147 オカ研へのいざない 4

お昼の県道沿い電話ボックス、そこに俺は居た。
本来なら、電話ボックスに入れば、当然ながら扉は締り、周囲の音や空気の流れを遮って閉塞された空間となる。それが俺にとっては何故か恐怖だった。少なくともこの場所では…だから俺はケンジのバッグを借りて扉が完全に閉まらないように入り口に支え棒の役割としてそれを置く。
車道を走る車の音やそれらが巻き起こす風も電話ボックスの中に流れ込んできて、俺は密閉された空間内にはいないという安心感が身体を包む。
その状態で俺は汚れと対面する。
電話ボックス内の電話の上には今は殆ど使用されていない『マウス』というデバイスの裏側のような黒茶色の手垢とも埃に油が混在したものともとれる汚れがへばりついていた。本当にコインで擦れば取れそうな雰囲気はある。
ただ、都市伝説の中でストーリーの主人公がコインで一度こすり落としているのだから、今まだ汚れが残っているっていうのは、都市伝説はやっぱり存在しなかったのか、都市伝説が怒ってから再びここに汚れがついたのか…どちらかだ。
都市伝説では汚れを落とせば『うしろを振り向いてはならない!』と書いてあるはずだ。そして、俺はさきほどバッグをつっかえ棒として電話ボックスの扉の間に挟んだ時から幾度と無くオカ研の会長であるケンジの顔は何度も見ている。ここで『うしろを振り向いてはならない!』というメッセージが掘られていたら俺は何度か振り向いている事になる…つまり過去の事象についてカウントするのだろうか?って話だ。過去のついてカウントするとなると、電話ボックスに来るまでの間、俺が向いた方向が電話ボックスの電話から見て逆方向であるかどうか…GPSで軌跡を追って調べる必要があるのだろうか…などなど、色々と考えててやっぱコインで汚れを落とすのなんて意味のないことはしないで帰ろうかと振り返ると、
「コインで汚れを削り落としてからうしろを振り向いてはならない監視ルーチンの開始だと思われる」などと眼帯少女のキリカが言いやがる。
余計なことを!!
「ただの都市伝説だよ、都市伝説。ばかばかしい」
俺は引きつった笑顔を作って再び電話と対面し、いよいよ10円玉を手に持ち、汚れの上を削っていく。
意外にも汚れは脆くてあっというまにとれてしまいそうだ…。
そして、最初の文字は「た」だった。
え?
「た」だと…?
まるで違うじゃないか。
都市伝説が正しければ「う」か、「後」じゃないか?
やっぱり都市伝説は都市伝説じゃないか。バカバカしい。俺は残りの汚れも10円玉でガーリガーリ言って削り落t…。
「うわぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!」
削り落とした。
そして何て書いてあるのか理解して大声で叫んでしまった。
あんまり気が動転していたので思いっきりケンジのバッグを足で蹴りだしてしまった。なんていうことだ、扉が閉まる、扉が…。
電話の上にこびりついていた汚れ、その下には、
「たすけて」
と書かれてあった。
都市伝説とは違う。
いや、違わないのか?
都市伝説では『うしろを振り向いてはならない!』だった、だから、都市伝説の主人公は振り向いたのだ。振り向いたから『たすけて』と上から自らで追加したのだ。最初に記述していたメッセージをどうしたのかは別として、『たすけて』と付け足したのだ。
まるで空気が出入りする隙間すら完全に密閉されたかのように、電話ボックスの隙間はぴったしと塞がって外からの音が完全にシャットアウトされる。そして音だけではなく空気の流れすらも停まる。
気配がない。
電話ボックスの外には2人いるはずだ。オカ研の部員が2名、いるはずなのだ。でも気配が完全に消え去った。何がどうなっt…
待て。
俺の全身系が俺の首元に集中する。
筋肉を動かすなと心の中の声が叫ぶ。
振り向いてはならない…はずだ。
気配が消えたから普通の人間なら自分がどういう状況に置かれているのか気になって振り向こうとする。普通の人間なら。
これは罠じゃないか?
俺に振り向かせようとする何者か罠じゃないか?
固まった。
受話器に手を付けようか、付けまいか悩む。そういうふりをして時間稼ぎをしたくなるほどに固まった。無音なのだ。ずっと。神経と研ぎ澄ませて無音、いい加減車の1台でも通りすぎてもいいのにまったくもっと道路には人気がない。
信号機だってないし、平日の昼間だ。夜中ならまだわかるが、車が完全に停止するとかありえない。そう、ありえないのだ。ありえない状況を作り出している、っていうのが既に俺にバレてるぞ?さぁ、どうするんだ?
「ふふッ…」
俺は確かに聞いた。
かすかな笑い声。
俺の背後、扉にぴったりと顔をくっつけて空気の流れはサランラップみたいなもので完全に塞いで顔だけ電話ボックスの中にツッコんでいるイメージが俺の中に流れ込んでくる。そういうイカれた事をやってる男のような声で「ふふッ」と笑い声を流したのだ。
その声の後、一気に車が通過していく。
音が戻った。密閉されて電話ボックス内に音が入ってこないって?そんなのが全部嘘だと思えるほどに車が走りすぎて振動を鳴り響かせていく。空気も自由に出入りする。よくよく考えるとこの電話ボックス、下側に10センチほどの隙間が空いてるじゃないか…なんで密封された空間になったと思ったんだ?
「どうなってる…の?!」
俺が扉を開けようとする前にケンジが扉を開けた。
「なんて書かれてある?」
恐怖に顔を歪ませたような顔でケンジは俺が今しがた削り落とした汚れの場所を見ている。俺はその場所に手を置いていたようなのだ。
慌てて手を放す。
そして、その場所になんて彫ってあるのか…それを知って戦慄した。
『もう少しだったのに、、』
「うわぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!」
電話ボックスから素早く離れる俺。
「『もう少しだったのに、、』どういう意味なんだろう…?」
腕を組んで考えこむケンジ。
「もう少しで助かってたのに、という霊のメッセージ?」
とキリカは俺の顔を覗き込みながら言う。
「ち、違う、違うよ…そうじゃなくて、」
俺は二人に誤解を解こうと話をしようとした。
車の通り過ぎる音…それに混じって、
「チッ…」
舌打ち。
…。