11 藤崎紀美香は静かに暮らしたい(リメイク) 3

3時限目、体育。その前の休憩時間。
キャッキャウフフの声達が響く更衣室。
そろそろ女子の裸にも慣れつつあった。
俺のように2次元の世界から飛び出してきたかのようなベストスタイルならともかく、高校生の女子はクラスで4分の1ぐらいしかそれに近づけるようなスタイルの良さはない。残りは子供かおばちゃん体型。
おばちゃん体型っていうのは失礼かな。
健康的に太っている。
これが大人になっていくに連れて栄養を全体に均一に配るようになるとそれなりのスタイルになるのか…いわゆる寒雀の状態に似ている。
大人の色気を持っていた女子も、更衣室で女子だけの空間になると本性を曝け出す…例えばパンツから毛がハミ出てたり、ハミ出た毛を見てお互いが大笑いしたり、ワキ毛とか剃っていなかったり、剃っていないのをお互いが大笑いしたり。
女同士ならゲラゲラ笑えるのだろうけれど、教室では(多少は男子よりも強い女子であっても)女性らしくおしとやかを演じている彼女等が女子だけの空間になると変貌するのを見て、俺は男だからげんなりせざるえない。そうか…2次元逃げるってのはここまで含めて女性に希望を持たない状態になった男達の最期なんだな…なんて思ったりする。世界でも俺ぐらいなもんだな…女の子になるという運命の歯車が狂った状態にならなければ、こんな女の本性のようなものを見なくても済んだのに…。
まぁ人の事は言えないか。
男子が周囲に女子が居ない時はシモネタなど平気で言って昨日見たアニメの話を平気でするようなものかもしれない。
ふとさっきのナノカの言葉が頭をよぎった。
ここまで下品に振る舞えば俺は男に付きまとわれる事は無くなるのだと…ただ、俺だって望んでおしとやかを演じているわけじゃない。まぁ、多少は女性っていうのはおしとやかであるべき論があって、そこに影響されてはいるわけだけれども、それでも俺は男であったころは下品で今でも2chでも下品を絵に描いたようなVIP板に入り浸っているのだ。
そもそも俺は下品な性格なのだ。問題は、下品な俺が下品たりえるような人間関係がない…っていうところか。
例えば下品を演じろって言われても俺はボッチで、既に人間関係が出来てる女子には話しかけづらく、もちろん男子にも話しかけづらく、ナノカやユウカの前でも下品な話はしづらく(ナノカやユウカはクラスの中では結構お嬢様の分類に入る)今の人間関係でゲハゲハ笑い合えるような状態にはならないわけだ。
つまりは、総合的に考えて、俺が男子に嫌われようとして下品になるっていうのは今の環境では無理があるという結論がでた。
ふと女子たちを見てみると、今度はパンツのシミが洗濯してもとれてねぇじゃん、ってところでツボって女子同士でゲラゲラと笑っているところだった。そんなのを俺は横目で見ながら廊下に出る。
さて、今日の体育もバレーかぁ?
身体を動かせたらなんでもいいって先生が小学生をあしらうみたいに好きな事をしてろ!って言って皆がバレーを選んだっけ?
と、そこで俺は廊下の曲がり角に差し掛かった時だ、ドロイドバスターの能力がそうさせるのか、それとも感覚が男の時より鋭くなっているのか、何かがある程度のスピードで近づいてくるのがわかった。
このまま行けば俺の身体に当たる…いや、待て。
待てよ?
デジャヴか?
今朝もこんなパターンがあったぞ?
と考えたのが曲がり角に進入する1歩手前。
そのまま身体を急停止。
「…っとと、っと…」
目の前を男子が、今朝の先輩とは違う男子が通り過ぎて、そう言ったのだ。そして「あれ?」って感じに周囲を見て俺と目が合うと「ぴゅーぴゅー」と音がでない口笛を吹きながら通り過ぎて行く。
…。
偶然を装って…狙って俺に当りに来てるだとゥゥゥゥ?!
俺はタックル練習用のサンドバッグじゃねぇんだぞォォォ!!!
…明らかに狙われてる。
狙われてる!!
