8 軍病院 8

雄輝は連行されたところまでは覚えていたのだがそれからの記憶は無い。
というよりも、眠っていたようだった。すっきりとした目覚めの後、雄輝は自分が刑事ドラマの中で見たような取調室の椅子に座っている事に気付いた。目の前には小さな質素なテーブルが一つ。
そして、女性が一人、目の前にいる。
「おはよう」
どうやら彼女は雄輝が目が覚めるのを待っていたようだ。
黒のストレートの綺麗な髪に、黒い目、それから黒のスーツ。整った綺麗な顔立ちは川上村で女性化した人々を彷彿とさせる。だがそのスーツからは軍の関係者である事実を覆い隠すような胡散臭さが漂っている。雄輝は彼女がそこらのサラリーマンとは違うというのを一瞬で見抜いた。
そしてもう一つ見抜いたことは、「おはよう」という言葉の発音が日本人のそれと微妙に違う事だ。それは日本語を長らく聞いていた純粋な日本人でなければわからない違いである。そしてその言葉の訛りから、彼女が中国人である事を見抜いたのだ。
それらの事情はどうあれ、雄輝は、自分達がたまたまあそこに居ただけなのに逮捕(補導)されている事をなんとかして目の前の人に伝えることが先決だと思ったのだ。
「俺達はあそこにたまたま居ただけで、何もしてないよ」
「それは他の連中も言っていた。君達がここに連れてこられたのはあの場所に居たからではない」
「え?」
「特殊な能力を持っているからだ」
だからなんだという目で雄輝はその女性を睨む。そもそも持とうと思って持った能力でもない。いつのまにやら備わっていた。ちょうど雄輝が女性化したその日からの話である。
「別に持とうと思って持ってるわけじゃないし。まだ正直何なのかさっぱりわかんないし。っていうか、持ってるからなんだよ。一番判らないのはそんな理由で市民を連行してる軍ですよ?」
「連行か。確かに連行しろと言ったが、ちょっと話がしたかっただけだ。お前のお友達は釈放したよ」
やはり外国人だと再認識した。日本人なら初対面の相手に対して「お前」などと言わない。相手の呼び方を使い分ける必要がない言語もあるのだ。
「じゃあ、俺も釈放してくれませんか?」
「私は別にお前を捕らえておこうと思っているわけじゃない。これからがしたかった『話』だよ」