160 叔母を探して3000里 7

俺達は幼女その2に案内され、エレベーターホール前に居た。
こういった巨大ビルは日本だろうと中国だろうと、物資運搬用の巨大エレベーターが設置してある。日本の高層ビルの場合は安全性の面からかモーターとケーブルによるレガシーなエレベーターではなく、反重力装置による押し上げ形式になっている。
では中国の場合はどうか?
レガシーではないか…一番気になるところはそこだが、
「うわぁ…ケーブルが見えてるゥ…」
エレベーターホール内で天井近辺を見上げて俺はそう言った。
レガシータイプだ。
過重時に千切れてそのまま落下するパターンの事故が中東だとかで起きていたっていう…同じエレベーター会社らしいな。
しかも、エレベーター内が広いからか、どっかのバカが家具やらを持って入って生活している雰囲気すらある。さすが中国だ。エレベーター内で生活するなんて日本では乞食でもやらない。
「しかも洗濯物とか干してるゥゥ…」
エレベーター内の家具類が密集してある場所は紐がいくつも掛けてあって洗濯物が干してある…なんて生活感のあるエレベーター。
「ツッコミどころが多すぎて疲れるな…」
幼女その1が言う。
エレベーターが動きだす。
エルナは不安な面持ちで幼女その2に聞く。
バックパッカーが連れ去られて、その後は何をされてるんですかァ…?もしかして、手足を切断されて夜市でダルマとして売られたりとかするんですかァァッ!!!」
後半は半泣きである。
「ダルマっていうのは何なの?」
俺が聞くと、怯えているエルナの代わりに幼女その2が答える。
「逃げたり反抗したりしないよう、手足を切ってから処置を施して性処理の道具として使うのじゃ」
って幼女がそんな言葉を使うなよ…。
まぁ俺が想像していたのと同じだな。
「しかし、日本女でバックパッカーで一人旅をするような輩は、失礼じゃが顔やスタイルに優れているわけではないんじゃよ」
「本当に失礼だな」
幼女その1がツッコむ。
「じゃ、じゃぁ、ど、どどど、ど、どうして日本人だけ、ね、狙ってさらわれてるんですか?」
震える声でエルナが言う。
「連れ去った人間が日本人だからじゃよ。フヒヒヒ…知る者がいない遠く離れた異国の地で一人旅をしている女は、例え相手が『日本語が通じる』だけの理由でも十分に気を許すんじゃろうて…」
なんだかそのシチュエーション、今の俺達と酷似してないか?
偶然にも見た目的には女ばっかりのパーティだしな。
俺は中身が男だけど。
「ひぃぃいいぃぃぃぃ!!!わ、私を連れ去ったりしようと思ってるんですかァァァッ!!!」
俺もそう思っていたよ。
幼女なのにジジババ言葉を使うし、なんか怪しい。
「失礼な…せっかくワシが『高くて美味しい料理』をごちそうしてくれたお礼に、他の誰も立ち入る事もなく口に出すこともない曰くつきの場所に案内してやろうとしてたのに」
「あ、ごめんなさい」
そうこう話をしているうちに、エレベーターは地上から随分と離れた256階というフロアにたどり着いて、重々しい音を立てて巨大な扉が開いたのだ。そして、俺は、俺達は、白い目の視線を背中に感じながら、エレベーターの外へと出た。
曰くつきの場所。
おそらくこのビルに住む、しかもエレベーター内に住む人間からすれば、どの階にどんなものがあるのか、どういう事が過去に起きたのかは知っているだろうから、俺達のとった行動が彼ら彼女らから見れば怪しい以外の何者でもない事を言うまでもない。
エレベーターを降りた先には他の階とは明らかに違う構造だった。
このビルが建てられた時から設計されているとしか思えない。フロア全体が個人所有になっているのか?天井も高く、荷物を運搬しやすいように運搬用ドロイドがガイドとして使う磁気状のテープのようなものが廊下に貼り付けてある。その延長線上には、今しがた何かを運んでいたかのように思えるドロイドがその途中で停止している。
居住区として造られたであろうフロアはところどころにワケのわからない機械やらパイプやらが張り巡らされてある。
その時、強い風が吹いた。
誰かが窓を開けたというレベルじゃない。
窓どころか壁が全部取り払われて、風が吹き込んでくるような感じだ。いや、実際に爆撃にでも曝されたかのように壁が吹き飛んでいる…外側にだ。外から爆撃されたら瓦礫は内側に飛んでくるのが物理法則だから、瓦礫が外に向かって飛んでいるから内側から爆発したのか?
さすがは中国だな、ビルも年季が入ると爆発だ。
「その人さらいはさらってから何をしたのだ?」
幼女その1が問う。
「ワシは化学には疎く、何をしたのかを口で説明できんのじゃが、何かの実験をしていたという話は聞いておる」
「じ、人体実験ですかァァッ!!!」
泣きそうな声で叫ぶエルナ。
実験ならこのフロアにある意味不明な機械にも納得がいく。
スタスタと廊下を歩みながら幼女その2は周囲が抉り取られたかのように破壊されている、とある部屋の入口の扉に着く。
「お主ら、霊感を持つものはおるかのぅ?」
突然そんな事を言うのだ。
「な、何が言いたいのだ?」
恐る恐るクマのぬいぐるみの中の幼女その1が問う。
エルナが思い出したように言う。
「そういえばさっき、私達がこのフロアに出る時、エレベーターの中に住んでいた人が急いで『閉じる』ボタン連打してましたァ!!絶対に曰く付きの場所ですよねェェ?!そうなんでしょォ!!」
続けざまにファリンが言う。
「さっきエレベーター内に住んでいた人、『どうしてその階で降りるのか、どうなっても知らない』と言ってた。とても恐れている」
などなど言うのだ。
おいおい…段々怖くなってくるじゃないか…勘弁してよォ…。
幼女は答える。
「この階からは異界のものが寄り付いておる…らしいのじゃ。ワシは霊感がないのでわからんのだが、そのあたりがビンカンな奴は入らないほうがえぇぞい。エレベーターのところで待っとれ」
この廊下、電気が来てないのか外から差し込む太陽の光ぐらいしか照らすものがない。そんな中で幼女その2が話すから、どういう表情でその台詞を言っているのかがわからなかった。
冗談で言ってるのか、本気なのか。
だが、霊感っていうのは相手がどう話すのか別。好奇心旺盛なファリンを除いて、幼女その1とエルナは颯爽とエレベーター前まで撤退しやがった。もちろん、俺も行こうとは思ったのだが…。
「キミカさん、あなた、ドロイドバスター。何かあったらあなたが居たらダイジョブだから」とファリンが震える声で、俺の袖を掴んで逃がさないようにしてきやがった…。
「何かあったら…あたしも逃げるよ」
「…」