94 Dの食卓 1

『スターバッカス・カフェ』という喫茶店がある。
通称『スタバ』は若者達の間では他のカフェとは違ったイメージで認識されている。他のカフェがちょっとした息抜きで訪れる会話のスペースであったり、Coffeeを楽しむスペースであったりするのに対して、スタバではパーソナルコンピュータを楽しむスペースとなっている。
これはスタバが全席で電源ユニットやネットワークジャックを設置しているパーソナルコンピュータユーザを意識した作りになっており、それがここ100年は守られている伝統だからだ。スタバと名乗るカフェは電源ユニットとネットワークジャックを持たなければスタバと名乗るべからず。その2つ無くしてスタバにあらず。
スタバに似た店はアキバにもある『リナカフェ』が存在していて、実は大きな都市では『ご当地リナカフェ』という地方ごとに店員のアンドロイドのコスチュームが異なるカフェがあるんだけども、それはあくまで日本限定のカフェである。スタバは全世界チェーンだ。
前にも話したが、俺は無類のデジモノ好きであって、ドロイドバスターになる前(とても普通の高校生)は、お小遣いは雀の涙ほどしか無かったから何一つデジモノを買うことが出来なかった。だからスタバにも入店することすら出来なかった。
もちろん入店することは可能なのだが、デジモノを何一つ持たずスタバに入店するのは、ゴルフ場に入った後に「ここは何をするところでしょう?」と言いつつ、芝生の上で敷物を広げたあげく、弁当を食べ始めるレベルの無知に匹敵する。そんな奴にはいつゴルフボールが飛んできて眼球に直撃して失明しても仕方ない。
ドロイドバスターになった後は軍や警察に仕事をこなす事で若干お金は貰えている。そのお金を使ってデジモノを購入してるのだ。しかもこだわりのアメリカ発売限定品とかコーネリアに頼んで買ってきてもらてるんだ。コーネリアはアメリカにしょっちゅう帰っているわけじゃないので多分米軍の人が代わりに買ってきてくれてるんだと思う。
aiPhoneやらaiPadなどを購入したから俺はその時点でスタバに行くことができたんだけどあえてこらえていた。スタバでは『MapBookAir』を使うことが定番とされているからね。
『MapBookAir』…それは現代の技術を集結させた究極のデジモノなのだ。量子演算ユニットに加え、ホログラムユニットやSirix456ネットワークテクノロジーによる毎秒1テラバイトの高速データ転送…。ビジネスシーンにおいても趣味においても、これらの性能が十分にクリエイティブな人々の神経を刺激して可能性を広げてくれる。
ちなみにこれもMapple製品。
亡きジョブズの残した偉大なる製品の一つだ。
中身の性能だけでも十分に競争力はあるのだけれど、Mappleが過去200年に渡って築き上げているのは中身だけでなく外側。スタイリッシュなデザインと高級感あふれる材質。あまりにも鋭利で硬度があるため、包丁としても使用可能だという噂だし、銃弾すら弾き飛ばす硬さがあるらしい。たしか宇宙船の外側と同じ材質じゃなかったかな。
さて、偉大なるMapBookAirの説明はこれまでにしよう。実は俺はこの究極のノート型パーソナルコンピュータを持って今日はスタバに着ている。晴れて俺もスタバのMBAユーザの仲間入りを果たしたのだ。
さっそく店員の待つカウンター前に行き、注文をしておく。
「いらっしゃいませー!店内でお召し上がりでかァ?それともお持ち帰りですかァ?」って聞いてくるけど、俺のこのバッグの大きさを見て気づいてくれよォ!!お持ち帰りなわけないじゃんか!MBAをこれから楽しもうとしている人がお持ち帰りするわけないじゃん!
「店内でお召し上がりです」
「はい、かしこまりましたァ!メニューはいかがなさいますかァ?」
さて…何にするかなぁ、なんちって!
