138 石見圭佑 6

「ケイスケは映画のチケットとテロが起きるタイミングから推測して、俺があそこでテロに巻き込まれるって思ったんだな…」
テロを止める事はケイスケには出来なかった。
それはイジメられてた自分が、そしてその時のクラスメート達が、イジメを止める事が出来ないように。
人は無力なんだ。
その事実を知ってしまえば、さらに人は無力になる。だからアメコミでは世界はそんなに残酷じゃない、ヒーローは必ずいるんだと子供達に訴えかける。一人でも多くの子供達に世界を諦めてほしくないから。
ケイスケも世界を諦めなかった。
ヒーローを心の中に持って。
ヒーローが現れるのを待って。
俺や両親がテロに遭い、そして死に、病院に運び込まれるのを待った。
にぃぁと共に、医者に扮したケイスケは俺の死体を運び出した。
俺の意思を聞いたあとに。
にぃぁは俺と同じく時空のドロイドバスターだ。
それはつまり、俺と同じような性格だったということだ。
何より自由を好んで、楽しく生きていたいと願っていたはず。
それがなぜ世界を否定したのか…俺にはその理由まではわからない。
アカーシャクロニクルには記録はあるけれども記憶がない。記憶は個人の感情が入っているから、アカーシャクロニクルにはなぜにぃぁが世界を諦めたのかはわからない。
これから俺が生きて行く時、諦める瞬間があるのだろうか。この身体を手にいれてまでも生から解き放たれたいと願う瞬間があるのだろうか。
「石見博士はキミカが自分と同じく世界に希望を持っている人だと信じたのだと思う。もしそうじゃなければ、もう一度暴走して、今度こそ石見博士は4神に殺されていた。自分の命を掛けてでも、血も繋がっていない誰かを信じられるというのは凄い事だと思う」
キリカはそう言った。
だが俺はもうひとつの可能性も見ていた。
前向きではないけれども、ケイスケは今度こそ『死のう』と思ってたんじゃないのかってことを。
次にやってまたドロイドバスターが諦めたら『ドロイドバスターが諦めるような世界なら自分も諦めよう』と。
それがにぃぁへのもう一つの弔いなんじゃないのか。
キリカがマインドブラストを解除する。
研究室の光の輝きが、ツリー祭りの光へと変わっていく。
冷たい風が俺達を包んだ。
キリカの前髪とマフラーの間にある青い綺麗な目が少し虚ろになって、どこか遠くを見ているようにも見える。時々こんな顔をするのだ。
まるでここに心あらず、何か遠い昔の、とても嫌な記憶を思い出しているような、そんな表情だ。
「どうして石見博士がキミカを選んだのか…私はこうしてキミカと出会って話して、その理由がわかる気がする」
「?」
「本当の強さは苦境にあらがう事じゃない。努力を努力だと思う事じゃない。全てを受け入れて自分のものにする…。石見博士はキミカが自分と異なるベクトルでの世界の見方をしている事に気づいていた。そして、それに希望を託しているんだと思うの…」
アカーシャクロニクルにアクセスできるキリカの言う事は真実味を帯びてて、それがお世辞でも真に受けてしまいそうになる。
俺はそんな人間じゃないぞ。
誰かを助けるような、だいそれた事は出来ていない。
「俺は…誰かの望みを叶えれるほど凄い奴じゃない」
「叶えてる。キミカ。キミカの生き方を見て、変わっていく人がいるんだから。人を助けるのは手を差し伸べるだけじゃない。自分の生き様を誰かに見てもらうことだって、人を助ける事になる」
「…」
「ドロイドバスターはね、信念とする思いがその属性を決めるの。情熱を信念とするのなら力のドロイドバスター。繋がりを信念とするのなら創造のドロイドバスター。探求を信念とするのなら英知のドロイドバスター。そして、自由を信念とするのなら、時空のドロイドバスター…自由はこの世から解き放たれることも意味するから、時空のドロイドバスターは殆どの場合、完結せずアカーシャクロニクルに帰結してしまうけれど、それでもキミカはこの世界に留まって自由を求めている」
…。
それからキリカは「キミカのように生きたい」と言った。
