148 七つの家 8

「一体何をやってたんですかォォ!!!」
と白板を叩きながら怒鳴るのはケイスケだ。
翌日の朝の会は担任のケイスケの怒鳴り声で始まった。
クラスメートの1人が答える。
「だって、オカ研の会長がァ…」
「オカケン?岡本太郎研究会?」
「違うって。オカルト研究会」
「それがどうしたんですかにぃ!!!高校生のくせに自分のやった行動に責任が持てないんですかぉ!!そんなんだから淫行とかで捕まっても責められるのは大人の男ばっかりになるんですにぃぃぁ!!!お前等がケツを振るから男が寄ってくるってわからないんですかぉ!!」
「淫行の話じゃないつぅの」
するとクラス委員長のユウカがケイスケに質問する。
「週末に7つの家にみんなで行くって話になってたけど何かあったんですか?」
「あったもなにも警察と7つの家の土地所有者から学校に向かってクソみたいな文句があったんですぉ!!君達が保護者の居ないガキとか大人だったら警察沙汰になっていましたにぃ!」
「え?不法侵入?あそこって誰かの土地だったんです?」
「誰かの土地だったとかそういう話じゃないんですぉぉぉ!!」
そうなのかよ…。
「は?そういう話じゃないの?」
「高校生の君達がリア充的な事をしている事に先生は怒りを隠せないのです!」
「うわ、最低」「そこかよ」「クズデブ」「まぁ、おおかたオチはそうだと思ってたよ、面白くない。3点」「先生はリア充嫌いだもんね」
でるぞ、でるぞ、いつものやつが。
「だ・ま・ら・しゃッ・い!」
白板を両手の拳でドスンドスンと太鼓の達人よろしく叩きながらケイスケはいつもの「だまらっしゃい」をやってのける。
「ったく、先生はただでさえ君達のクソみたいな保護者から文句言われてるのに、君達がやった行為のせいで近隣住民からも抗議の嵐が来て、正直日曜日の夕方にあるサザエさんを見るのが辛くて辛くてしょうがなくなってますにぃぃ!!」
「でも先生、月曜日の早朝にやってる深夜アニメは見るんですよね?」
「あったり前田のクラッキング講座ですにぃ!」
「なんでサザエさんそんなに敵視してるんですか?」
「今時都内に平屋一戸建てとかてめぇ1000年前の文明のクソみたいな名残かっていうの!!!という事情により敵視しています」
「完全に嫉妬じゃないですか」
そんな中でクラスメートの1人が取り出すのはaiPadだ。
俺意外にもこのクラスでaiPad持ってる奴がいるとは驚きだ。女子じゃなくて男子だったけれど。で、ソイツは昨日も一緒に来てたファンクラブの1人なんだが、開口一番、「先生、これ、どう思います?」とケイスケに質問するのだ。
「はぁ?なんですかぉ?このダッサイ映像は…」
教壇までaiPadを持ってきてホログラム表示に切り替えるファンクラブ団員。一方で、彼のそんな行為をいやぁな目で見ているのはクラスメートの大半の女子達。「なんてもの持ってくるのよ!!」「いやぁ…それ見たくないィ…」「やめてってば!呪われるよ!」「まぁデブが呪われるんだからいいんじゃね?」などとブーイングの嵐である。最後のはブーイングじゃない。
昨日、その映像を見ている女子・男子は目を逸らしたり机に顔を伏せたりする。が、それを見てないクラスメート達は一斉にその映像に目が釘付けになる。しかも昨日、それを見たクラスメートの一部が『呪われた映像』だと紹介しているからか、余計に興味をそそられる形で観たり、机に突っ伏したりする。
昨日、7つの家の中央広場で見たものと同じ。
映像には普通に生活している家族の光景をそのままを捉えている。資料映像にすら思えてしまう。ただひとつ違うのはCoogleGlassから撮った映像なので一人称視点でぐらつくところぐらいか。
ケイスケは何か思うところがあるのだろうか、腕を組んで分厚い肉の顎に指をグニグニと押し付けながらも、「ふぅ〜む…この映像、どうして、途中から一斉に外を見ているんですかにぃ?」と気になることを言うのだ。
一斉に外を見てる?
最初見た時は全然気付かなかった…。
映像の中の7つの家に暮らしているであろう既に今は居ない幽霊と、俺達とがセットで撮られているっていう部分に意識が集中してしまったせいか。
「ほんとだ、子供が窓に向かってなんか叫んでる?」
「何これ?どういうこと?」
「ねぇ、指差したりしてない?」
なんか俺達が広場の中心に居たから『俺達の方を』指差して叫んでいるようにも見えなくもないな…でも表情とか見る限り尋常じゃない恐怖を感じるな。
「せんせー…怖いから止めてよォ…」
ナノカが言う。
「フヒヒ…リア充的な生活をしていた罰ですにぃ!!家に引き篭ってアニメを見てたらこんな恐怖体験はしなくてすんだんですぉ!反省するにぃ!!」
あほなこと言ってるなぁ…。
映像は俺とキリカが広場へ戻った時、女子の1人がCoogleGlassをかけて一番奥の家を見た時の映像になっている。そう、一番奥の家のベランダには女性が立っていた。そして俺達のほうを見ているのだ。
(見ている…入り口から、何かが来てるのを)
突然俺の中に声が響いた。
俺は背筋が凍りつくような感覚で驚いた。
キリカがアカシック・レコードの能力で俺にテレパシーを送りやがったのだ。クソが!驚かせるんじゃないよ!!!
「入り口のほうからって何がァ!?」
俺はキリカの席に向かって言う。
「あのベランダの女性が見てるのは『私達』じゃない。道路のほうからやってきた『何か』」と言ってキリカはaiPadのホログラムを指さす。
それを俺以外のクラスメートも聞いているのだ。何か引っかかっている心の中の情報の断片にキリカが紐をくっつけたようにヒントを言うものだから映像を観ないようにしていた連中も一斉に教壇の上で流れている7つの家動画を見る。
それは、俺達があの日、慌てて道路のほうへと逃げ出した時の映像だ。
慌ててるのかケンジはCoogleGlassを手に持ったまま、アクティブな状態にしたまま走って道路へ向かっていたらしい。激しい揺れが画面を襲う。
その時だった。
クラスメート達の足の中に、1つだけ、家のほうへと向かう足があったのだ。
そして。
戦慄した。
クラス中が悲鳴で覆われた。
その足の横には生首が、女の生首があった。
ナタのようなものを持ったその人間は、女の生首を、ちょうど髪を握りしめた状態でぶら下げて歩いているのだ。俺達と入れ違いになるように、その人間は7つの家に向かって歩いて行った。
CoogleGlassは女の顔をはっきりと捉えていた。
白目を剥いて、舌をだらんと異様に長く垂らした生首を。