9 就職 1

軍病院を出ると、なるほど君津が言っていたとおり、病院の前はヘリポートと作りかけの道路が途中まであるだけだった。そして他のメンバーは居なくなっていた。先に帰ったのだろう。
(みんな『お誘い』があったのかな)
だが雄輝はそれを聞こうとは思わなかった。雄輝に軍へ入隊しないかと誘った女性は入隊する条件として「他の人間にその事を話してはならない」を含めていたからだ。軍でもテロ対策部隊は警察と同様、テロリストに自身や家族、友達などが狙われる可能性があるから、というのが理由だった。
帰宅してから親に「どこへ行っていたの?」と言われても、ふと軍のあの女性が話した事を思い出し「ちょっと友達の家に」と言った。
それから部屋に戻ってベッドに寝転がる。天井を見上げる。漫画をテレキネシスで棚から引っ張り出して宙に浮かせながらパラパラとページを捲ってみる。5秒ほどで詰まらなくなって放り投げた。
雄輝は少しだけ迷っていた。
警察のような仕事、というものに対する憧れこそなかったものの、いざ薦められるとその仕事をしてみたいと思う自分がいる。そして備わった奇妙な力の正体を暴きたいという思いもある。しかし、もし軍に入隊すれば生活は180度変化するだろう。例えば学校などは中退しなければならないし、召集が掛かれば昼夜問わず仕事に借り出される、というイメージもある。
人生の大きな分かれ道に来ていた。
(もし俺が、軍に入らなかったら…?)
そう考えてみた。
普通に大学を卒業して何かしらの適当な仕事に就き、30際になるかならないかで結婚して子供を設けて…。
(結婚…子供…?俺、結婚できるのかな?男と結婚するのか?)
自分が女性化してしまっている事に気付いて、淡い夢物語を頭に描いていた自分に苦笑する雄輝。そう、人生の分岐点があるとすれば、その一つは既に過ぎ去ってしまっていた。決定権があったとは思えない分岐点だ。体が女性化するという分岐点。そして超能力を身に着けるという分岐点。
(このまま普通に暮らしていけるわけ…ないか)
そして雄輝自身も、このまま普通に暮らしていくことが出来ない事でもあり、望んでも居ないことに気付いていた。
「よし、ちょっくら軍隊って奴に入ってみるかな」