俺のように生きたい…か。
「よし」
そう言って俺はキリカの手を握った。
「?」
「俺だけの秘密の場所に案内してやるよ」
そう言って俺はキリカをビルとビルの間に引き連れて行った。
「キミカ…まさか、ここでセックスをしようとか…そういう…」
と疑いの目を向けるから俺は呆れた顔で、
「ひと目につくからここまで来ただけだ。俺がそんな節操がない男に見えるのかよ」とキリカのオデコをツンと指で突いた。
そのあと、少しキリカから離れ、ドロイドバスターに変身した。
「キミカ、いいの?女の子に戻っちゃって」
「そうじゃなきゃ空を飛べないでしょ?」
そのまま手を繋いで空へと飛び上がる。
どんどんビルが下に下に移動していく。
ビルとビルの谷間に光の河が流れている。それは車のライトとツリー祭りのホログラムや電飾の集合体だった。
「綺麗…」
キリカがそう言う。
「手を繋いで、そのまま広げて」
キリカをグラビティコントロールで維持したまま、俺も空に手を広げて飛ぶ。まるで二人、鳥のように飛んでいるかのようだ。
「凄い…飛んでる」
一応、ドロイドバスターに変身しといたほうがいいかな。
「もっと上に上がるから、ドロイドバスターに変身しといて」
「うん」
キリカは眼帯をとって、指でブイサインつくり、カラーコンタクトレンズの目の上で行う。すると身体が青白い光に包まれてドロイドバスターに変身した。
そのまま俺とキリカはグラビティコントロールによって空へ空へと高く登る。高く高く、空気が薄くなり、宇宙と地球の境界線に来るまで。
しし座流星群が地球に近づいてるから今の時期が一番やりやすいんだ」
そう言って俺はグラビティコントロールをフルパワーにして成層圏近辺にあるチリやら石やらゴミやらを地球に向けて落とす。
どんどんゴミが燃える。
流星となって燃える。
「綺麗…流れ星…」
「もうちょっと大きい奴がきたら綺麗なんだけど」
「まかせて」
「?」
「『アカーシャクロニクル・フェイト』」
え?
重力波が宇宙のほうから流れてくる、気がする。
おおぅ…しし座流星群の一部が地球に向かって来てるのがわかる。
ガンダム成層圏に突入するみたいに流星の氷の塊のようなものが赤くなりながら突入していく。
さらに巨大な重力波を感じた。
遠くのほうに結構な大きさの流星が凄まじい速さで横切ろうとしている。これをうまく地球に落とせばどっかの都市が一瞬で灰になるかもしれないし、太平洋に落とせば1000メートル級の津波が起こせるかもしれない…なわけないか。
俺のフルパワー・グラビティコントロールでもこれだけの大きさのものはピクリともしなかった。
その時、フルパワー投入してたので俺もキリカも一旦、グラビティ・コントロールの制御が切れて下へと落下する。
途中で再びグラビティ・コントロールが復帰。
落下速度を緩める俺。
「キミカ」
緩やかに落ちながらキリカが俺の名を呼んだ。
「ん?」
俺の手と指を絡ませるキリカ。
そのままキリカの顔が近づいた。
そして俺とキリカはキスをした。
柔らかい唇…その唇の温かさと周囲の冷たい空気の差がより一層キスの興奮度を高めていく。
はにかむように笑うキリカ。そして、
「やっぱりこっちのほうがいい」
そう言ってキリカの目が光る。
俺の身体が一瞬で男になる、と同時にグラビティ・コントロールが切れる。落下しながらも、キリカは俺に抱きついて、そして唇を重ねてくる。折れてしまいそうな細い腰に手を回してきゅっと抱きしめると、キリカも俺の背中に手を回して抱きしめてくる。と同時に、くすぐったい鼻息が俺の顔にかかる。
男としての『初めてのキス』だった。
このままずっと続けていたいけどそれは死を意味する。再びドロイドバスターに変身してからグラビティ・コントロールで落下を緩やかに止めた。
キスは初めてじゃないのに、俺は、顔を真っ赤にしてドキドキが止まらないでいる。落下する時に命の危険を感じたからか?
いやいや、そんなはずはない…。
俺もキリカも顔を赤らめたまま、二人、ゆっくりと地上へ帰還していった。