147 オカ研へのいざない 5

次に向かったのは山口市の県庁隣の道から山奥へとあがる道路の先にある『21世紀の森』というアミューズメントパークだった。
その途中に俺は先程の電話ボックスでの体験談をキリカとケンジの二人に話していた。この3人の中では俺は一番オカルトを信じてない派だったから、同じ様な感覚で俺の話なんて親切心で半分ぐらいを信じるのが関の山だと思ってたのだが、二人は意外にもガッツリと俺の話を信じ込んでいた。
「処刑場があったのが江戸時代ぐらいだと推測すると、やはりその『幽霊』と思しき何かは処刑された人間ではないだろうか…」
と深刻な顔で顎を触っているケンジ。
「江戸時代にも舌打ちがあったのかどうかが気になる…」
などとそこじゃねぇだろ的なところへ興味を寄せているキリカ。
「キミカ君の言われるように仮にも電話の上の刻まれたメッセージが死者からの声だとするのなら、都市伝説にあった『うしろを振り向いてはならない』というメッセージは最初にうしろを振り向いて何者かに殺害されてしまった誰かのメッセージで、先ほど刻まれていたメッセージである『たすけて』はその都市伝説の登場人物が残したもの…だとするのなら、」
「あたしが今体験したから、『うわぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!』というメッセージが電話に刻まれる事になるのか…胸熱」
「いや、それはないだろう」
俺のボケをきっぱりとかわしやがるケンジ。
「キミカはまだ生きているから、メッセージは刻まれない」
キリカが補足する。
結局、なんなのかわからない、が結論だった。
そういう結論が実は一番怖かったりするし、耳袋などの心霊体験談集では殆どがそのような起承転結の結が欠落している話なのだ。それが『現実』だと言われれば確かにそうなのかもしれない。
「これから行くところはどんな都市伝説があるの?」
俺はケンジに聞いてみる。
「この山の頂上付近には『21世紀の森』と呼ばれるアミューズメントパークが『在った』今はもう経営に失敗して廃墟になっているが…そのアミューズメントパークがまだ経営していたころから存在していた都市伝説で、駐車場に意味もなく『駐車禁止』の印がしてある」
「意味もなく駐車禁止?いまいちイメージがわかない…」
「もうすぐ到着する。実際に見ればわかるだろう」
春の訪れと共に木々は青々と生い茂り草木が害虫よけに放つあの春の森の香りに包まれて少しだけだがハイキング気分でいた俺だったが、山が開けて目の前に人々の文明の名残りが現れるとその新鮮な気分は一気に陰鬱としてきた。
『21世紀の森』と呼ばれるアミューズメントパークの残骸が目の前に現れたのだ。それはまさに廃墟マニアが大喜びしそうな寂れた感を醸し出している。
舗装された道路を一歩でも『21世紀の森』敷地内に入るとひび割れ、ひびの間から雑草が伸び放題で、コンクリートの中から茶色の鉄骨が汚らしくはみ出している。乾いた風がびゅぅびゅぅと建物の隙間を素通りして、砂埃などを吹き上げる。そしてキィコキィコと何か金属が金属とこすれ合うような音が誰もいないアミューズメントパークに響く。
森と呼べるようなものではなく、どこかしらか山の中に作った公園のような雰囲気。申し訳程度に駐車場も用意してあるが長年放置されているためか下へ続く谷が地盤沈下で駐車場ごと引き摺り降ろすかのように斜めに傾いている。
「駐車場って、そこの?」
指差す俺。
「うん」
ケンジはそう返事をして駐車場の車を停める枠の側に立つ。そして今しがたバッグから取り出したカメラで撮影を始める。
特に何の変哲もない…駐車場だけれど…ん?
何故か駐車禁止になっているスペースが1台分ほどある。
てっきり最初は身体が不自由な人の為のスペースかと思ったのだけれど、よく見ると確かに『駐車禁止』スペースだ。
「でもなんでここだけ…駐車禁止に、」
と俺がその場所に近づこうとした時だ。
ぎゅっと俺の手を握る手がある。
キリカの手だった。
「ん?」
キリカは俺をじっと見つめて首を振り、
「近づかない方がいい」
と言った。
え、ちょっ…
「なに?なんなの?これ何かあるの?マジで心霊スポットなの?!」
3メートルぐらいジャンプして離れる俺。
そして無意識にも手足から埃を落とすように払う。
遅れてようやくケンジが説明を始めやがった。まず説明してから俺を近づかせろよ!!危うく取り憑かれるところだったじゃないか!!クソッ!
「このような街から外れた辺鄙な場所だからか時々、疲れた者がやってきては時が過ぎるのを静かに待とうとする。しかし、中には本当に『疲れて』人生からリタイヤしようとするものもいるんだ…そう、ここで昔、焼身自殺が起きた」
「え?…ここォ?!」
俺はさらに3メートルほど距離を置く。
そして遠目に駐車禁止スペースを見る。
「キリカ君には見えるようだな、残念ながら僕には目の前にはただの駐車禁止スペースがあるようにしか見えない…こうやって写真を撮っていればひょっとしたら幽霊が映るかと思って、(カメラのシャッターを押す)撮ってはいるんだが、(またシャッターを押す)なかなか心霊写真は撮れないな」
いや、あんたバチが当たるよ、マジで…。
ケンジは続けて言う。
「このような街から外れた辺鄙な場所だからか時々、若い者が馬鹿騒ぎをしにここへやってくる。僕達のような者とは違う意味での若い者が。で、あるカップルがこの駐車場で車を止めてイチャイチャとイヤラシイことをしていた」
「ごくり…」
「と思われる…」
「推測じゃん」
「と思われる、と僕が言ったのは、二人が警察に発見された時には素っ裸で抱き合ってたからだよ。二人は抱き合ったまま『窒息』していた。医者は窒息だと判断したけれど、普通に考えてもよほど綺麗に密閉しないと車の中で窒息するなんてありえないし、車にはそんな形跡は見れないかった。原因不明の死。警察は自殺だと判断したけれど不審な点はまだ多くあった。普通の窒息じゃなくて、身体中の皮膚呼吸が一時的にストップした状態だったそうだよ」
カンのいい俺はその時既になぜ窒息したのかわかってしまった。
そうだ。
焼身自殺と同じ…」
「そう。身体中の皮膚が焼け焦げて皮膚呼吸がストップした、それと同じ死に方…。カップルに始まった次から次へとたてつづけに、この場所に車を停めた人々が窒息死し始めた。21世紀の森運営はこの場所を駐車禁止にすることで、なんとか死者を食い止める事ができた…」
「マジ…で…」
「しかし広まった噂は都市伝説となって、ついには閉館に追い込まれた。まぁもともと何をコンセプトに作ったのかわからないようなアミューズメントパークだったからかな、経営不振に陥るのは時間の問題だったかもしれない」
強い風が吹いた。
先程まで鳴り響いていたきぃきぃという金属と金属がこすれるあの「公園のブランコ」音は、俺達の視線が21世紀の森へと向けられると同時に、止んだ。