11 藤崎紀美香は静かに暮らしたい(リメイク) 1

俺がこうなる前に通っていた高校は偏差値的にも通う生徒の親の収入的にも中の上クラスの学校で、男から女まで可もなく不可もなしの平均顔とルックスだったけれども、学園のアイドルという存在はいた。
そういうアイドル的な存在は人間がいかにバランスを美として重要視するのかというのがよくわかるほどに均整がとれた顔、身体をしており、歩くそのそばを少しでもアン・バランスな御任が現れると強制公開処刑となってしまう。ある意味、アン・バランスよりかバランスよりか定規のように測ってくれる指標となっていた。
男である俺はそういう女性を遠目に見て、今日は可愛いあの子が見れたからいい日だったなどと考えていたりしたものだ。つまり、道路を横切るスポーツカーが流線型の美しい車体でカーウォッシュを終えたばかりの穢れないコーティングがされてて、それに見とれるのと、通りを美少女が横切り可愛いと見惚れるのとは女がどう思おうと男の中では同一であった。
美しい女性というのは意図せずそのように男の目に止まり、頼んでも居ないのに勝手に評価され続けるものだった。
まさかその頃には自分がその『美少女』という定義に入るものになるだなんて思いもしない、いや、思うわけがない、思いようがない。
天才マッド・サイエンティスト、石見圭佑のせいで俺は九死に一生を得るわけだが…アニメの世界から飛び出したかのような均整のとれた顔、身体、声、その他云々…つまり『醜さを測る定規』に男である俺が、俺自信がなってしまった。
毎朝、鏡の前で美少女の顔(俺)を見るたびに『これはやっぱり夢じゃないのか』と思ってしまう。そう、俺の朝は物憂げな美少女の顔を見るところから始まるわけだ。かといって無理に筋肉を引き攣らせて笑顔を作っても俺自身が作り笑顔であることを知っているから余計に腹が立ち、その矛先は俺の記憶の中の過去の美少女達が友達や彼氏の前で振りまく笑顔が作り笑顔だったという可能性にまで遡ってしまう。
今の俺の心境?
道路を横切るスポーツカーが流線型の美しい車体でカーウォッシュを終えたばかりの穢れないコーティングがされてて、『あぁ、アレに乗りてぇ…運転してぇ…』と思っていたらある朝目覚めたら自分がスポーツカーになってたって状況に似ている。
『いや、そうじゃねぇだろ!』
…と思わずツッコミをいれてしまいたくなる。
美少女になった時にまず最初に気づくことは、その美少女は鏡の中や映像に撮られた時にしかお目にかかる事が出来ないということだ。例えば俺が商店街を通り過ぎる際にショーケースに反射して自分自身の姿が見えたとしても、それは可愛らしい美少女がそこに映っているだけで、俺自身は透明な存在になり脳が『どこにいるんだ?』と思わず探してしまう。今までの話の経緯を頭の中をガサゴソと引っ掻き回して『俺は美少女に生まれ変わった』という事実をもってして初めて目の前に映っている美少女が自分なんだと脳が理解する。
これから幾度となくそれを行わなければ脳は鏡の中から必死に俺を探しつづけるだろう…既に失われた男の肉体を持った俺を。
第二に、誰が得をするのか?
