148 七つの家 4

放課後には真っ直ぐに家に帰るのが俺の帰宅部部員としての日課だったが、その日はキリカが俺にスタバに寄って帰らないかと『誘ってくる』ので、俺は男としてそれを断れるわけもなく同席した。
店内の一番奥のテーブル席に飲み物を持って座る俺とキリカ。
「キミカはコーヒーは飲まないの?」
と聞いてくるキリカ。
「スタバでコーヒーはありえないよ。スタバのコーヒーって暖め過ぎてて酸味が強くなってて本来の喫茶店で味わえるコーヒーと違う。これが甘いものに合うからいいんだって人はいるけれどね」
と言いつつも、なんでそれを俺に聞いてきたのかはキリカが注文したのがコーヒーだったからわかった。甘いものに合わせ込もうとしているわけか。
「うわぁ…」
「キミカ。人が注文したものを見てからうわぁとか言うのはとても失礼なこと」
ジト目で俺を睨んでキリカは言う。
それからキリカは自分が注文した甘いものとトレーを脇にどかしてテーブルの上にaiPadを広げ、ホログラムモードに切り替えている。
「7つの家について調べた」
ホログラムには7つの家に関する資料が表示されている。不動産関連のサイトでデータベースを検索して返ってきた結果のように家の説明や値段、駅までの距離などの一般的な不動産情報などが並んでいる。
この情報を見る限りは今から30年前に売りだされた時の情報になるのか。
それにしても…。
「殺人が起きた家をよくまぁ売る気になるよね」
と俺は今、思ったことをそのまま口に出す。
「殺人は起きていない」
「え?」
「ことになっている…。これは30年前の分譲情報」
「どういうこと?」
キリカはaiPadを操作してホログラムを幾つか別のものへと次から次へと切り替えていく。それを追っていて気付いたのは、どれもあの7つの家に関する分譲情報だということだ。年数は数年単位でどんどん過去に遡っていく。
「あの家はずっと分譲されてる。100年も前から。伝説として定着するぐらいの期間、ずっと分譲されている。だから誰もがあの家は最初から分譲されてて、殺人事件が起きたことは噂だと思っている」
それは俺も最初から感じていたことだった。
あの家に入る時、キリカは何故か警戒して中へは入ろうとしなかった。けれど、俺は何ら気にすること無くケンジの後を追って入っていった。というのは、2chのオカ板などで見かけた情報では7つの家そのものはただの都市伝説で種明かしは『立地条件が悪すぎてずっと売れない分譲住宅』だった。
だから俺は危機を感じること無く躊躇わずに家に入った。
「じゃあ、あの時、キリカが見たものは何だったんだよ?」
「私があの家で起きたことをアカシック・レコードから検索しようとしても何かに邪魔をされて情報がうまく得られなかった。これがその断片情報」
「げ」
これが…アカシック・レコードの中身なのか?
様々な国の文字がぐじゃぐじゃとそこにあり、新聞の切れ端やらテレビの映像やらどっかの家族のだんらんの様子やら、とにかく色々な情報が地面にまき散らしたゲロみたいにベタッとJPEG形式の画像データとしてホログラム表示されている。なんちゅうセンスだ。アカシック・レコードピカソの脳味噌の中を摸倣して造られているのか、それともピカソアカシック・レコードの中を摸倣したのか?
「ここを見て」
キリカはホログラムの中に表示されている画像の一部分を指で指して俺に示した。それは新聞と言うよりもネットのどこかのサイトを誰かが見たような、その見ている時の目に映る絵をそのまま転写したような画像だ。
「こりゃまた…古い記事だなぁ。150年前じゃん。って、これなんで名前のところがぼやけてて何も映ってないの?」
「人の記憶だから」
「え?」
「ニュースを見た人の記憶が断片的にアカシック・レコードから取り出せた。きっと本人は名前にはそれほどインパクトを感じなかったんだと思う」
つまり、興味を持ったニュースの中の興味を持った言葉だけが並んでいるってことか。確かに俺も何かの事件が起きても名前を覚えてるとかは加害者、もしくは被害者が『キラキラネーム』をしている時ぐらいだ。しかも殺された人間が若い人か年寄りかでは若い人なら胸が痛むがご老人なら「まぁ、老人だから十分生きたでしょ」と思ってしまい、若い人であっても男が死んだのなら「まぁ、男だからいいや」と思う一方で女が死んだら「キチョマンが!」と嘆いたりもする、いわゆる一般的に『糞虫』なのが俺なのだ。
「キチョマン…」
「あぁぁぁ!もう!人の心を勝手に読まないでよ!」
「キミカの頭の中は卑猥な表現で埋め尽くされている…」
「ふっふっふ…男の子の頭の中は3秒に一回はエロ画像で埋め尽くされてしまうのです…。お子様は閲覧禁止なのです」
「…」
で。この記事がどうしたって?
内容は山口県の光市で殺人事件が起きた…場所はあの7つの家?
「ん?ねぇ、これって『7つの家』っていう都市伝説が出来てからのニュースなのかな?頭の中の断片情報にそれがあるっぽいんだけど」
「おそらく、このオリジナルの記事には『ちゃんとした住所』が書かれていたと思われる。だけれどこれは人の記憶だから本人にとってわかりやすい情報に置き換えられている」
「つまり、これって7つの家に関して興味を持った人間が過去のニュースを検索してそれっぽい情報を見つけたってことなのか」
「そう」
俺は腕を組んでグラビティコントロールでフラペチーノを宙に浮かばせると、ストローに口をつけてちゅーちゅーとやりながら考え込んだ。
100年前から分譲されている住宅地、そして事件が起きたのが150年前。どう考えても時系列的におかしい。
このアカシック・レコード内の断片的な情報からも、これらを記憶し、考えた『本人』がその辺りを気にしている事が見受けられる。日付の情報だけがやたらと大きく表示されているのだ。
「分譲されてても立地が悪すぎて買い手がつかなかった住宅地…いつしかそこで殺人事件が起きたという噂が上がって、人々の関心を悪い意味で引き寄せてしまう。気になった一部の人達は調査をして…何故か分譲される50年ぐらい前にその住宅地で実際に起きていた事件について、知ってしまった…?」
キリカは甘いモノを口に含んでそれをコーヒーで流しながらコクリと頷いた。
それから、
「この記事のオリジナルも見つけることが出来なかった。おそらく、地方紙の一つだと思うけれど、何らかの理由で削除されている」
と言った。
「そりゃそうだよ、大々的に殺人が起きた家ですーって言って売れるわけがないよ。売ってるほうとしては消し去りたい過去じゃないかな?」
「そう。だから消し去った」
100年も前の話だ。
誰がどういう理由でデータを抹消したのかなんて、それを気にする人もいない。情報に新鮮さが与えられるのなら、腐って捨て去られて忘れ去られる情報もある。そういう理屈を利用して意図的に消し去ろうとする奴等も出てくるわけか。
「でも、都市伝説は、消し去ることは出来なかった」
俺はホログラム表示の中の一つ、2ch掲示板『まとめ』の情報を見ていた。
そこには7つの家に関する様々な噂、レポート、新聞の切れ端などなど、分かりうる情報だけが羅列されている。が、それらの間にはコメントとして、
『この都市伝説の真実は分譲しても立地が悪すぎて買い手がつかなかっただけだよ。だからいつの間にか殺人事件が起きたなんて噂が立てられる』
というものが入ってくる。
まるで何者かが都市伝説を消し去ろうとするように。