122 ハード・ターゲット 2

俺達は警察署の中の鑑識課へ来ていた。
押収したノートパソコンを調べるためだ。
鑑識で調査する際にはパソコンの中のデータを一旦は全部抜き出して保存した後、パソコン、それから抜き出したデータの双方を調査するらしい。勿論パソコン内を直接操作するほうが情報の発見は早いんだけども、既に削除されたデータなんてのがあったりして、それらの痕跡も調べなきゃいけないわけだ。大変なんだね。
「どうだ、終わりそうか?」
バトウはここにも知り合いがいるらしい。馴れ馴れしく鑑識の女性に話しかける。年配でバトウよりも年上に見えるその女性は、
「今始めたばかりよ。そんなにすぐに終わるのなら鑑識はいらないでしょうに」と疲れた声で応対した。
「まぁそんなツレないこと言うなって」
歳上なのにこの態度…。
「それより、このノートパソコン、使われた形跡はあるのにキーに指紋が一切ついてないわね。さっきうちの若いのが見つけたんだけど…」
「ほぉ…そりゃぁ怪しいな。使ってた奴は手袋でもしてたのか?」
「それか、サイボーグ化してるかのどっちかね。データの抜き出しは終わってるから調べてもらってもいいわよ。急ぐのなら」
そう言われた。
俺達4名は誰がパソコン使えるか議論をする。
「あぁ、ごめん、嫁さんは使えるけど俺はダメだな」
とトズサ。おいおいおい、今時パソコン使えないって大丈夫かよ。
「ごめん、あたしも無理。電脳で直接接続するタイプのはいいけど。それってUindowsでしょ?無理無理。使えないわ」
とミサカさん。今は多いんだよねー。電脳化してて直接制御はできるけどキーボードのキの字も知らない人。
「悪いが俺はそういうデジモノはダメだね。俺はあんてぃぃーくなものに凝ってるんだよ。真新しいものは受け付けなくてね」
などと言うのはバトウ。
「これだって十分あんてぃぃーくだよ?」
Uindowsの5年かそこら前のバージョンじゃん。
「そういう意味であんてぃぃーくじゃねーよ。電気が走るものはもうあんてぃぃーくの分野から外れてんのさ」
というわけでもうあと一人、俺しかいない。
「あ、あたしはUindowsとかダサいOSのパソコンには触りたくないな。手が腐るよ。目も腐るし。耳も腐るかも」
「『触りたくない』であって『触れない』わけじゃなんだよな」
「いや、『触れない』。宗教的な理由で」
「ほほぅ…Mapple教か」
ここでトズサが間に入ってくる。
「これは仕事なんだから個人の主義主張はまた今度聞かせてくれ。今は情報をこっから抜き出さなきゃいけないんだよ、なるべく早く」
「はいはい…」
くっそォ…仕事とはいえ、こんなダサいパソコンに触らなきゃいけないなんて…なんだよこのツルツルのテカテカのキーボードは。人が触ってないどころじゃないぐらいに油まみれじゃないか。うわぁ…キーボードの間に埃がぎっしり詰まってるぞ。これは独自の生態系が形成されてそうだな。俺が触ると埃の中で生きてる生物に害がでるような…。
「まるでウンコに触れる時ような顔してんな」
「えと、これ手袋してもいい?」
「なんだ?指紋がつくのを気にしてんのか?大丈夫だぞ?もう採取終わってんだから、お前がパソコンに触ったことになって裁判の証拠として使われたりはしねーよ」
「いやそうじゃなくて…ウンコ(Uindows)に触れる時は誰でも手袋するでしょ!」
「…また宗教的な理由か…」
俺は鑑識の人に手袋を貸してもらってキーに触れる。
「とりあえず、メールを見てみて」
ミサカさんの指示に従ってメールを見てみる。
「中国語で書かれててわかんない…」
「このカギのマークのアイコンは何なの?」
「あぁ、この貼付されているもの?これはログインID情報だよ。この中に暗号化キーが入ってて特定のサイトにログイン出来るの」
「デスクトップメニューに何かない?」
「えーっと…中国語で書かれててわかんない…」
「この旭日章みたいなマークのはなんなの?」
旭日章…?」
俺が首を傾げてると、
「日本の警察のロゴマークじゃないか」
トズサがミサカさんをフォローする。
なるほど、どっかで見たことがあると思ったらそれかー。
「…なんでここにこれが?」
「これを実行してみてよ」
ミサカさんが言うので俺はウイルスなどが仕込まれていようがそんなのは無視でとりあえず起動してみる。
ログイン画面になった。
それからは自動でIDとパスワードが入力されていく。っていうか、さっきのログインID情報がそのまんま使われているような感じだな。しかも接続がちゃんと成功して警視庁のサイトにログオンできてるし。どうなってんのこれ?
「なんかハッカーにでもなった気分だねー。よーし、あたしの犯罪履歴を全部消しちゃうぞォー!」
「犯罪履歴があるの?」
「いや、ないけど。もしあったら消しとこうと思って…」
などと俺とミサカさんが話をしている最中も、トズサもバトウもぽかーんとしたまま、そのサイトのデータを見ていた。
「どうしてこうもあっさり警視庁のデータベースにログイン出来るんだ?」
最初に口を開いたのはバトウだった。
「そりゃ、あたしが天才ハッカーだからでしょ!」
なんて言ってみるがスルー。
「大変なことだぞ…これは…連中は警察関係者の個人情報をいとも簡単に手に入れることが出来るってことじゃないか」
トズサが震える声で言う。
「ちょっとキミカちゃん、このIDの情報は見れる?」
「え〜っと…ちょっと待ってよ。普通のサイトと同じつくりにしてるのなら、個人情報…と」
名前の欄には「榎本忠義」と出ている。最近聞いたことがある名前だなぁ、って、この人、ラブホテルで死んでた警察OBの人じゃん。
「バトウ、これ、あんたの知り合いじゃないか?」
トズサが言う。
「あぁ…俺も驚いてるよ。どっかでこのIDが漏れたんだな、警察手帳の中にも同じデータがあるからな。っていうより、OBのデータがまだデータベースに残ってるほうが問題だぜ?」
「警視庁のミスだな」
ミサカさんが俺に言う。
「ねぇ、キミカちゃん、このIDでのアクセス履歴は見れる?」
「あぁ、うん」
同じ要領で、このアカウントでのトランザクションログを…と。ふむふむ色々と検索やらをしているっぽいな。
「名前で検索かけてるね」
「今まで殺された人達の名前はある?」
それにはトズサが答えた。
「あぁ、一致してる…いや?この最新のアクセスログにある名前は違うな。羽柴信義…誰だ?バトウ、知ってるか?」
「いや。ネットで検索してみるか…ん?ちょっと待て、今オヤジから通信が入った…」
嫌な予感がする。
「まずいな…まただ。パイプ爆弾らしいものが使われたらしい」
「もしかして、この羽柴信義って人が…ターゲットになったのか?」
「まだ犠牲者が不明だ。オヤジの話だと5人は死んでるそうだぞ」
「もう見境なく殺してるな…」