ごめんなさい。ちょっとキミカさんとキリカさんがされてる活動が面白そうでついてきてみたの」などと言っている。面白そうっていうか君、スプラッターが好きだからあのホラー映像見て自分の分野だと思ったんでしょ絶対。
ナツコは俺達の前にあるドア、オカ研の部室前を指差して、
「それは何部ですの?」
と聞いてくるので、
「二人の愛の巣部」
などとキリカが俺の代わりに答えてしまった。
「いやいやいや、もっとオブラートに包み込んでよ」
「お、オブラートに包み込む…(ゴクリ)」
俺はキリカに文句を言うがキリカは変に勘違いして顔を赤らめている。あくまで包み込むのは男性のアレじゃないってことをわからせなければならないのか。
「オカ研の変態部長の部屋ではありませんの?」
「知ってるなら聞かないでよ!!」
「それよりビデオはあれ以外はありませんの?というか、あの続きは…」
「あるわけないじゃん、あの後、逃げ出したんだから」
立ち話もなんなんで、ドアを開けて部屋へと入る俺達。
相変わらず気味の悪い部屋だ。
が、その中で主のように居座ってるはずのケンジがいない。
「会長は外出中ですの?」
「さぁ…ま、あたし達が朝の会の時に先生にこっぴどく怒られたからケンジの場合も同じ様な事になってるんじゃないのかな?」
と、その時だ。
キリカが言う。
「会長は、今日は学校を休んでいる」
「あら、そうなんだ?風邪でも引いたの?」
しかしキリカはそれには首を振る。
「サボリ?」
「…アカシック・レコードがブロックされている」
…ブロックされている…?
これは以前にもあった。
キリカが7つの家について調べようとした時も同じだ。
嫌な予感がする。
「それより、今朝のビデオのオリジナルはありませんの?男子に聞いたらあれは会長がオリジナルを持っててそれのコピーだと言われてましたわ」
「だからぁ…オリジナルもコピーも変わらないってば」
「あら、そうですの…残念」
「よくまぁ7つの家のホラームービーを見たがるよね。あれは見たら呪われる部類だよ」と、俺は諭すようにナツコに言う。
「7つの家はスプラッターの一部のマニアの間では有名な都市伝説ですわ。まぁ、都市伝説だと囁かれるようになったのは最近の話ですけれど」
「え?知ってんの?」
俺とキリカは神妙な顔になる。
なんとなくだがナツコが話を始めると部屋の温度が5度ぐらい下がったような気がしたからだ。
ナツコは話を続ける。
「えぇ。最初に事件が起きたのは7つの家じゃなくて、その前にあるラブホテルですわ。風俗嬢をそこに呼んで惨殺したという記録が警察には残っているとも。犯人は頭に蛆が沸いてるんだと思われますわね」
「ラブホテル…で?」
俺の横でキリカが生唾を飲み込む音が聞こえる。
そういえばあの日、俺とキリカは冗談半分でラブホテルの1室に入った。何かに見られてる感覚がしたが…まさか、あれが…?
「別の事件として扱われていますけれども、その後、犯人は惨殺した風俗嬢の首をナタで切り落として持ったまま、隣の住宅地へと足を踏み入れて、住民を次から次へとナタや猟銃で殺したんですの。男は住人の1人に反撃食らってナタのようなもので身体を縦に斬られて亡くなったらしいですわ。でもクスリを飲んでいたのか、住民全員を殺すまで倒れる事は無かったとか」
「なんでそんなにめっちゃリアルに覚えてるの…ネットでニュース記事検索したけれど全然出て来なかったのに」
「ネットで調べても出てくる事はありませんの。これは人づてに聞いた話ですから…どういうわけか、この事件、報じられてから10年ぐらいで新聞社のデータベースから抹消されてしまったと言われていますの。あ、そういえばキミカさんは7つの家で起きた事故で真っ二つになって死んだ人の、その目の前に居たんですのよね?ふふふ…」
「ま、まぁ、居たけど。思い出したくもないよ…」
「人は真っ二つになった後は何分ぐらい息がありましたの?」
「知らないよ!!グロ中尉もいいところだよ、マジで!」
それからナツコは黒髪ロングストレートを指で弄りながら、
「ふふふ…でも、死んだのが翠屋工務店の人だなんて因縁ですかしらね」
「どういうこと?翠屋って?」
「あの一帯の土地を買い占めていますのよ。住宅地にするんだとか。地上げ屋みたいなこともしてるから一部から反発もありますし、いい噂は聞きませんわね。ほら、火災保険詐欺とかもやってたり」
「か、火災保険詐欺ィ?なにそれ?」
「地上げをする時にただ単純に住民にそこをどいてもらうよりも、火災保険に入ってもらってわざと火事を起こして立ち退いてもらうんですわ」
「それって犯罪じゃん!っていうか人が死ぬかもしれないのに!」
「だからぁ…立ち退く時に住民と結託して火災保険詐欺をやるんですの。どうせ家を取り壊したりする時にコストが掛かるから、それなら燃やしたほうが保険金も入ってきてウマ〜だとか…」
な、なるほど。
事前に周囲の住民にも火災保険入って貰って、火事が起きる時には外出してもらったら死傷者ゼロで家だけ燃えるか…よく考えたもんだな…。
その日、ナツコはオリジナルのビデオが探してもないと分かると渋々帰っていった。どんだけ欲しいんだよっていう。
ただ気になるのはケンジが学校を休んでいること、そしてその詳細をアカシック・レコードで検索することが出来ないってことだ。
俺とキリカは帰りに先生にケンジの住所を聞いて寄って帰ることにした。