生まれ変わりたい欲望、変身願望…というものは誰しもあるけれども、美少女に生まれ変わるということは、俺が喜ぶのではなく、俺以外の誰かが喜ぶわけだ。そこのところを理解しないと性同一性障害者じゃない限りは生まれ変わりを喜べない。
そう、今、登校している俺は、バスの中、街路、学校へと登る坂、部活動で朝練をしている生徒の横を通る際にも、様々な視線を感じている。
主に男。
男は年齢は小学生から社会人に至るまで様々。
女の場合は同年代か年上からが多い。
男は全身を舐めるように見て、または、視線は合わせず「僕は見てません」アピールをしながらも視界の隅っこに俺を置くようにして。
タイをわざと緩めに結んでブラウスのボタンを2、3個外し、チョイワル感を出したり、ビッチ感を出したりしている俺は、身体の素材が良い為か、ただのビッチや不良ではなくドラマの主人公のように映える。
その意外性部分が興味をそそるのかもしれない。
かといって見られたくないからと大人しめにしても見られる。
同じ見られるのなら俺は男であった頃と同じ様にふるまいたい…ので、乱暴な服の着かたをしている。
女の場合は顔やスタイルではなく、持っているものはら着ているもの、着方などを見てくる。俺は女の心は持ち合わせていないのでその理由は正確ではないかもしれないが言わせてもらうと、おそらく、意外性だ。
中途半端に乱暴な服の着こなしでありながらも育ちの良さが現れる美少女っぷり、その外部的な部分に魅力を感じて、自分もその魅力を取り入れたいと思っている。
ちょうどRPGでやたらと素晴らしい見た目の装備をした他のキャラを見つけた時に、次に自分を着飾るのはそういうのがいいんじゃね?と興奮するアレみたいな感じだ。
あぁ〜…俺も見たいな。
鏡の前でポーズをとっている時ぐらいしかマジマジと自分の姿を見れない。街角で出会いたいわけだよ、こんな美少女と。しかし、結局その夢はかなわず俺は俺を観察する他人を観察しつつも学校へと到着していた。
ここまでの間、誰からも話しかけられる事もなく、誰へも話しかけることもない。まぁ、これはいつものことだ。
男である頃から変わらず。
子供の頃から一人遊び歴が長いせいか、誰かが側に居ないと寂しいという感覚よりも、誰が側にいるのがウザいという感覚が大きいようだ。出来るのならこのまま視線すらも感じる事なく1日を終えたい…などとも考えたりもした。叶わぬ事だとは思うけれども。
そう、俺は、俺こと葛城公佳は静かに暮らしたいのだ。
と、思っていたその瞬間だ。
テニスボールが俺へ目掛けて、というか俺を狙って飛んできて網にギリギリガードされ、なんとか一命を取り留めた。
「学校の部活案内してあげたのに、まーだ部活決めてないの?」
とジャージ上下を着たユウカが朝練の最中に、登校する俺へ目掛けてわざとテニスボールを飛ばしてきて言うのだ。
「だから帰宅部にするって言ってんじゃん」
「テニス部にしなさいよ!しごいてあげるわよ!」
「ペニス部?あたしが男だったらシゴイて欲しいね」
「テェニィスゥ部!!」
「似たようなものでしょ?」
「似てないわよ!!」
「やってることは似たようなものじゃん、って言ってるんだよ。スポーツする人はスポーツするような感覚でセックスするらしいから、あの先輩のアレをアレしてアレするんじゃないの?」
「あんた今度は網を貫通させてボールを脳天にぶつけるわよ?」
と、あながち冗談とは思えない攻撃的な言葉を吐くユウカ。
「…って言ってたら、ほら、来た」
俺が指差すと、その方向にはテニス部のキャプテンのイケメン野郎がきている。イケメンでスケベっていうのは一番許せないパターンなんだよな。エロゲでいうところのピンク髪のビッチレベルだ。
「やぁ、キミカくん!僕と一緒にペニス部に入らないかい?」
「先輩、かんでますよ」
「あ!ごめん、僕としたことが。テニス部だった!」
「絶対わざとでしょ…」
そんなのを相手にしていると遅刻してしまう。
俺はスタスタとその場を立ち去り、下駄箱へ向かった。
下駄箱では俺のロッカー周辺に男子が集まっている…。
なんだ?赤ん坊の死体でも入っていたのか?
しかし、俺を見てソイツらはそそくさとその場を離れたから、なーんとなく理由はわかった…。こうやってぇ、下駄箱を開けるとォ…。
(パサパサパサ)
ラブレターの山が床に散らばった。