155 デス・ノート・オブ・ネクロノミカン 4

翌日の昼食後。
キリカが何やら俺に用事があるなどと言うのだ。
昼食の時は『用事がある』とだけ俺に言ったのだが、それから廊下を歩いている時は『部室で』と付け加えるものだから俺はもう顔を真っ赤にして鼻息を荒く吸い吐き繰り返して「やっぱりコンドームとか持っていったほうがいいのかな?」などと興奮気味に聞いてみたりもするが、キリカは
「『やっぱり』っていうのがキミカのどの会話から繋がっているのかわからない…もしかして『()カッコ』がついたところから繋がってきてるの?」
「いやいやいやいや、これまでのキリカのお誘いから考えたらもうそうとしか考えられないじゃないですかァ!!」
そう、エッチなお誘いのね!
(…エッチなお誘いじゃない)
「こ、こいつ、心を見てる!!」
「ふっ…」
俺の心の中に直接メッセージがうわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!
部室に入るなりキリカは周囲を確認しながら、そわそわとしてカーテンなどを締めたりもするのだ。もうこれはどう考えても…。
俺はブラウスのボタンを…三つ目、四つ目と外していく…。
ちなみに俺は男だったころから、なんだかキチンとしてるのが恥ずかしくてシャツのボタンは上のほうは止めないで常に外したままにしていたので、女になってもそれは変わらず…つまり、俺の首もとから胸の谷間、ブラが顔を覗かせる当たりまでは全開になっており、それがまた男子の人気を稼いでしまうのも事実だ。いわゆるエロカワという奴なのだろうが、それでも俺はブラウスの上のボタンを止めるのはやめない!冬服のリボンだってキチンと結ばない!…それが俺のJustice…。
それから俺は、
ティッシュはこのへんに置いといたらいいかな?」
とソファの腕置きの部分にコトンとティッシュを乗せる。
もう既にブラウスは脱ぎかけてる。
(だから…エッチなお誘いじゃない!)
「ふんふん〜♪」
心の声を聞こえないフリをする俺。
そんな俺の胸元にズイッと何やら分厚い百科事典のようなものが押し付けられる。その圧力で俺のおっぱいがムニュと押し上げられて谷間を強調させられる。
「ん…だよォ!!」
ネクロノミコン…知ってる?」
「し、しらないよ!げッ!何このホコリだらけの本!クッサッ!」
慌てて俺はブラのついた埃をペシペシと叩いて落とす。
揺れる乳、興奮する俺。
「太古の昔…ローマ帝国の魔導師達によって創りだされた様々な呪式が書かれている本。ローマ崩壊と共にその原書はイスラム文化圏を渡り歩いた…いつしかそこには呪式だけでなく様々な魑魅魍魎の住処となり、所有者を地獄の底へと導く呪われた書物の一つとなった…。あるものはそれを『呪われた本』と言い、あるものはそれを『望みを叶える本』と言い、あるものはそれを『未来を予知する本』と言った…しかしその実は…」
と言いながらキリカは分厚い本をペラリと捲って俺に見せる。
「な、何これ…太古の書物…にしてはきれいな紙ですね…」
「ショウワのらくがきちょう。特装版」
「ン…だとゥ?!」
よくみたら外側は動物の皮だとか木とかで作られてるのに開いたら中はショウワのらくがきちょうじゃないか!まんまだよ!
「外側の作り込みは苦労した」
「何やってるんだよ…もう。ホント中二病臭いなぁ…」
「ふっふっふ…驚くことなかれ、これ、ただの落書き帳じゃない」
「え?」
「かいたことが本当になる落書き帳」
「はぁ〜?」
と、そこでチャイムが鳴ってしまった。
ったく、落書き帳はいいから早くエッチしましょうって言ってるのに。
俺はぶ〜ぶ〜と言いながら、というか実際に「ぶ〜ぶ〜」と声に出しながら服を着て教室へと戻った。
それにしても…書いたことが本当になる落書き帳か。キリカが作ったんだからこれは冗談抜きにして発動しそうな感じがする。もう背中の皮膚がピリピリと音を立てるぐらいにそんな予感がしてる。あれには気に入らない奴の名前を掛けばそいつが死ぬとか、ペラペラ捲ってるうちに死神が現れたりしそうな気さえする。
放課後もう一度部室に行ってからとりあえず名前を書いてみるか。
死んで欲しい奴の名前をかけば…とりあえず俺の中ではモブキャラ的な位置づけにあるキミカファンクラブの団員を誰か適当に名前書いてみようかな。っていうか名前だけで検索してターゲットを殺すとか死神のターゲッティングシステムも随分と曖昧だよなぁ、実際、名前が同じ人とか何人も居るし、その場合はヒットした人間が次から次へと死んでいくのか?
そして午後の授業は終わった。
さて、『遊び』の時間だ。
「キリカ、部室行くよ!」
「何をするの?」
「気に入らない奴の名前を書くんだよォォォ!!」
俺は顔を赤らめてハァハァと熱い息を吐きながら今にも涎を垂らしそうな勢いでそう言って、実際に涎が垂れて床を濡らした。
「キミカはデスノートと勘違いしてる」
「え?!違うのォ?!」
俺とキリカは二人、廊下を歩きながら話す。
「名前を書いたらその人が死ぬ本とかのほうが、確かに陰湿で面白そうだとは思ったけど…」
「さすがにキリカの中にある善意が許さなかったのか…」
「私にはそれを実現するだけの力がない」
「って力があったらやるんかーいッ!」
などと言いながらも部室棟へたどり着く俺達。
早くも吹奏楽部などは部室棟周りで楽器を並べて演奏をしていたり、開いていた窓をピシャピシャと締めてクーラーのスイッチを入れる音が聞こえたりもする。夏場は文化系の部活にとっては非常に過ごしにくい季節だね。
ドロイドバスター部の部室前だ。
ノブに手をかけたキリカの表情が少し歪んだ。
「鍵が開いてる…」
「え?」
ゆっくりとスライド式ドアを開けるキリカ。
特に…誰か入ったような形跡はないな。
不用心にも鍵を開けるなんて。
私物があったら大変な事になっていたぞ。
「ない!」
「!!」
突然キリカが叫んだので俺は身体をビクつかせた。
「どしたんだよォ」
「ないないないないない!なーい!!」
「何がないのォ?生理?」
「ドロイドバスターには生理はないよ!!」
キリカは俺の肩をガチッと両手で掴んでそう叫んでから、
「…ネクロノミコンが無くなってる!」
と真っ赤にして今にも泣きそうな顔で言ったのだ。