37 ◯◯がやってくる! 2

つまり、家に「お父様」がやってくるらしい。
さっきまでぜぇぜぇと息を切らしていたケイスケはそれまでの運動音痴はどこへいったのか、まるで重戦車のごとく妹のナツコの後を追うように2階へと駆け上がっていく。俺は階段がデブのケイスケの体重で軋んで壊れていないかを注意深く見ながらも後を追って2階へと足を運ぶ。
2階のケイスケの部屋は相変わらずアニメ関係の色々なものが置いてあったりぶら下がってあったり貼りつけてあったり転がってあったり収納されていたりしてる。その部屋の9割ぐらいを占めているアニメグッズをケイスケはひたすら「目に見えない場所」に隠そうとしているのだ。
「なにやってんの?」
俺はドアの付近でケイスケの様子を見ながら言う。
「おお、おおおおお、おおおおおおおおおお、お父様は、こういうアニメとか、不純なモノが大嫌いなんですおおお!!!」
「あぁ、なるほど」
つまり家にお父様がやってきて、きっとケイスケやナツコの部屋を見るだろう、と。見たら不純なものが大嫌いな「お父様」の事だから…叱られる?
「叱られるの?」
「しぃッ…し、しししししし…叱られるっていうレベルじゃないですおおおおおおお!!!」と再びモモンガの如く俺の両肩をひっつかんだと思うと、それを上下左右に揺さぶったり抱きついたり匂いを嗅いだりした。
「叱られるレベルじゃなかったらなんなの…」
それからケイスケは言葉を発しなかったが、手をグーに握って親指を立てて、それを自分の首の前に横一文字にスーッと動かした。
「ころされる?!」
ケイスケはこくんこくんと頷く。
「またまたごじょうだんを(笑」
ケイスケはぶるんぶるんと顔を振る。
「いや、実の父親でしょ?」
「お、お父様は実の父親ですぉ…でも、とても厳格な方で、多くの部下、多くの日本人に慕われてはいますぉ…。そしてその事をとても誇りに思っているお方ですぉ…。自分の子供がいい年こいてアニメなんて見てるなんて知ったら…はわわわわわわ!!!」
「そりゃ、いい年こいてアニメ見てる人も世の中にはいっぱいいるよ」
「この前テレビのインタビューで最近の若者は〜のくだりで質問したんですぉ」
「うん」
「アニメとかそういうサブカルチャーを見る人もいますけど、どう思いますか、って…。そう質問したんですぉ…お、お、お父様に」
「それで?『けしからんですなぁ』とか言ったの?」
ケイスケはブルンブルンと首を振って、
「お父様は仕込み刀を取り出して、テーブルの上に飾ってあった花を切り落としたにゃん…」
「…」
「冗談でもなんでもなかったですぉ!!」
「仕込み刀が〜のくだりで都市伝説確定じゃん」
「都市伝説ならどれほどよかったことか!!!うわああああああああああああ!!!!その後、アナウンサーにも斬りかかろうとして『そんな不純なモノを見る屑が日本から消えぬ限り未来はない!』とか言ってアナウンサーを追い回したにゃん。ちゃんとその時のビデオは録画して神棚に保存してるにゃんェ…」
「アナウンサーは関係ないでしょ…」
「『貴様のようなマスゴミも日本の若者をダメにしているのだ!』とかいって、アナウンサーが向けたマイクも綺麗に真っ二つであと少しで首が切り落とされるところでしたにゃん」
「マジキチ…」
などと話していると、
「お、お兄様!」
突然部屋の廊下のほうから駆け寄ってきたナツコが言う。
「どどど、どうしたのですかぉ!まさかもうお父様が…はわわ!!はわわわわわ!!!おしっこ漏らしそう」
「大変な事になりましたわ…グッズを格納できる場所がありませんわ…」
「そ、それはなんとかせねば…ぐぬぬ。と、とにかくキミカちゃんはまともな服を着てくださいにぃ」
「ま、まともな服って。今も十分まともだよ!」
「キャミソールとかそういう破廉恥な服着てたら『ふしだら』だって言われてお父様に、…え?えええ?あああああああああああああああああああ!!!!」
突然頭を抱えて叫ぶデブ、いや、ケイスケ。髪を掻き毟っている。何かを思い出したような感じだ。
「なに?どうしたの…」
「たた、たたたた大変な事を思い出してしまったにゃんェ」
「はぁ…」