9 就職 4

母親が居なくなった部屋でまず雄輝は服を脱いだ。
全裸になってから目の前の女モノ下着と対峙する。
しかもその下着は、高校生と年齢を考慮したとしても若干大人びている漆黒のブラとパンティーの上下だ。
「女が男モノトランクスを履くのは確かに変だ。だけど、じゃあ女モノパンティを履くとなると、勇気がいるな…」
などと独り言を言う。
「なんでこんなにちっさいんだよ、前から思ってたけど」
クルクルと丸まった小さなパンツを片足ずつ通す。
「ゆったり感がない…」
ぴったしと雄輝の下半身にフィットする純白のパンツ。
「えっと、次はブラだな」
ブラを手にとる。
「確か映画とかドラマだと、こうやって肩に掛けるようにしてから、背中のホックを…。えっと、あれ?これどうやって止めるんだっけ?」
ブラと格闘していると雄輝のそれなりにボリュームのある胸はブラの間で形を自由に変える。それが雄輝に興奮をもたらしていた。自身の胸を見て欲情する男、これほどエコなものもない。
(まてまてまて…何やってんだよ、俺は)
ブラを外してホックの位置を確認する。
「なるほど。この鉄の奴を引っ掛けるんだな」
今度は手を使わずにテレキネシスでブラを止める。あっさりと装着された。
「ほんと便利だな、この力」
今度はワンピースを力を使って上から着て、背中のリボンを同じく力を使って結ぶ。そして再び違和感が雄輝を襲う。
「なんだよこのヒラヒラは…」
想像していた以上にヒラヒラと舞い上がっている雄輝のスカート。下はパンツだけという事もあって空気が自由に股の間を行き来する感覚に雄輝はすぐにでもワンピースを脱ぎ捨ててズボンを履きたくなる衝動に駆られた。
「それと、えっと、後はこの黒い奴。ってまた黒い奴か。今度はなんだぁ?」
伸縮性のある黒い物体はパンツだけではなかった。レース生地がちらりと見える。脳裏にすぐに浮かんだのはストッキングだ。網タイツとも言う。
「なんで母さん、男が最初に女モノの服を着るっていうのにハードル高くするかなぁ…」と言いつつもしぶしぶとそのストッキングを履く。幸いにもガーターなどで腰に固定するタイプではなかった。
「母さん、服のセンス無いんじゃないのか?」
両親の寝室に行き、化粧台の前で自分の姿を確認する。
先ほどのセンスが無いんじゃないか、という台詞をすぐに撤回したくなった。雄輝自身が鏡に映った自分の姿に、心拍数が上がるのを感じたのだ。
まだ短いボーイッシュに見える髪、男なら(男だが)舌を絡めてキスをしたくなるほどに可愛らしい桜色の下唇、そんなまだ大人になりきっていない少女が精一杯大人びた格好をしようと、漆黒のセクシーなワンピースタイプのドレスを着ている。
「可愛いな…」
鏡に映る自身の姿は男としての雄輝の中で好みの女性、つまりストライクゾーンであった。街で出会ってしまえば目が離せなくなり、かといって話し掛ける事はできず、家に帰ってからも1週間ぐらいは恋の病にでも掛かった様になる顔と身体だ。実際に病に掛かりそうになっていた。
「まてまてまて…俺だよ、俺なんだ。俺はナルシストじゃねぇって…」
鏡の中の少女が一人称を「俺」と言う。違和感。
「あたし?わたし?」
だが依然として違和感がある。
「ボク」
暫く鏡を見つめる雄輝。
(あぁ…ストライクゾーンだった…)