6 感覚 3

奇妙な胸騒ぎがし始めていた。
決して山を駆け上がっていたからではない。目を瞑っても歩ける事とは、つまり、視覚以外の感覚で道がどこにあるのかを理解しているのだ。しかも本人が意識するまもなく。
もう冗談半分に目を瞑って歩こうなどとは思わなかった。
雄輝は普段と同じようにスローペースで湿った獣道をあがっていった。
彼の家の人間や近所の人々もその山を利用する。山の中腹に畑があったり、雑木林の影を利用してしいたけなどを栽培していたりする。そういう人々が普段から獣道を使うので、踏み固められて草はあまり生えていなかった。
「こりゃ、パジャマが湿ってしまうな」
雄輝はパジャマについた湿り気を払おうとして手でパンパンと叩いた。それで湿り気が退くわけでもない。周囲の湿度があるから乾かすなら湿度が引く場所に行かなければならない。なのに、何故か雄輝が叩いた箇所は乾燥する。
「な…なんなんだ?」
周囲がざわめく。まるで何かが出てきそうな感覚だ。それは普段と異なる事象が自分の周りに起きているから、それに伴ってどこからともなく恐怖がわきあがってくる。そうなるとちょっとした物音でも怖く感じる事に似ていた。
「誰かいるの?」
ここで初めて思い出したことがある。雄輝は自分が女だという事に今気付いた。それは無理が無い事ではある。男の感覚でいるのなら家からパジャマ姿で近所の山に散歩に行くのは、ちょっと変だと言われるかも知れないが、少なくとも無防備ではない。だが今は女である雄輝にとってはそれは無防備でバカな事に違いは無かった。
「誰?」
物音がした場所は霧に包まれている。だからそこに何がいるのか見えない。のだが、雄輝がその場所を見ようと思った瞬間、霧がまるで局所的に風でも巻き起こされたかのように退かされた。
(なんだよ、これ…。俺がやってるのか?)
恐る恐る、雄輝は再び別の方向を見つめて、霧を退かそうと頭に思い浮かべる。また風のようなものが吹いて霧が退かされる。
(す…げぇ)
今度は雄輝は手のひらを突き出して、その周囲に霧を集める事をイメージした。何かが手のひらに集まってくる感覚がある。だが目には見えない。目には見えないが、明らかにそこには何かがある。次第にその何かはちゃんと目に見える霧という形でクルクルと回転しているのがわかる。
(夢でも、みてんのかな、俺…)
雄輝はその回転に向かって息を吹きかけた。白い息が空気の回転に混ざって吸い込まれて、今度はちゃんと湿り気を帯びた空気になった。