既に決めてあるよォ!事前に調査済みなのさぁ!!俺は以前からスタバに来た時は注文しようと思っていたメニューを店員に言う。
「え〜っと…クワトロベンティクラシックキャラメルバニラアーモンドヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラチョコソースエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノ」
「はい!ご注文を繰り返させて頂きます。クワトロベンティクラシックキャラメルバニラアーモンドヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーパッションフラペチーノですね!」
「え〜っと…違いますよ、クワトロベンティクラシックキャラメルバニラアーモンドヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラチョコソースエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノです。チョコソースとゆるめマンゴーが抜けてますよ」
「はい〜申し訳ございません、復唱させて頂きますゥ!クワトロベンティクラシックキャラメルバニラヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラチョコソースエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノですね?」
「あら…今度はアーモンドが抜けてますよ?クワトロベンティクラシックキャラメルバニラアーモンドヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラチョコソースエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノですよ」
「申し訳ございませーん!復唱させて頂きます!クワトロベンティクラシックキャラメルバニラアーモンドヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラチョコソースエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノですね?」
「はい、クワトロベンティクラシックキャラメルバニラアーモンドヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラチョコソースエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノです」
「1570円になりますゥ!」
「はい」
「2000円お預かりしますゥ!430円のお釣りです!オーダー入りますゥ!クワトロベンティクラシックキャラメルバニラアーモンドヘーゼルナッツアドジェリーエキストラチョコレートチップエキストラチョコソースエキストラキャラメルソースエキストラホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノ一つ」
まったくやれやれですねぇ。
メニューぐらいちゃんと覚えててくれなきゃ困るヨォ。
さて、この時間はまだ店内に人はいないな。
俺は半二階になってるテーブル席に腰を下ろした。ここは雑誌などでスタバが紹介される時は必ず写真に映される場所で、本棚が沢山並んでてあたかも図書館にいるかのような印象になっている。ここは店内を展望出来るし、後ろには本棚があるし、ここにMBAを置いて使うと否が応なしに知的な人間に見られるでしょ?ククク…。
知的な人間に見られる…。
フッフッフ…ついつい本音が出てしまったよ。
ある人は「MBAを使うのならどこの喫茶店だろうと作業は捗るじゃないか」と言い、ある人は「こんな本棚があるような喫茶店なら本でも読んでたほうが知的だよ」と言い、ある人は「別にスタバじゃなくても知的に見えると思う」などと見当違いな言葉を並べる。
何故、今、スタバなのか?何故スタバでMBAを使い、そのバックには本棚が無ければならないのか?
その答えを日本人が自らの口を使って誰かに説明することはまず無い。日本人には自分自身を良く見せようとする考えは『恥』になるからだ。そう、知的でスタイリッシュで、美しく見せる事は恥。
その『恥』は日本語では『恥』と表現はせず、独特の表現方法を使う。人はそれを『ドヤる』と呼ぶ。
『ドヤる』とは何か…?
それは自己顕示欲丸出しで、目立ちたがりであり、自慢したがりであり、収入の多い少ないに問わず身だしなみに気遣い、時にはドヤラー同士で貶し合い、褒め称え合い、互いの自己顕示欲を磨き、ドヤラーを駆逐せんとする嫉妬野郎を協力して駆逐し、このス(エ)タ(デ)バ(ン)を維持する番人のような存在なのだ。
そう、俺のようにね!!
「ご注文の品、クワトロロ…ロロン…ベ…ベ…ベンチぃ?クラシャックキャラメルクラッチ・バニ、バニ…バニ…バニラアーモンド、へぇぜるなっつあどじぇりー…え〜…え〜…っと…エキ…エキ…エキストラチョコレートチップエキストラエキストラ…チョコソース…あれ?これ読んだっけ…えっと、エキストラ…エキストラ…チョコソース、キャラメルソース、エキストラ…またエキストラか…エキストラ…エキストラって何回エキストラ言わせんねん!(空をドツく)…ホイップエキストラシロップノンティーゆるめマンゴーパッションフラペチーノをお持ちしました!ご、ごゆ、ごゆっくりお楽しみくじゃさい!」
「はい、ありがとう。新人さん?」
「あ、はい!」
「頑張ってね(ニコ」
「はーい!」
まったく、この店は新人の教育がなってないなー!