122 ハード・ターゲット 1

岸田を連行してからはトズサが取り調べを行なっていた。
それをビデオ越しに俺とバトウ、ミサカさんの3人が見ている。
中国で内戦の状況をカメラの映像として収めながら、現地の兵士や市民の話を記事にするという仕事についていた岸田は人民解放軍として戦っていたリウと出会って恋に落ちたらしい。
しかし、相手は外国人であることに加え、内戦で反政府側の人間達と戦っている兵士、日本でリウと一緒に暮らすなどという事は夢物語でしかなかった。
幸いにも岸田はジャーナリストとして中国の内情を世界に提示するだけの技能も権利も持っていたので、反政府側、政府側、双方にコネクションがあり、いわばスパイのような活動もやろうと思えば可能だった。
そこへ目をつけたリウは岸田を利用して反政府側の情報を得て、戦闘を有利に運んでいたようだ。
ある程度、反政府側の勢力も弱まってくると岸田のスパイとしての活動もそれほど重要ではなくなり、リウは岸田との関係もそれほど重要とはしなくなってきた。いわゆる用済みで捨てられた状態だ。
それを察した岸田はいつかリウと日本で一緒に暮らしたいという夢を持ちながら、日本へと帰国して、戦地で撮影した写真を本するなどの本業をして過ごしていた。台湾でリウが何かをやらかしたのを知ったのは、突然リウから連絡があってからだった。
マスコミからの情報で、リウがメイ・リュウと呼ばれる台湾で知名度の高い人物を殺した事は伝わっており、連絡があってからはもう日本へ逃げてかくまって欲しい、という意味であると岸田は察していた。
今を置いてリウと一緒になれるチャンスはない、そう悟った岸田はリウの言うとおり、日本への手引きをする。
しかし、リウは単純に岸田とのコネクションを利用して日本へ逃げただけだった。
逃げ切るやいなや、活動資金が欲しいからと知り合いに金持ちの人間は居ないか岸田に聞いてきたらしい。
中国の内戦では反政府側の人間を殺したりレイプするような事は行なっているのは知ってはいたが、まさか同じような殺戮を日本で行うとは知らず岸田は軍事評論家であり、知り合いであった梶本白水氏を教える。最初の世田谷の一家惨殺のターゲットとなったのは梶本氏だった。
それ以降の話は警察から聞かされただけで、何が起きているのかはもう岸田の知るところではなかった。
「じゃぁどうして警察関係者が殺されたのか、それは知らないって事ですね?」とトズサは岸谷聞いている。
「わかりません…」
「次にリウが狙っているのが誰なのかも知らない…と」
「はい…」
そこで一旦は取り調べは終了となった。
岸田のいなくなった取り調べ室で俺とトズサ、ミサカさん、バトウの4人は次のターゲットが誰になるのか議論をしていた。
「私も女だから彼女の気持ちはわかるわ…好きな人と一緒に居たいだけなのよ。自分が利用されてるとわかっていても信じちゃうのよね…これが恋の力なのね」
なんてロマンチックに語っているのはミサカさんだ。
「そのせいで殺された人にとっちゃぁ迷惑な話だよ!死刑だよ死刑。岸田のおばちゃんは死刑」
そう俺が返す。
「お前は街でタバコをすってる奴がいても死刑って叫びそうだな」
そうバトウが茶化す。
「当たり前だよ!死刑だよ!死刑!」
「じゃぁアレだな、アニメオタクとロリコンも死刑にしないとな…いや、そうなると日本の人工がほぼ半分になっちまうな…」
「それはダメだよ!日本のサブカルチャーなんだから!むしろ非アニメオタクと非ロリコンを死刑にしなきゃ!」
話が熱くなる前にトズサが割り込んでくる。
「二人共。今は捕まえた犯人がどうなるかについて議論してる場合じゃないでしょ。次にターゲットになるのが誰なのかを見つけないと」
「そうよ、二人共」
などと、ミサカさんまで言う。
「犯人っていったって、もう主犯は捕まえたんだから吐かせればいいんじゃないの。リウの居場所を」
俺がそう言う。
「お前まだ岸田が主犯という線を疑ってるのか」
バトウがにやけながら俺を小突いて言う。
「どういうこと?」
ミサカさんが問うと、
「いやな、キミカ嬢理論で行けば生物学的には男ってのは女の言うとおりに動くもんだから、リウが岸田に動かされてるってことになるんだよな。なぁ?」そうバトウが俺に言う。
「そうそう。女が悪い」
俺は深く頷きながら言った。
トズサは意外にも俺の意見には真っ向からは反対しなかった。
「確かに最初の世田谷の事件にしても、ラブホテルの一件にしても、犯人は殺しを楽しんでるような感じがするんだよな。レイプだってしてるし。だけれどターゲットはちゃんと選別してる」
それに対して俺はうんうんと頷きながら、
「犯人は熱しやすく冷めやすい性格で、欲望に忠実で、短絡的思考の持ち主だね。獣とおんなじ。それがわざわざ警察関係者にターゲットをしぼって殺してるってことは誰かに指示を受けてるって事じゃん?殺し方は問わないけども誰を殺すのかはリストがあるような気がする」
と言った。ドヤ顔で。
俺のドヤ顔が気に入らなかったのかミサカさんは反論する。
「いくらなんでもちょっと理性がかけるじゃないのよ。親の前で子供をレイプしてから殺してるのよ?そんなことを楽しんでやるなんて常識じゃぁ考えられないわ。何か意味があるのよ」
「ミサカさんは生まれがいいからわかんないんだろうけど、底辺の人間は本当に考え方を疑うようなのが多いよ。そういうのを民度とか言ったり、マスコミなんかは綺麗に言葉を濁して『国や文化が違うから』と言うけど、ようは人は堕ちるところまで堕ちると獣のようになるってことだよ。そんな人達に平和な場所で育った人が節度を求めるなんて無理な話だし、まして更生させるのなんて無理無理。死刑だよ死刑」
やっぱり間にトズサが入ってきた。
「だからー!二人共。今は犯人がどういう罪に問われるかとか更生が云々の話をする場じゃないってば。次に誰を殺すのかだよ」
そんな会話をニヤニヤしながら聞いているのはバトウだ。
気に入らないのかトズサは、
「バトウ、あんたはどう考えるんだ?」
そう質問する。
「俺か?俺はなぁ、キミカ嬢に賛成だぜ。ただ、岸田が指示を出してるっていうのはちょっと疑問符だがな。女ってのは狡猾なように振る舞うが感情や欲求に左右されやすいもんだぜ?裏で誰かが動いてるのなら中国政府だとかじゃねーのか?で、トズサ、お前はどう考えてんのよ?俺に聞いたからには自分の考えも持ってるって事だよな?」
「俺は…まだ答えが出ていないよ。犯人がどういう理由で人を殺してるかなんて…親の前で子供をレイプして殺すような人間が考えることなんてわかりたくもない。ただキミカちゃんが言うように岸田が指示を出している可能性はないと思う。さっき事情聴取したけどとても嘘をついてるようにも見えないし、リウを庇っているようなふしもあったからね。接点が見えないんだよな。リウと警察の」
ふとバトウが俺の顔を見て、
「そういや、あの廃屋にあったボロいノートパソコン、アレはまだ調べてなかったな?何か情報が見つかるかもしれんな」
「あぁ、そういえばそんなのがあったね。ターゲットのリストとかあるかもしれないね」
とりあえずは押収したノートパソコンを調べることになった。