11 藤崎紀美香は静かに暮らしたい(リメイク) 2

下駄箱から溢れでたラブレターの山はパサパサと音を立てて床に落ちる。そんなシーンを見て喜ぶのはドラマや漫画の中だけだ。
この登校時の慌ただしい時間でそんな事が起きたら、抱えていたバッグに穴が開いていて中身が地面にバラけた時ぐらいの焦りを覚える。そして気がつけば俺はアセアセしながらラブレターの山をバッグの中に必死に締まっていた。
背中に目があるわけではないけれども、通り過ぎる他の生徒(女子)はそんな俺の姿を薄ら笑いを浮かべながら避けて通っていたに違いない。あらあらモテる女は大変ですね、的な。
イジメに近いようなラブレター数をバッグに収納し終えてから、ゆっくりと立ち上がって遅刻ギリギリの時間で廊下を急ぐ俺。
と、その時だ。
…なんなんだこの展開はァ…。
廊下の曲がり角から飛び出てきた何かにおもいっきり身体をぶつけてしまった。まるで様式美だらけのアニメの1シーンのように、140センチかそこらの身長である女の子の身体の俺は弾き飛ばされて廊下に転げて、望んでも居ないのに天井を見ることになった。
人と人が曲がり角ですれ違いざまにぶつかる…それは絵にかけばそこから出会いが始まる奇跡の瞬間…などと思えるが、実際は歩く速度であったとしてもかなりの運動エネルギーが90度だけ異なるベクトルで互いに衝突するわけで、重量にすれば体重×3倍、いや4倍のダメージが双方に与えられる。しかも相手が肉の詰まったクッションのようなデブならまだしも普通の人間だったら2センチか3センチぐらいの固めの筋肉の後には骨が待ち構えているわけで、俺もデブではないから殆ど骨と骨がぶつかるのと同意義になってしまっている。
「いつつつ…」
見ればバッグが口を開けて、せっかく先ほどすべてを収納しきっていたラブレターの山が廊下に散らばっている。軽く絶望した。
「あははは、ごめん!急いでたんだ!」
と笑いながらラブレターをかき集める男子。
制服から察すると1つ上の学年か?
「はぁ…」
俺はため息をついて、ラブレターの山をバッグの中に入れる。
と、その時、その男子生徒…先輩と手が軽く触れる。ここで女の子であれば、「きゃっ!手が触れちゃった!」と顔を赤らめるのだけれど、中身が男の俺からすると作業の最中に男と男の手が触れるなんてのは草むしりしている時に雑草が手に触れるのと同じレベル。まったく気にすることなくラブレターをバッグに収めるという作業を終えた。
「どこにも怪我はないかい?」
などと陽気に聞いてくる先輩。
「えぇ、別に大丈夫です」
「あ、…そう」
廊下ですれ違いざまにぶつかるという奇妙な出会いをした後にも関わらず冷めた反応をする俺に目を白黒させながら、先輩はその場を立ち尽くし、俺はいそいそとバッグを持って教室へと向かった。
そして…なんとか遅刻せず間に合ってから、1時限目を終えた。
「はぁ…疲れた」
そう言って俺はバッグの中のラブレターの山を机の上に積み上げた。これをゴムで縛って小さくして持って帰ってからケイスケに気づかれる前に焼却するわけだ。
「うわぁ…相変わらず、キミカっちのラブレターの山、凄いね」
とナノカ。
「漫画の中だけだと思ってたわ、そのラブレターの山」
とユウカ。
「冗談じゃないよォォォォォ!!!」
と叫ぶ俺。
「モテる女は辛いねェ!」などと言いながらナノカは俺の肩をペシリと叩いたわけだが、俺は男にモテてるわけだから嬉しいわけがない。
しかしそれにしても…俺だけがなんでこんな目に…。
「この学校はあたしのような2次元の世界から飛び出してきたような美少女じゃないにしても、それなりに美人な女の子がいるのに、なんであたしのところだけラブレターが集まってくるのかな?」
と、白目を剥いて俺は言った。
「この学校、元々女子校で最近共学になったのよ。もちろん男子が入学してきたんだけど女子校の雰囲気みたいなのは先輩から後輩へと遺伝するみたいで、相変わらずに女子は権力持っていたわね。男子はみんな奥手だったのに、最近空気が変わったような気がするわ」
