148 七つの家 12

「どんなに罪を償っても、どんなに慰めても、過去を変えることはできない」
島田駅へと向かう電車の中でキリカは言う。
「ずっと惨劇が再生され続けてるって言ってたよね」
「そう。ずっと…。死者は死ぬ瞬間にもっとも強い念を放つ。それはアカシック・レコードのマインドブラストに似ている。物質の中に『記憶』を閉じ込めてしまうほどの強い念…そこから産み出されるモノは俗に『地縛霊』と呼ばれる」
「お祓いとかをして取り除くアレか」
「通常の人間は脳を器にしてアカシック・レコードとの接点を設けるけれども、地縛霊には脳がない。だから地縛霊には理論的な対話や説得は通用しない。あの7つの家にあるのは100年以上前に起きた惨劇の記憶…そして、その呪縛」
「電話で決着をつけるって言ってたけど、どうやってただのビデオデータみたいな記憶の塊に向かって『決着をつける』っていうの?」
「ビデオデータに惨劇があるのなら、それを上書きしてしまえばいい」
「う、上書きィ?」
「ある小説家が言った…『自分は現実に起きた事象を小説にマネることをするが、それは現実の世界があまりにも悲惨だから、せめて自分の小説の中ではハッピーエンドにしたかった。だから現実の事象をマネた上で、そのオチをハッピーエンドにしている。それが空想を描く小説家の現実に対するせめてもの弔いなんだ』って。キミカ。過去は変えることはできないけれど、人々の記憶は書き換える事ができる。7つの家の惨劇を人々に忘れ去られる以外の結末はある。それが私とあなたには可能なの」
島田駅へついた。
バスに乗り換えて、そして再び、あの場所へ到着する。
キリカは眼帯を外して、オッドアイとなっている黄色と青の瞳でジッと7つの家のあるほうを睨んだ。
風は相変わらず強い。
山肌を吹き抜ける風は竹やぶからギシギシと言った聞きなれない音を弾き出している。時々パキンと聞こえるのは圧力に耐え切れずに折れた何か、だろう。
まだだ。
まだ、奴はこない。
ここに誰か、俺達のようなアカシック・レコードに繋がれている人間が着ている時に、まるでビデオプレーヤーの再生ボタンを押したかのように惨劇が始まる。
俺達はここでこんなふうに死んだんだという『叫び』だ。
「キミカがその叫びを断ち切って。それまでの道案内は私にできる」
遠くの山々をゴォォォという音が響いてくる。
しかしひとしきり山々が鳴いた後、それはピタリと止んだ。
周囲の木々の揺れが嘘の様に停まる。
「きた」
俺は言う。
キリカは目の前でブイサインをして、ドロイドバスターに変身する。
青白い光が身体を包み込み、その下からゴスロリ調の戦闘服が現れる。
「アカーシャクロニクル・マインドブラスト」
静かにそう言うキリカ。
周囲の景色がセピア調に変化していく。
ここだけだ。ここから数メートル離れて道路に行けば、そこには県道があるはずだ。しかし今はもうそれはない。あるのはひび割れた大地と溢れ出ている様々な国の黒い文字のようなもの。…これがアカシック・レコードによって記憶を現実のシュミレーターへ変換した世界なのか?
俺はドロイドバスターへと変身した。
それを見て悲鳴を上げている人がいる。
一番奥の家のベランダにいる女だ。
いや、違うな。
俺を見て悲鳴を上げたんじゃない。
道路の方からやってきた『奴』を見て悲鳴を上げたんだ
そう。
始まった。
惨劇の再生ボタンが押された。
ナタを持った2メートルはあるかという巨大な男は手に握られた生首を俺に投げつけてくる。それを蹴り飛ばす俺。
恐怖はない。
ガキの俺は怯えて何もできなかったけれど、誰かに守られる度に、俺はどんどん強くなっていく。成長と共に、自分を守ってくれる人が居なくなる事を知ってるからだ。
それは一種の孤独のようなものだった。
だけれど同時に俺と一緒に居てくれるものもいる。
だから怯えは静かに消え去った。
空気がシンと静まり返る中、悲鳴だけが周囲にある。
住民たちは中央広場にいる俺達を避けるように道路へと逃げていく。
あの夢の中で殺された『俺』も両親に連れられて逃げる。
「かかってこいよ」
ブレードに手を添える。
奴は猟銃を手にし、俺に向かって放つ。
弾き飛ばす。
怯む男。
逃げようとする。
「逃がすかよ…」
俺のブレードは普段は裏手持ちをするが、防御する必要がない時は表持ちをする。剣道と同じ持ち方だ。そして、それを重力に任せて思いっきり振り下ろした。
男の肩から腹にかけてブレードによる傷が入る。
血が噴き出て内臓を撒き散らす。
道路のほうにはクレヨンを持った男の子が居た。
俺の姿をじっと見ている。
その俺の前で、殺人鬼は身体横たわらせた。
何かに安心したかのように、男の子とその親は黒い文字の塊となって風と共に消えてしまった。そしてセピア調の周囲の景色はどんどん色を取り戻し、現実の世界が広がっていく。
あの7つの家もその色を本来の薄ぼけた汚らしい廃墟のソレに戻される。
一瞬の静寂の後、風が強く吹いた。
いつもの山に戻った。
「終わったようね」
ブレードを締まって変身を解く俺。
「うん」
同じく変身を解くキリカ。
霊感というものは俺にはおそらくないのだろうが、そんな俺でも今この時の空気が変わったことを感じた。ここには何もない。誰かが生活していたという記憶も、惨劇が起きたという記憶も、俺達がここで過ごした僅かな時間の記憶も。
全てを俺が断ち切った。
「さすが私が見初めた『ダークフレイムマスター』闇の炎で全てを、」
「はい、はいストーップ。それはやめて」
「…」
結局、この1件からケンジは意識を取り戻した。
ケロっとして何もかもを忘れていたか、と言えばそういうわけでもなく、俺と同じ、殺される夢を見たんだと言っていた。彼の家族も同じくだ。
でも、もう誰かをそんな惨劇の記憶の中に閉じ込めてしまうこともないだろう。
暇な学生達がその時間を弄ぶためにここに来てワイワイ騒ぐことはあるだろうけれども、それはもう閉館を迎えた映画館に名残惜しそうに居座る客のようなもので、どう頑張っても再び再生されることなんてない。
主演のキャストは既に解散して、還るべきところへ還ったのだから。