6 感覚 2

霧が水蒸気で出来ているのがよく理解できるというほどに、雄輝の着ているパジャマが水分を帯びてきているのが判った。
だからと言って梅雨や夏の間に夕立だとか、日本独特の湿気を帯びた空気というわけでもない。まだ季節は冬であり、加えて標高が少し高い川上村は気温が平野部よりも5度ぐらいは低いのだ。
土砂崩れを防止するためにコンクリートで固められた山の麓。そこから山の手入れをする人達の為に用意されている不器用な階段を駆け上がってようやく人以外のものが造った道へと出る。そこからは雄輝が子供の頃からよく遊び場にしていた山道になる。
(身体が…軽い)
女になったからなのか、身体が軽く感じた。だが雄輝は自分で言うほどでもないが男の時から特に体重に問題があったわけでもない。普通にスマートだったのだが、女になってからさらに身軽になった気分になっていた。
(体重が軽いからか?女ってこんなに身軽に感じてたのか)
だが、奇妙な感覚はそれだけではなかった。
少し湿った山道をあがるとき普通なら足が滑ってしまうことにも気をつけないといけないのだが、気をつけるまでもなく雄輝はすいすいと駆け上がっていけるのだ。そうなる域に達するには経験をつむ必要があるだろう。その経験無しに身体が無意識でやってこなせているのだから違和感を覚える。
「ははっ、すっげぇ…」
何が凄いのかは周囲に人がいたとしてもあまりよくわからないが、本人にとっては何かしら絶対的な変化があったのは間違いない。バランス感覚が優れているだけではない。まるで空気の層が目に見えているように山を吹き降ろしてくる風がくる位置を予測して、バランスを崩さないように、しかも足場を見ないで最適な場所に足を落としている。
「すげぇ…俺って、目を瞑っても歩けるかも?」
雄輝は調子に乗って目を瞑ってそのまま走り続けた。
「え?」
目を瞑っているのにちゃんと進んでいるのがわかった。
理由だけは判らなかった。