「奥手ェ?」
俺はラブレターの山を掴んでユウカに見せた。
ユウカは肩を竦める。で、ナノカが代わりに答える。
「たぶん、今までも可愛い女子にはラブレターを贈ろうと思ってた男子は居たはずなんだけど、女子は殆どがグループに所属してて、もしラブレターを贈ったりしたらグループ内で回し読みされたり、ヘタしたら公開されたり、笑い者にされたり…」
「うわぁ…最低ッ」
「っていう事は今までなかったけど、普段の女子の態度からすると高確率でそんな状況になるって男子が思っててラブレターを渡さなかったんじゃないかなぁ?」
「なるほど…って、それはなんであたしがラブレターを沢山貰うのかの理由になってないよォ!!」
「キミカっちはどこのグループにも所属してないし、なにより転校したばっかりでこの学校の女子の雰囲気にまだ汚染されてないから、と踏んで、熱い思いをぶつけてるんじゃないかな?」
「それだッ!」
「よかったじゃん、キミカっち。男子独り占めできて」
ヘラヘラ笑いながらナノカは言う…コイツは男子が俺に独り占めされても別に文句はないらしい…まぁ、レズだからかな。
だが俺にとっては…。
「よ・く・な・い・よ!!よくない!!男子の熱い思いのはけ口みたいな、公衆便所みたいな役回りはゴメンだよ!!」
俺はそう叫んだ。
「キミカっちが大人しくラブレターをこっそりバッグに締まってそそくさと下駄箱を離れて大事に家に持って帰る様を誰かが見てたんだよね。あぁ、こんな謙虚さを持ち合わせた女性なんだなー、オレにもチャンスが巡ってきた!よし!オレもラブレター出そう!って感じ?」
ユウカも言う。
「そうよ、おしとやかなのを演じなくていいから」
「え・ん・じ・て・ない!!演じてない!!この学校の女子が下品過ぎるだけだよ!女の子ってのはこれぐらいおしとやかじゃないとダメなんだよォ!!だいたい丹精込めて書いた手紙とかを人前で読まれたりしたら普通に考えたらショックじゃん?」
「そりゃそうだけど、そーいう優しさみたいなのがストーカーを産み出すのよ。八方美人のほうがストーカーに狙われやすいの。ほら、ナノカ、この学校の女子の様式美を見せて上げなさいよ」
ナノカは立ち上がって下駄箱が前にあるのを想定した動きをする…そして、下駄箱から1枚のラブレターが地面に落ちる。このラブレターは俺が貰ったものを使っているのか…。
で、そのラブレターを見つけたナノカは、
「うわッ!何これッ!!キンモーッ!!☆チョーウケるんだけどwwww今どきラブレターを下駄箱にってwwwwアタシ、足クセェから臭いが紙に染みこむんだよね!!ゲハゲハ!!」
おいいいい…。
「これよ、これぐらいやったら男子は二度と手紙だしてこないから。うまく行けば目も合わせてもらえなくなるから」
って、お前は試したのかよ?
「そこまでやったら恨みを買って夜道で背中を刺されたりするじゃん」
「刺されればいいじゃないのよ」
こォンの野郎ゥ…。
「とにかく、キミカっち。キミカっちが優しそうに見えるから、お願いお願いお願いッ!ってやったら『んもー。しょうがないなぁ…』ってかまってくれそうなお姉さん的な、お母さん的なイメージを持たれちゃってるんだよ。それを崩さないとどんどんエスカレートしてくよ?」
「そういえば、最初の頃はラブレターも3通かそこらだったっけ…いつの間にこんなに増えたんだろ…」
「ほらほら、やっぱりエスカレートしてる。そのうち廊下の曲がり角でぶつかってきて、『大丈夫?怪我はない?』って展開で出会いのきっかけを作ろうとしてきちゃうかもよ?」
「…まさかぁ…。あれは偶然だよ。偶然」
「え?!もうあったの?」
「あ、うん。今朝、登校するときにそこの曲がり角でぶつかって」
「誰に?!」
「ん〜上の学年の人?」
「上の学年の生徒は一つ上の階だよ!それ、狙ってるよ!狙ってやってるよ!!おもいっきりエスカレートしてるじゃん!!」
マジ…かよ…。