体育館に行くまでに結構な数の廊下と廊下の交差点はある。
次の交差点に差し掛かる。
その時、スピードを緩めて神経を研ぎ澄ませる。
…あぁ(ととと…たった…たた)という歩く音が聞こえた。
やっぱりだ…やっぱり!!
偶然を装って体当たりを仕掛けて来ている!
当たっておいて「大丈夫かい?怪我はなかった?」などと言って手を握って身体を起こすっていうのをやりたいが為に!!
俺は意図的にスピードを早めて廊下の交差点を通り過ぎた。
ふいを付かれたのか、今しがた俺にブチ当たろうとしていた男が「あれ?」と声を出した。あれ?じゃねぇよ!!
次の交差点にさしかかる。
窓から交差する渡り廊下で男子が俺のほうをチラと見て歩き始めたのがわかった。明らかに当りに来てる。俺はスピードを上げる。
奴が廊下にさしかかる、その瞬間、俺は全神経を肩に集中させ、ラグビーのタックルよろしく鋭利に肩を突き出してそのまま、俺の身長からすると男の胃袋がくるであろう位置に狙いを定めてタックル。
(ドスッ)
鈍い音と衝撃音。
女の子の俺の身長の1.5倍はあるかという巨体の男が、俺の全神経を腹パン位置に集中させたタックルを喰らった。
鳩尾に喰らったのだ。
弾き飛ばすまでには至らず、そのまま前屈みで倒れる。
(ズゥゥゥーン…)
虫の息だ。
「だ、大丈夫?怪我はない?」
俺はその男子の顔を覗きこんで言う。
「はァがァッ…ン…ふグッ…」
強烈な腹パンを喰らうと暫くの間は横隔膜が機能を停止し、呼吸が出来なくなる…。目の前の男子の顔がどんどん青くなるのがわかる。
「ほんとに大丈夫?」
「だい…大丈夫…(ニッコリ)」
「よかった(ニッコリ)」
…。
もうすぐ体育館である。
「キミカっちぃー!」
ナノカとユウカが俺を追いかけてくるのがわかる。
それから、
「なんか、廊下で人が倒れてたよ。3人ぐらい」
そう、俺がタックルを喰らわせた数は既に5人。3人は身体が小さいからか、強烈な衝撃から回復するまで時間がかかっているようだ。
「へぇ〜…物騒な世の中になったもんだね」
「キミカっちがタックルしたんじゃないの?」
「うん。…ってなんで知ってんだよ!!」
「いや、今朝の話でさ、偶然を装って男子が廊下の角でぶつかってくる、っていうのをやっててキミカっちに動きを読まれてタックルされたんじゃないかなぁ?って思いながら見てた」
「さすがナノカ。鋭い」
そんな俺とナノカのやりとりを見てからユウカが言う。
「あのさぁ…あんた、タックルしなくても止まるとかすればいいじゃない?さっきの男子、呼吸停止してたわよ?」
「止ったよ!とまったら向こうも止って、動き出したら向こうも動き出したんだよ!どうやって避ければいいんだよ!」
「大変ね…」
そんな話をしていたら最後の廊下を差し掛かる。
渡り廊下を過ぎれば体育館だが、チラと見ると交差する廊下に見覚えのある顔。…今朝、俺に体当たりを仕掛けてきた先輩が俺が差し掛かるのを待機していやがる。
そして、今、動きを早めて近づいてくるのが見えた。
ァアんノやろうゥ…。
俺は全神経を肘に集中させた。
腰を低くして身体の動きを安定させ身体を半回転させ、ニコニコしながら廊下に飛び出してきた先輩の胃めがけて突き上げるような肘鉄を食らわせる…が、そのまま肘を上に向けて突き上げ、前屈みになりそうな先輩の顎にアッパーを食らわせ、さらに身体を半回転、再びスキが出来た胃に反対側の肘をブチ込み、さらに身体を半回転、前屈みになった先輩の胃よりも上のあたりに肩を突き出し、タックル。
これを僅か1秒ぐらいの間に繰り出した。
(ドゥゥゥンッ!)
合計4発の攻撃がヒットしたが、あまりに早すぎて音は1つ。
弾き飛ばされた先輩の身体は体育館との間の渡り廊下に横たわり、口から今朝食べたであろう未消化のスクランブル・ハムエッグが嘔吐物となって流れでた。