6 感覚 1

川上村は盆地になっている為か、ちょっと気温が低い朝がくるとたちまち霧の中に包まれる事がある。雄輝は昔からその霧の中、彼の近所の山の上まで登って村を眺め下ろすのが好きだった。
ただそれが出来るのはその日学校が休みで、ちゃんと朝目が覚めたときだけだ。だからその日、雄輝が目が覚めて家の窓の外が霧に包まれていたから彼は迷うことなく外へと出て霧の中を散歩しようと考えた。ただし、一つだけ以前と違うことがある。それは彼が今は女である事だった。
「さてと、どうしたものかなぁ」と鏡に映る寝癖のついたぼさぼさの髪をしている女の子、つまり自分自身を見てから言う。
まだ女になって間もないので髪はショートのまま。これから伸ばすかどうかは彼はまだ決めかねていた。仮に伸ばしてしまえば、髪は女の命とも言われるだけに、心までも女に変わったと思えて自分が消えているような感覚になりそうだったのだ。だが改めて鏡に映る自分を見ると、女の姿をしているのに自分のちょっとした小さなプライドでいつまでも男のように短い髪でいるのは、なんとも可哀想だとも思えている。
(ああ、クソ。昼になってしまうじゃないか)
そう、今の彼にはしたいことがあった。まだ朝の霧が濃いうちに彼は山の上から川上村を見下ろすのだ。女がどうとか、それは後で考えればいい。ともすれば大胆にも彼は下着のまま寝ていた状態から辛うじて人前に出ても恥ずかしくないパジャマ姿という格好に着替えて、家を出た。