160 叔母を探して3000里 8

幼女その2はスタスタと中へ入っていく。
時折ジャンプしているので地面に何か障害物が転がっているであろう、ということはわかる。
しかし…しかしだ。
この幼女その2…そうとう目が良いんじゃないか?
殆ど暗闇に包まれているところで赤外線スコープだとかサーマルとか無しにヒョイヒョイ進むなんて。
いや、本当に俺とファリンは幼女その2の後をちゃんと追っているのだろうか?霊的にこの場所がヤバイと幼女その2が言った瞬間から、俺は奇妙な世界の入り口へと入ったのではないか?どこかのタイミングで幼女その2は奇妙な世界の住人と入れ替わっていて本物はまだエレベーターホールの前にいる…ってオチはないだろうな?
ファリンも同様で、俺の袖を掴んで離そうとしないし、電気アンマの如くその手もブルブルと震えている。
「この場所を所有していた日本人は『明智誉(あけちほまれ)』という男じゃ。ワシは情報を集めた事もあってな、後でわかったのだが、そやつは日本で何かを研究していた際に学会を追放されたらしい」
「人に危害を加えるような事、してたか?」
ファリンが問う。
「そこまではわからん」
俺もついでに質問する。
「ここで何らかの実験をしてたとして、どういう理由でその実験がバレて追い出される事になったの?」
「ん〜…ワシも調べたが、追い出されたわけでもないんじゃがの、これが。何か問題を起こしたわけでもないし、ただ、人体実験をしていたという怪しげな噂が広まる前からこの階近辺では霊的な現象が起きておって、そして明智という男がここを去ってから、改めてこのフロアに興味を持った住民達が出入りするようになって、『やはり怪しげな実験をしておった』と噂が真となったのじゃ」
幼女その2が機械のコード類が集まっている半開きの扉の前に立つ。そして、俺達に向かって言う。
「この奥がその現場じゃ。心の準備はいいかの?」
静かに俺とファリンは頷いた。
扉が開く。
空気が…変わった。
扉を開いた瞬間から、扉の奥から俺を含めて、俺の背後まで全部。
空気が入れ替わった。
さっきまで明かり一つなく、破壊されたビルの瓦礫の隙間から届く太陽の光だけが頼りだったのだが、照明がついたのだ。
いや、既に扉を開けた時から照明がついていた。
てっきり幼女その2がつけたんだと思った。
でもそれにしても不自然だ。
転がっている機械は全てスイッチがオンになっており時折カタカタと音を立てて稼働している雰囲気がある。
「え?なに…これ?」
俺が言うが誰も反応しない。今しがた幼女その2とファリンが側に居たと思っていたのに、誰もいない。
おいおいおい…。
おいおいおいおいおいおいおいいいいいい!!
冗談はやめてくれよ!これなに?!ドッキリなの?!
俺を芸人に見たてて廃墟にひとりぼっちにさせて反応をカメラで観察するとかのオチなのぉぉぉぉぉぉ?!
…。
話し声が聞こえるよ?
おいおいおいおいいいいい!!!
何かいるって!ヤバイって!!
でも何か、俺に好奇心を出させてくる何かが俺の足を進める。
まるでホラー映画の主人公がかなり高い可能性で殺されるかもしれないと理解しておきながらも、ストーリー上は怖いもの見たさ、映画上はストーリー展開の都合で恐ろしい場所へと進むように。
「ある種の生命に置いて、共通の重さだけ、死んだ時に総重量が軽くなるのだ。ヒトの場合は21グラムだ。大人も、子供も」
その声は弾んでいて喜んでいるかのようにも思える。
装置の間を忙しく行き来しながら一人の男が言う。
…。
どこかで見たことがある。
いや、俺も、俺自身の記憶が信じられない。
中国の重慶という日本から遠く離れたところで自分の記憶の片隅にある顔の一つを思い出す事になるとは…でも何故?
俺の過去に紐ついた記憶には、山口大学である講義を聞いている最中にロシアのテロリストが襲撃してきて教授を殺したのだ。
その教授の名前と顔が、今、俺の目の前に繰り広げられている光景にリンクした。
そう、明智誉(あけちほまれ)に俺は会ったことがある。
あの時、襲撃で殺された男だった。
名前と顔を覚えない性格なのでよほど重要な位置にいる人間でない限り、先入れ先出し法でどんどん忘れていってしまう。もうコンピューターのスタックエリアじゃね?っていうレベルだ。
え?お前の頭が悪いだけだろって?
意味のないものは覚えないのは頭がいい人の特徴なんだよ!!
でもさっき名前を聞いた時にピンと来たんだよな、マジで。
クソッ、すっかり忘れてた。
いや、でも、仮にその記憶と今の光景が紐ついていても、まず説明出来ないじゃないか。明智教授はロシアのテロリスト…つまり、ヘカーテというドロイドバスターの襲撃によって死んだんだ。
じゃあ、ここにいる男はなんだ?
その時だ。
男が俺のほうへと向かってくる。
顔は半笑いで狂気に満ちあふれている。
俺の近くに置いてある機械に用事があるようなのだが、その時、どうして明智教授がここにいるのかわかった。
明智教授は俺なんかを無視して機械を触っている。俺を通りすぎて、機械を触っている。普通に考えたら部外者が研究室内に、しかも何か違法な事をやろうとしてる研究室内にいるんだから、警備員を呼ぶなり悲鳴をあげて逃げまわるなり、少しは反応してもよさそうなものだ。だけれど彼は俺を無視している。
そうじゃないんだ。
そうじゃない。
彼は存在しないのだ。
無視してるんじゃなくて、彼は存在しないんだよ。
これは俺の彼女であるキリカの扱う幻影にも似てる。アカシック・レコードのマインドブラストの能力…さっきの空気の入れ替わり、雰囲気が一気に変わったのもそれが原因だ。
これは…この場所の過去…なのか?